第18話 病気といったら秘密、秘密といったら病気
机の上に置いた瞬間に、彼女の口と腕がキュッと動いた。だから俺は嫌でも確信した。正解だったのだと。
「……どうしてそう思うの?」
「今、祐希に美月の席を指差して、誰の席か聞いたら答えられなくて、もしかしたらって思ったんだ。有名な美月が、祐希に知られてないわけがないから」
「なるほどね……」
カバンの取っ手を指先で叩きながら、何を言おうか迷う。何を言われても覚悟はしているが、確信した今では驚くこともない。彼女に背負わされた3つ目の病気。
「……やっぱり学校始まると気づかれちゃうか。うん。そうだよ。私の病気は他人にも関与しちゃうんだよ」
「そうなのか……」
心臓がキュッとなる。苦しい。今までよりも比べ物にならないくらいだ。彼女には重すぎる。背負わせすぎてる。
「詳しく言えば、私が覚えてない人は私のことを忘れるし、私を覚えてない人も私のことを忘れる。つまり、お互いに私のことを知らないと、次第に私のことを忘れていくってことだね」
彼女が俺を忘れれば、俺の記憶の有無に関わらず強制的に彼女を忘れるということ。地獄のようなものだ。
「でも、その人たちは私の顔を見れば記憶はふと戻るんだよ。だから、深刻さは他の2つに比べてそこまで」
「……そこまで、とは思えないけどな」
「ごめんね、心配させたかな」
「結構心配するさ。美月にはどうしても忘れてほしくないから」
今になってはその言葉も強く言いたい。それほどに彼女が好きで心配だ。失ってほしくないから無意味にも俺が必死になる。
耐え難いんだ。自分の想い人が不安に押し潰されようとするのを見るのは。それに我慢するのも見たくないし、悲しむ顔も見たくない。だから、より一層彼女を大切にしたいと、強く思う。
「もし、美月が俺のことを忘れたら、その時は俺も強制的に忘れることになる。それが学校じゃなかったら、その分不安になる。助けられなくもなる」
さっき祐希の言っていた「俺が記憶を失ってもお前は違う」という言葉が意味を成さなくなる。それでは意味がない。俺を忘れてしまえば、この病気について知るのも友人では皆無になる。それは彼女の支えから切り離されたも同然だ。そんなのは、それこそが受け入れられない。
「夢灯。大丈夫。私を信じてくれないの?私は夢灯のことは絶対に忘れないって言った。絶対にね。だから、それを信じて待っててよ。絶対に覚えててあげるから。それが、1番最初に約束したことでしょ?」
病院で出会った時、俺からお願いしたことだ。記憶が消えても俺を忘れるな。これは絶対だった。関わって最後にありがとう。そんなありふれたことなんて望んでない。しっかりと記憶に刻んで、それでこれからもよろしく。それを望む。
「……そうだな。また忘れかけてた」
祐希から言われて思い返したこと。俺が夏祭りの時に、彼女に言った似たようなことで、俺は彼女を支えると決めた。どんなに不可能が迫っても、誰が反対しても、俺は彼女の背中を血が滲んでも押す。
「うん。私に思ってくれてることは、夢灯も自分に思わないと。可能性でも信じろ、でしょ」
どうして人は恋をすると、こうも好きな人の顔が愛おしく思えるのだろう。今にも彼女の沼に溺れそうで、でも助けるからと手を伸ばされても掴まない。だって溺れていくほど幸せだから。それほどに俺は彼女の美しさに侵されていた。
彼女の病院が悪化すれば、俺の恋が深まる。因果関係があるならば、俺は彼女へ恋をするのを止める。いや……止められるだろうか。いや、因果関係なんてただの偽りだ。俺は彼女への好意を捨てる気はない。彼女の病気も悪化させる気もない。
なんだか、分かる気がする。
「信じるか。これから先、どんなことがあっても、絶対に」
「当たり前だぁ!」
天に高く手を挙げる。届くならば、彼女の記憶を消すのは止めてくれるだろうか。きっと彼女も思ってる。才色兼備なんて、望んでないことを授かる代わりに病気になることなんて理不尽なことを受け入れたくないと。
捨てられるのなら才色兼備なんて捨ててるはず。それほど彼女の今の記憶を保持したい思いは強い。なんだか嬉しさが湧き上がる。
「よし!それじゃ夢灯も帰ろう。帰りながら少し話そ」
「分かった」
「ありがと」
彼女の自宅へは方向が同じ。だから、帰る先は何も問題はない。それから帰る準備をすぐに行った。彼女と早く別れたくはないから、少し時間をかけた。それに気づいてるか気づいてないのか、ヒヤヒヤするのも青春の特権だ。
「帰るぞ帰るぞー」
準備を終えると、彼女の側へ行き、俺は隣に並んだ。相変わらず大きくある身長差。彼女を見るのは幸せの一言だった。
「元気だな」
「私から元気がなくなったら、心配性の夢灯が心配するでしょ。それに、私は常にこう有りたいから」
「ありがたいな」
誰に見られても闘病中だと思わせたくないと、そう言っているように聞こえた。彼女の自慢はこの元気をはじめとした、誰にでも天真爛漫に関わるとこ。分け隔てない。多分男子の理想の女子。
好きな人誰と聞かれて、彼女の名前を答えれば「そうだよな」と返ってきそうなほどテンプレ化した存在。とってもお似合いだ。
玄関でローファーに履き替えて、俺たちは学校を後にした。ここからは完全に俺たちの空間。誰にも邪魔されない、都会の喧騒に包まれただけの放課後。
