第19話 秋といったら紅葉狩り、紅葉狩りといったら秋

 「やっぱり滝の近くだと寒いね」


 「だから厚着が良いって言ったんだけどな」


 11月の中旬。それは紅葉狩りに適した時期だ。彼女と約束をした日から長過ぎるほどの期間を経て、俺たちは見頃だという情報を元に紅葉狩りへやって来た。


 近くで1番綺麗な紅葉狩りが出来る場所を探してきたが、それが小さな滝のある人気スポットで、木々に囲まれてることから日差しもそんなに届かず、冷えた空気感の中で紅葉の彩りを楽しんでいた。


 「歩くから温かくなるかなって思ったんだけど」


 「歩くだけならそんなに温かくならなかったな。体冷やすのは良くないぞ」


 滝のすぐ側に居るから寒いのだと指摘する。俺たちの周りには多くの人が紅葉狩りに来ていて、夏祭りとは真逆のご年配の方が多かった。やはり歳を重ねるほど、景色に心動かされ始めるのたろうか。


 紅葉狩りに来たのは始めてで、その簡単な感想として、思っていたより色が赤に近く濃いのだと思った。銀杏の色彩をイメージするから、俺の頭の中の紅葉狩りは、もっと明るくて透き通った色を見て回るものだと、そう思っていた。


 でも実際見てみると、真っ先に飛び込んで来たのが紅の紅葉。そこで俺はサッと吹き抜ける風に教えられたかのうに、紅葉狩りの当たり前を知った。


 「冷えないように風向き調べて風から守ってよ」


 「滝の近くだと四方八方から風送られるから無理だ」


 「えぇー」


 紅葉がチラチラと落ち始めて、今はよく言われる、紅葉の絨毯のように足元いっぱいに広がっている。そこをなんとなくの罪悪感と共に踏みしめて歩く。


 彼女は最近冗談だったり、遠慮することなく俺と話すようになった。それが私なんだと、何度も言われたのを思い出す。


 「俺のダウンコート貸すから。それで少しは我慢してくれ」


 「そしたら夢灯が寒くなるでしょ?」


 「いいや?中に着込んでるからそんなに寒くない」


 「だったらそのダウンコートを着た夢灯の中に入ろうかな。そしたら夢灯も嬉しいんじゃない?」


 「……歩きにくいだろ。滑りやすいんだから怪我もする」


 「真面目ちゃんだなー」


 いたずら好きな彼女らしい。たまにこうして俺の恋心に気づいているかのように覗くのだから一切油断は出来ない。


 「それでもだ。だからダウンコート、はい」


 体温を少し吸収した温かいダウンコートを脱ぎ、彼女の背中に掛ける。華奢で小さな体躯だから、どうしても俺のダウンコートだとブカブカになる。腰下まで届くが、それを修正せずにそのままにして歩き続けるのは可愛くてほっこりする。


 「ホントに良いの?」


 「寒い美月を見る方が寒くなる。凍える人を隣に、寒さに余裕ある人が何もせずに立つのは嫌だしな」


 「そっか。ありがと、引っ掛けないように気をつけるね」


 「引っ掛けても仕方ないけどな」


 自分の服じゃないんだから、いつも通り動けばこの森の中、どこかしらの枝に引っ掛ける可能性もある。けど、それはもちろん考慮して貸した。だから破れても構わない。


 歩けば歩くほど、人は増える一方。まだ14時だから、これから人は集まるだろう。正午にここらで食事をしていた人も居たが、花見よりは圧倒的に少ない。やはり、紅葉狩りは見に来る人が多いから、それだけ暖かくなる時間帯に溢れ始める。


 「綺麗だよね。写真とかで見るよりも、自分の目で見た方が何倍も感動するよ」


 首に支障がない程度に空を見上げる。陽光を遮る赤とオレンジの色彩をつけた紅葉。それだからか、乳白色の、彼女の柔らかく透き通る肌、少し先の季節に似合った肌の色は俺の目にしっかりと美しく映る。


 「分かる。花火とかもそうだったけど、迫力とか風情があるっていうか、その場だけで感じれる良さってあるよな」


 花火なら振動として耳に伝わる音だったり、真っ暗の中で見るからこそより輝いて見える花火だったり、誰かと想いを紡ぎ合う時間を作れたり。紅葉狩りなら、足場の絨毯の感じ方だったり、独特な匂いだったり、イメージと違った色彩だったり。


 人はテレビ越しやイメージで思うよりも、実際に自分の目で確認した方が倍感動する。わざわざその場に足を運んで、季節を感じて周りの雰囲気に酔わされる。だから好まれるのだろう。


 「夢灯の好きな色って何?」


 すっかり下の名前で呼び合うようになった俺たち。そんな関係には全くと言っていいほど似合わない言葉を放たれた。しかも、この状況で赤とかオレンジとか、答えない以外に道のないようなことを。


 「好きな色か……雰囲気壊すけど、白だな」


 「うわぁ、ホントに壊したし」


 望む答えではなかったよう。でも、否定はされなかった。彼女も、赤とかオレンジと言われないことを知っていたよう。もしかしたら、彼女も違ったりするのかもしれない。


 「嘘嘘。全然良いと思う。ちなみになんでか聞いてもいい?」


 「シンプルに綺麗だからだな。何色にも染まりやすいから、どんな色と混ぜても鮮やかになる。何よりも、1回染まれば戻って来れない色って言うのが綺麗だって思うな。濁りがなくて透き通る色って感じでカッコいいし」


