十七

 平原を渡っていくうちに季節は進み、朝はかなり冷えるようになった。かじかむ指を手あぶりで暖めながら書類をめくる。

 敵は散発的な攻撃を繰り返している。こちらの戦力を探るための偵察だろうと推測されていた。そして、戦力差がわかったなら降伏すればいいのに、とも思われていた。鬼の剣はろくに研がれておらず、盾は傷んでいた。もう物資がつきかけているのだろう。その体はやせ細っていた。農民兵が同情するくらいだった。


「それでも魔王は連合に加わろうとしない。魔王と僭称してまで単独支配を貫こうとしている。なぜでしょうか」


 またトリナ姫に夕食に誘われたとき、その話題を出した。司令官が同席していたからだった。歴戦を戦い抜いたすぐれた戦略家だった。


「それについてはわたくしもまったくわからないとしか申せません。しかし、創造主様に認められている、という点は無視できません。僭称であれなんであれ、王、であることはまちがいないでしょう」


 トリナ姫は興味深そうに聞いている。今夜は口数が少ない。司令官が続ける。


「ただ、いまさら降伏して連合への参加を願い出ても許されないでしょうね。倫理的に問題が多すぎる」

「誘拐ですか」

「ああ、記録をお読みになったのですね。そうです」

「目的は? 記録はぼかした書き方でよくわかりませんでした」


 トリナ姫が杯を置いた。


「それについては情報参謀として答えましょう。魔術の生体実験を行っていた濃厚な疑いがあります。討ち取った鬼や魔物を調査したのですが……」

「それは、この席にふさわしい話題ですかな? 姫、そのくらいでよろしいでしょう」

 トリナ姫は口を閉じて頭を下げた。

 そうか。司令官が話を止めたのは理解できた。聞きたい話ではない。この世界でもそういうことがあるのか。


「すみません。わたくしが始めた話題です。軽率でした。しかしながら、おかげで魔王は倒すべき敵であるとの認識をこれまで以上に持つことができました。ただの侵略者ではないのですね」

「その通り。コームイン殿の認識はわたくしと共通しています。頼もしいことです」


 食後は濃い茶だった。司令官がいるのでそれはそうだろう。


 飲んでいると外で騒ぎの音がした。


「報告! 敵襲!」

「かまわん。入れ」

「失礼します。敵襲あり。正確な数は不明ですが大部隊です」

「よし、すぐに行く」

「しかし……」

 兵士はここで初めてとまどいを見せた。

「なんだ。報告中に言いよどむな」

「は、敵に不審な点があります。どうも普通ではありません。生きているようには見えません」


 カップを勢いよく置いたのはトリナ姫だった。


「やられた! 魔王め! それは死霊だ」

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