十八

 平原中に散らばった死骸が立ち上がり、手近の兵士や馬に襲いかかった。


「やつめ、それで死体を弔わずに放置していたのか」


 司令官は次々とくる報告を受け、命令した。部隊を固め、周囲からくる敵に備えなければならない。

 ここで農民兵のもろさが露呈した。腐りかけの身体で戦う死霊に混乱し、訓練通りの戦い方ができなくなっていた。


「落ち着かせるのだ。死霊は生身にくらべれば恐ろしい敵ではない。ただ生きている者を襲っているだけだ。判断力はないし、身のこなしもぎこちない。負けるはずがない」


 兵隊たちは声をかぎりに呼ばわっている。おびえる者を殴ってもいた。


「報告! 馬に被害多数!」

「解き放て!」


 健と姫はテントにとどまるよう指示され、護衛がつけられた。


「死霊とはなんです?」

「死んで抜けた魂をもどした、動く死体、のことだ。記憶や意識はない。ただ生きている者への憎しみだけで襲ってくる」


 茶を淹れなおして飲んでいる。すすめられたが断った。


「それじゃ、敵味方の区別もつかないのですか」

「ああ、だから安心ともいえる。鬼やほかの魔物との混成はない」

「では、なぜこのような戦い方をするのです?」

「こっちの戦力を削るためだろう。さっき聞こえたが馬が襲われたとなると、進軍速度や輸送に影響がでるな」


「倒せるんですか?」

「一度死んだら二度はない。足を切って穴にでも放りこんで灰になるまで焼くしかない」


 外から聞こえる命令や音からすると、こちらが主導権を取り返したらしい。後で知ったのだが、死霊になれてしまうと農民兵の方が要領が良かった。梯子や長い工具類、即席に作った先端が二股の棒で間合いの外から取り押さえ、足を切ってしまう。それから穴に放りこんで火を放った。明け方にはそこら中くすぶる煙と臭いがたちこめた。


 朝日の光が筋を引いている。姫と外に出ると混乱は収拾されていた。襲ってきた死霊はかたづけた。兵士は隊を組みなおし、けが人には治療がほどこされた。馬は集められ調べられた。何頭かは情けをかけられた。


 健はテントの柱にもたれて戦いの後処理をながめていた。なにかが引っかかっていた。この死霊という存在にはなにかある。


「どうした? 気分でも悪いのか。そっちの世界に死霊はいないのか」


 その言葉が煙のようにぼやけた考えを結晶させた。


「わたしの世界では霊などはそもそも信じられていません。いまでも信じられません。姫様は昨夜、死んで抜けた魂をもどした、とおっしゃいましたが、魂は死後、どこへいくのですか」

「もちろん霊界だ。異世界だな……、ああ、そうか」姫も気づいた。

「そうです。霊界でもなんでもいいのですが、世界間の移動は意図してできるのですね」

「そういえば、そうだな。考えたこともなかった。死霊術は魂の世界間移動ともいえるな」


「なんだ、なにを泣いている?」

「すみません、帰れるかもって思ったら涙が出てきました」

「謝らなくてもいい。当然だ。さて、ではどうしようか。魔王を倒してもいいものかな」


 そうだ。ここへ来たのは魔王討伐が目的だ。顔を手でこすった。


「死霊術は魔王でなくてもいいのでしょう? 魔法使いなら使えますよね」

「いや、あまりに恐ろしい術なので国王連合は禁じた。われらのところに研究をする者はいない。過去の記録だけだ。つまり、現在実践的に死霊術を用いているのは魔王のみとなる」


 そういって健を見たトリナ姫はあわててつけたす。


「と、とにかく司令官に話をしてみよう。わたしからよく説明する。そんな顔をするな。それにしてもはじめてだな。お前がそこまで感情をあらわにするとは。ま、悪いようにはしないから、な」

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