二
「すまぬ。わずらわせるまでもないと思うておったが、やつら、あのような書類を出してきおった」
司令官が剣のつかで天を指した。スーツの男は見上げもしないで答えた。
「はい。先王の出した保護令を用いるとは考えましたな。異議申し立てをやりにくくしたつもりでしょう」
「なにか対抗策はあるか。苦しませてはならぬのならば馬は使えぬ」
「もちろんです。先王は慈愛の御心で動物保護を命ぜられました。それをこのようにねじまげるなどもってのほか。思い知らせてやります」
「それは頼もしい。で、どのように?」
ケン・オノウェ・コームインはしゃがむとひざの上でかばんを開け、一枚の紙を取り出して閉じた。そのかばんを机代わりに内ポケットからペンを取りだすと書類の作成を行った。
そして、司令官たちが見守る中、ペンを戻した手でハンコと朱肉を出した。王室から戦闘用として一時的に貸与されたものだった。見える範囲の兵たちからどよめきが起き、静かにするよう上官に制せられた。
ケンはそのハンコをゆがみなく、明瞭に押すと書類を天に掲げた。
「創造主様、先ほど公開された動物保護令に対し、このように適用範囲を明確にする旨、申請を行います」
書類は輝きを放って消滅した。受理されたのだ。あとは承認されるかどうかだった。
また低音だけの雷鳴がした。そしてすぐにさきほどの書類のとなりにいま提出された書類がならんだ。
「なるほど! さすがはコームイン殿! 保護する動物の範囲から家畜をはずすとは!」
司令官が破顔一笑すると兵たちも大喜びで剣と盾を打ち合わせて挑発した。
「先王が命じられたのは猟の獲物に無用の苦しみをあたえないという意図でした。それを思い出しましたので」
ケンはなんでもないというふうにいった。
「さてさて、やつらどう出ますかな?」
副官が太陽の位置を確かめてから敵の方を見た。太陽が指一本分の幅動くくらいの時間内に書類が提出されないか、または鬨の声を上げて突っ込んでくれば書類戦は終わって通常戦闘となる。
その際、発効した法令は主によって絶対となる。この世の法則といってもいい。破ったらどうなる、ではなく、そもそも違反は不可能なのだ。
「コームイン殿、こちらもなにか書類を出せませぬか。たとえば敵の魔力使用を封じるような内容はいかがかな?」
司令官が焦れたようにいった。
「は、無論可能ですが、承認された書類はすべて先例となります。敵が先王の令を用いたように忘れたころに使われかねません。こちらがしたことはあちらもする、というのが書類戦の原則です。今回は待ちましょう」
「それはそうだが、防戦一方というのもな」
「それでよいのです。書類になれていない連中は書類に溺れます。そこを叩きましょうぞ」
「なるほどのう。それにしてもコームイン殿はなぜそのように詳しいのだ?」
ケンが答えようと口を開いたとき、承認の雷鳴が轟いた。
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