十九

 魔王の山のふもとに到達したとき、戦力は三分の二ほどになっていた。絶え間なく襲ってくる死霊に対応させるため、農民兵を置いてきたからだった。また、馬の損耗もあった。襲撃のたびにすこしずつ削られるように消耗している。

 しかし、それは戦いの趨勢を決めるほどではなかった。


 朝日の中、健はスーツを着、革靴を履き、かばんをもって馬車を出た。司令官のところまで兵士が壁になっていた。


「変更はないな」

 司令官が確認した。

「ぎりぎりまで待ちましたが、変更を加える点はありません」

 そう返事した。状況には申請内容を変えるべきどんな新しいことも発生していない。

「では、頼む」

「了解しました。すみやかに申請します」


 あらかじめ作っておいた書類にハンコを押し、掲げて申請した。炎と氷の魔法を禁じる、と。


 低音の雷。そして魔王は資源管理としての間伐を例外とするという修正条項を出してきた。即座に異議を申し立てる。管理なら管理計画を出してみよ。どの木を伐採し、どれを残すのか。


 太陽がじりじりと高度を上げる。指一本幅程度の時間が異様に長く感じられた。


「コームイン殿、期待に沿えず済まない」

 司令官が横に来て小声でいった。

「いいえ。司令官殿。王の命令は魔王討伐です。逮捕ではありません」

「しかし、姫様はかなり食い下がられた。死霊術、それほどの価値があるのか」

 健は司令官の顔を見た。

「まったく分かりません。その価値を見出すのも目的でした」

「魔王を倒すと失われるのか」

「はい。死霊術を使っているのは魔王だけだとトリナ姫からうかがいました」

「わたし個人は惜しいと思う。調べる前に破壊など文明人のすることではない。しかし、同時に人々の生活に責任を持つ立場なのだ。われわれは」


 そういう顔を見、答えを組み立てていた時だった。


 鬨の声があがった。司令官は一瞬で軍の指揮者の顔になった。


「では、ご武運を」

「ありがとう。コームイン殿は下がって。炎と氷の使えぬ敵など山中でも脅威ではない」


 兵士たちは雄叫びを上げて進撃を開始した。

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