異世界公務員の平穏な日々 -主は書類を受理された。主はその書類を見て、良しとされた。すると、法令が発効したー

@ns_ky_20151225

 敵は矢のとどかないくらい離れているが見えてはいた。音だって聞こえる。魔王の鬼どもが吠え、うなり、足踏みする音。


 こっちの音だって届いているだろう。鎧や武器がゆれて当たり、馬がいななき、命令がとぶ。


 こんな平原で戦闘とは、魔王はなにも考えていないのか、よほどの策があるのだろう。そうでもなければ馬のあるわが方が圧倒的に有利だ。司令官から末端の兵までそう思っていた。だからこそ油断ならなかった。どんな奇策があるのか、いや、どのような書類をそろえたのか。


 その時、大きな音が空に響いた。例えるなら低音だけの雷鳴だった。


「承認されたぞ」

「魔王か」

「だろうな」


 全軍に緊張が走った。いよいよ戦闘が始まった。


「どんな内容だ?」

「いつでも動けるようにしておけ!」

「しっ! 静かに! 先走るな。書類戦ではわれわれのすることはない。上にまかせるのだ」


 承認印の押された書類が天に投影された。この世の決まりだ。主によって承認された書類は関係者に公開される。


「そうきたか」

 司令官はくやしさを部下に悟られぬように冷静さをよそおい、察した副官も落ち着いて答えた。

「動物保護令を出してきましたね。先王が出されたものの適用条件を変えただけです」

「ああ、あれは動物を苦しませてはならぬという慈愛に満ちた法であったが、いまここで有効になると馬が使えなくなる。まずいな」

「かといって、異議申し立ては矛盾を生じます。あれはわれらが出していた法を元にしています。主は二重基準はお許しになりますまい」

「そのとおりだが……。もはやわれらではどうにもならん。コームイン殿を呼べ」

「はっ!」


 ざわめきと、兵たちが割れて道を作る音がした。陣の奥から司令官のところまでひとすじに空くと、男が歩いてきた。


「コームイン様だ」

「いつもながら堂々としておられる」

「ああ、これで安心だな」

「そうよ。俺はあのスーツとやらの姿を見ただけで落ち着いた」

「あのかばん、どれほどの書類が入ってるんだろうな」


 男の背は高からず低からず、短めの黒髪で目も黒い。低い鼻の下はまっすぐに結ばれた唇で、黄色みがかかった肌をしている。

 スーツという変わった服装は濃紺、その下のシャツとやらは真っ白で、斜めの細い線が入ったネクタイという青い飾り布を首に結んでいた。

 左手に茶色で四角いかばんを持ち、右手は柔らかく開いて垂らしている。黒い革靴はこの砂埃だらけの平原でも塵ひとつなく磨かれていた。


 その足取りに迷いはなかった。


「ケン・オノウェ・コームイン、お呼びにより参りました」

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