「さて、今日は今後の話でもしようか。私のしたいことについて」
「興味しかないな」
「でしょでしょ。結構あるんだけど、その中で特に行きたいのは、そろそろ近づく季節にある紅葉狩りかな。少し先だけど、綺麗だから行ってみたいの」
「紅葉狩りか。風物詩だけど、学生からは遠い話だよな。でも結構良いかもしれない」
行ったことも行きたいとも思ったことはないが、それは聞いたことや頭の中にその意識がなかったから。今聞いてみると、彼女と一緒ということも相まってか、どうしても行きたい欲が強くなった。
8割はそれだろうが、確かに恋心の有無関係なしに、普通に行きたいとは思う。綺麗なものを見れるのはこういう機会しかないし、行っても後悔はしないと思うから、足を運ぶのは大アリだった。
「良かった。それなら行くとしよう!」
「楽しみだな」
「今からだと夜も寝れなくなるぞー?」
「学校で寝れれば十分だ」
「はははっ。夢灯らしい答え」
俺らしい、か。どういうとこか、俺自身分からないけど、彼女が笑ってくれるなら、きっと悪い意味ではないのだろう。彼女の笑顔は嘘がない。他の人と違って、愛想笑いをしない。本気で心の底から笑ってるから、俺はその笑顔に釣られる。
「あっ、そこの川行こ!」
「付いていくよ」
自由気ままに、好きなとこへ行く。付いて行って間違いはない。微かでも思い出になるなら。塵も積もれば山となるのように、小さな思い出も、数を増やせばそれだけ後々大きな刺激に変わる。それを可能性として捉えるなら、これからもっと大きく出来て、可能性の幅を広げられる。
ゆっくりと下りる。怪我をしないようにと。夕日に照らされる河川敷の川よりも、煌めいて見えた彼女の横顔。いつの間にか握っていたスマホを操作し、カメラを起動して、俺は1枚撮った。
「わっ、盗撮ですか?」
「間違いではないな」
「夢灯だから許そう」
「それは助かる」
今は見返さなくていい。後でどんな綺麗に写っているのかを、ゆっくりと彼女と共有したいから。話の内容としてとっておく。
「綺麗だね」
「そうだな。初めてここまで来たけど、意外と涼しいんだな」
「夏が終わりかけてるからじゃない?」
「波風とか」
「波なんて全然立ってないよ」
「なら水温が微風に届けられてるとかな」
「なるほどね。どうなんだろう」
学業に於いて賢くても、そこから外れた知識は備えてない。あくまで授業のテストで良い点を取れるだけで、雑学とかは微塵も得意ではない。
だから今言ったことが正解とは思わない。でも、正解だったら面白いとは思う。そうだったら、世界の知らないでいいことは、本当にどうでもいい知らないでいい事なのだと思えるから。
「夢灯は賢いから、正解かもしれないね。若しくは、私を試すかのように演技をしてるか」
「賢いだなんて、美月に言われたら嫌味に聞こえるな」
「そう?全然夢灯より賢くないと思うから、それは受け取り方次第だよね」
「それもある」
「それじゃ、嫌味だと思った夢灯に罰ゲーム。そこに立って」
「理不尽なこと始まるのか?」
「なわけ」
3歩下がれば落ちるほどの距離に立たされる。何をされるかなんて、ある程度分かった。彼女は俺の脳内に従うように、思い通りに体を動かす。スマホを取り出してカメラを起動。
「撮るよ?」
「いつでも」
カシャッと。俺のなんてない顔が、体が、河川敷とともに撮られる。どんな顔をしていただろうか。口角を上げたつもりだったが、その通りに写ってるだろうか。気になるけど、それは後にとっておこう。
罰ゲームでも何でもない。彼女が自分の意志で俺の写真を残してくれると言ってくれたようなものだから、俺は好きな人に認められた、そう思っていた。
「なんで突然写真を?」
「それ聞いたら私も聞きたくなるけどね?」
「あぁ……俺は背景と似合ってたから。美月が綺麗だったし、撮らないとって思って」
「正直で良いね。私も同じだよ。夕日に照らされる夢灯がカッコ良かったから、これを見返した時に強く頭の中に残るんじゃないかってね」
倍返しされた気分だった。俺は少し濁して、まだ恋心なんて持ってないように言ったのに対して、彼女は隠す気なんてさらさらなく、正直に伝えてくれていた。
川を眺めて、一体化するように水に触れる。冷たいとも言わず、ただ無言でそれを続けていた。
「この水の感触を覚えてたら、きっと夢灯とここに居たことを思い出すと思う。感触でも写真でも、どうにかして残したいんだ。夢灯と歩いて来た道をね。だから色んなことを試すよ。記憶を残すための策じゃないけど、抗うために少しでも触れ続けて」
「そうだな。俺はそれを目で見て記憶する。ここの川の水に触れていた可愛げのある美少女が居たことを」
「だったら、ここに来たことは忘れないかもね」
「忘れないさ。それが俺たちだからな」
祐希なら、きっとこの川で冷たいと思うだけだろう。けど、俺と彼女は違った。覚えたいと強く願う、その気持ちが特に。
夕日は俺だけを照らしていた。西から届くそれは、俺が体で遮断していた。けど、彼女はまだ綺麗だった。もしかしたら、そう見えただけかもしれない。フィルターがかかって美化されただけかもしれない。
それでも、俺には変わらず愛おしく見えた。
「そろそろ帰ろっか!」
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