二十一

 国に帰り、書類を大ざっぱに整理した。あとはほかの文書管理者にまかせてもだいじょうぶだろう。一日だけ休暇を取った。


『おかえりなさい』


 遠征であったことはただ一つをのぞいて手紙で先に知らせておいたが、それでも話してほしがった。健は大変だったことや危なかったことは小さく、なんでもない遠征の日常をふくらませて話した。

 それでも、美園さんは美園さんだった。


『じゃ、その死霊術についてはもう手がかりもないの?』

『魔王の城の調査は行われるよ』

『いまさらいってもだけど、倒すの止められなかった?』

『王の命令は絶対だからね』


 そう言いながらメモ板と木炭を取った。

(調査、妨害したい)

(?)

(日本に行かせないため。わずかでも可能性はつぶしたい)


『ま、それはそれとして、薬はどうだった?』

(侵略? あたしたちの世界の方が強いよね?)


『臭い。とにかく臭かった。塗った直後はだれも近寄らない』

(いや、もし書類戦が通用したらまずい)


『でも効いたでしょ。濃さがちがうから』

(どうやって妨害?)


『水で溶くときさ、ちょっとだまになるんだよね。使いにくい』

(調査結果の閲覧権限もらった。それしだいで行動する)


『ええ、そんなはずないんだけどな。調べてみるけど、残りもってきた?』

(帰る気ないの?)


『うん、これ。調べるってどのくらいかかる?』

(帰りたい。けど、危険にさらしたくない。わかってほしい)


『すぐできるから、ちょっと待ってて。そこのお茶でも飲んでて』


 美園さんは薬をなにかに溶かして熱しはじめた。


(あなたは危なくない?)

(そこまではわからない)

(ずっとこの世界で暮らす?)

 うなずいた。

(あたしは帰れるなら帰りたい)


 じっと顔を見た。そして首を振った。こればかりはだめだ。

(日本の平安がかかってる。ここの帝国主義の連中に荒らさせはしない)


 火を弱め、またなにか混ぜた。


(ここでずっと? どうするつもり)

(ここの連中を変える。もっと住みよいところにする)

(?)

(まずは教育から)


 そして雑談をしながら大きい方のメモ板で説明した。


 魔王の城の調査やその領土の分配および植民者の管理、とにかくこれからは膨大な書類の記録と解析のための人手が必要になる。そのためにトリナ姫の機関の養成学校を一般にも開放して教育を受けさせる。ほかにも学校を作る。優秀な者は文書管理係にする。そして巨大な官僚組織を組み上げる。

 教育は一般市民の思想や行動も変える。いずれ国王連合に支配されたままという状況に不満を持つ者たちが現れる。そうなったら共和制に誘導する。

 うまくいけば官僚に支えられた共和制の国家が誕生する。ぼくらの世界と変わらない国だ。


 美園さんはあっけにとられた顔になった。それから笑い出した。


(本気? 危なすぎる。首をはねられたっておかしくない)

(君はだいじょうぶ)

(あたしじゃなくて)


(ぼくは公務員、公僕だ。公の利益のために王と貴族から人々を開放する。君にも手伝ってほしい)


『無理よ』

 つい言葉に出てしまい、手で口を覆った。


(いや、できる。というより君が主役だ。国王連合から害されることのない君はこの静かな革命の主人公なんだ)


 首を振っている。ぼくは書く。木炭が折れた。


(うなずいて。ぼくになにかあったら後を継いで行動してほしい)


 火を消した。


『ごめんなさい。ちょっと配合まちがえたみたい。それでだまになるんだ』

(わかった)


『いや、いいよ。効き目はあったんだし』


 震える肩を抱いて、おさまるまでそのままでいた。

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