第24話 プロローグ
彼は実は我慢が苦手だ。特に、冬の終わりが近づく寒さの中では、早く来てと何度も願ってるだろう。だから私は来た。春の訪れをすぐそこに控えた3月の、いや、もう春と言っても良いのかもしれない3月10日。
彼の誕生日に、私は彼に会いに来た。受験なんてとっくに終えて、友達と何事もなかったかのように過ごす日々を経て、たった1つ大きく変わった出来事を運んでくれた彼に、私は会いたかった。
「ねぇ、夢灯。今日は思ったよりも冷えるから、私に温かくなるものを着せてよ」
返ってくることは望んでいない。ただ、秋のまだ寒さに鈍感だった時期のことを思い出して、言いたくなっただけだから。
「言われた君は、今どう思ってるかな?多分ツッコんでるか、照れてるかの2択だろうけど。私は照れてると思うよ」
彼の気持ちを薄々感じ取っていたから、私はそっと彼を狼狽させようと躍起だった。そしたらいつも悟られないようにって隠すから、どうしてもそれをやめられなくて。いつの間にか引き込まれてた。
天然たらしという言葉があるけど、多分それの使い手だったんだと思う。私には好きなように接するのに、いざ反撃受けるとあたふたする。そんな彼を、今までで1番愛していた。
「そうだ。夢灯が私のことを好きなのは分かったけど、私が夢灯のことを好きなのは、夢灯は分かってないでしょ?だから、こういうのを作って来たよ」
ショルダーバッグから、2つのアクセサリーを取り出す。
「1つがこれ、夢灯と築き始めた思い出作りの日から12月26日までのアクセサリー。そして、これが私がその間のいつに夢灯を好きになってたかの日にちを刻んだアクセサリー。それを見て、少しは喜んでくれるかな?」
memoryと刻んだ下に7月28日と刻んだアクセサリーと、first loveと刻んだ下に8月28日と刻んだアクセサリー。どちらも親指ほどの大きさで、我ながらセンスあると思う特注のアクセサリーだ。
「これを見てセンスないとか思ったら、その時は夢灯との思い出を1つ忘れることにするからね?」
――ははっ、ヒドイ。
「え?」
聞こえた気がした。私の頭の中で、そう呟いただけかもしれない。でも、勘違いだとしても、私には愛おしい彼の声が届いたように思えた。ジワッと目頭が熱くなる。けど、ここでそれを許すのはダメだ。約束は果たすものだから。彼のためにも、私は彼の想う私で有りたい。
「……いつまでも、私を見守っててね。どこの世界に居ても、私を好きでいてほしい。私と付き合ってほしい。私と結婚してほしい。その願いを叶えるまでは、私がそっち行くまで浮気したらダメだよ?」
許される我儘。彼の残した我儘に付き合ったんだ。1つくらい良いだろう。
私は100歳まで生きる。生きて、その間で彼を忘れることは絶対にない。0に近い可能性を、私たちは乗り越えれたんだ。また記憶が消えることに恐怖するものか。何よりも、自分の死を恐れず、私の記憶が消えることに恐れた彼の優しさと覚悟は、絶対に負けない。
「うぅー、寒い。夢灯を思い出しちゃうよ。春を超えたらまた夢灯を思い出す季節に入る。その時、また来るね。もっと可愛くなって、夢灯を嫉妬させるほどモテて」
なんて口では言っても、彼を超える人は存在しないと思ってる。私を助けてくれた、唯一の想い人。いじわるのやりがいは、誰よりも高いんだから、どうしてもいじわるをしてしまう私。そんな私を死んでも好きで居てくれる彼。心動かされる人は、金輪際ないかな。
「大好きだよ。またね」
薄着でも寒くない。彼と話していると、どうも思い出に浸って温かくなる。これなら毎年言われるだろうな。「だから厚着しろって言っただろ?」って彼の声を脳内で再生して。
言われたいよ。けど、それは私が彼の居る場所へ行った時に聞きたい。私にだけ、近くに寄り添って言ってほしい。強く想いを込めて、私が人生を頑張り終えたことを褒めながら。
そしたらきっと、私は彼との思い出を何度死んでも思い出すだろう。語り合いたい。誰にでも自慢したい。価値のある記憶と思い出。誰にも渡さない幸せな日々。私は1人で紡ぐよ。
これからは、私の夢を灯りで照らしてね。夢灯。
12月26日。記憶が消える君に、たった1つの想い出を贈ろう。 XIS @XIS
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