 「なるほどね。私のことを考えて言ってくれたのかな?」


 「なんでそうなるんだよ」


 間を置かずすぐに答えたが、実は図星だった。彼女の見える横顔が、そう言わせたと言っても過言ではない。元々白色は1番好きだが、きっと彼女は今変わったと思うだろう。


 それで、どう思うだろうか。嬉しいと、少なくともそう思ってくれたならば、俺は今この場に来れたことに後悔はない。


 「美月は何色が好きなんだ?」


 詮索されないよう、話題をそのまま振り返す。


 「私は赤かな。色の頂点って感じで彩りに必要な色だし、綺麗って思う時にいつも目に入るから」


 「へぇー、ピンクとか黄色とか、女の子っぽい色じゃないんだな」


 「そういうのは小学校で卒業したよ」


 「同じだな」


 小学校の頃なんて、色に興味あっても派手な色に意識が吸い取られるから、勝手に青とか赤とか紫とか好きって思ってた。白になったのもつい最近だしな。


 「なんでいきなり色の話を?」


 「紅葉の色見てたら気になったんだ。何色が好きなんだろうって。まぁ、今はそれから派生し続けて夢灯のこと何も知らないって混乱してるけど」


 「あぁー、そういうことか。言われてみれば俺も美月のことはそんなに知らないな。質問コーナーでもするか?」


 「出会ってから3ヶ月半くらいで自己紹介並みの情報を得るって、どれだけ不仲でも好きな食べ物くらい知ってる最近の世の中では珍しいよね」


 「いや、最近は逆に好きな食べ物知らない方が多いんじゃないか?緊張し過ぎた合コンの自己紹介じゃないんだから」


 「ネットが発展して、相性のいい人が自然と集まるように出来てきたのかな」


 出会い系アプリのようなことを言うが、強ち間違いでもない気がする。そもそも仲を深めることに好きな食べ物なんて項目は必要ないのだから、それを分かってる人たちは自然と省くのだろう。


 恋人同士、同棲始めるくらいじゃないと知り得ない話でもある。その1つを今したのだが、違和感はなかった。


 「私たちはそんなこと聞かなくても知ってるから、自己紹介並みの質問コーナーは無しで」


 「悲しいな。俺の好きな時間帯は?」


 「22時から23時」


 「えぇ!正解。怖いって。教えてもないのに」


 間違いなく大正解。ぴったしだった。誰にも言ったことがないのに、それでも当ててくるのはエスパーを疑う。


 「これが私の力だよ。夢灯のことなら正解出来る」


 「嘘偽りなくて、正直今家に盗聴器ないか疑った」


 「あったとしても、そもそも1人で好きな時間帯とか言わないでしょ」


 「そうだけど、それでも信じられないんだよ」


 「素直に信じるんだよ。私の奇跡を」


 本当に驚くと、違うと言われても疑い続けるのだと、人生で初めて知った。何度も違うと思っても、頭の中では恐怖から信じたくないと言っている。トラウマを植え付けられた気分だ。不快ではないが、夜まで残りそう。


 「その驚いた顔、写真に収めとけば良かった」


 「面白くないぞ。どうせ見返さないし、見返したとしてもその時に驚いて腰抜かすから」


 「それはどうかな?それが26日以降なら、夢灯も頷くてしょ?」


 「まぁ。多分」


 刺激となるなら、それでいい。いや、別にどんな意味を成さなくても、俺には写真を撮られて問題なかった。彼女が自分勝手に俺の写真をばらまく人じゃないのは知ってるし、写真を見て微笑んでくれるだろうから、デメリットなんて考えられなかった。


 一緒に撮って、こいつ誰?と思われても構わない。その時は笑って隣で思い出させればい。そう。隣で。


 「ふぅぅ……」


 「どうしたの?」


 「空気を一気に吐き出したくなったんだよ」


 胸が詰まるような思いをしたから。彼女の隣で、俺は記憶が消えた彼女の隣で、笑って記憶について語れるだろうか。側にいるだけなら簡単だ。でも、俺には思い出させる使命がある。約束を果たせるかが心配で不安だった。


 どっと押し寄せた俺へのその圧迫感は、吐き出すことで軽くなることはない。でも、やり遂げなければいけない使命感に駆られて、俺は吐き出した。忘れるかのように。


 「変な趣味だね。でも、それにも何か理由があるんてしょ?」


 察することはなくても、彼女は俺の違和感に気づくことは出来るようになっていた。長い付き合いでもない。半年すら共に過ごしてないのに、彼女には分かったように振るわまれてしまう。


 「一応は。でも、悪いことじゃないから」


 自分への圧迫感を吐き捨てるために、必要だからしたんだ。


 「どうせ、私の記憶に関することでしょ」


 「さぁ、どうだろうな」


 「夢灯は優しいからさ、どうしてもどこ行っても、私が心のどこかに居て、心配してしまうんだよね?嬉しいよ。嫌じゃないし、それが心の支えにもなってる。でも同時に、負担になってないかって思うんだよね」


 両手を背に、彼女は幼き少女のように大きく跨ぐよう、一歩ずつ先へ進む。


 「私は、私のしたいことをしてるからいい。だけど、夢灯は付き合ってるだけ。もしかしたら心配し過ぎて楽しめてないんじゃないかって思うんだよね」


 少し先に、足を止めた俺の先へ行った彼女は、どこか寂しそうだった。俺が付いて来てないことにもだが、それよりも、俺がどう思って彼女に接しているか、それが気になっていたように顔を下げた。

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