五
「おはようございます、コームイン殿。こんなに早くからお出かけですか。街着もお似合いですこと」
まずい。ケンはなんとか平静を保ちつつ振り向いた。こっそり出たはずなのに挨拶が聞こえてきたと驚いたら、階段の上から妹姫様が見下ろしている。
「おはようございます。トリナ姫様。薬が必要となりました。昼にはもどります。それでは失礼いたします」
さっさと正面玄関から出ていこうとした。
「お待ちください。薬とは? お具合がよろしくないのであればわたくしの使いを出しましょうか」
トリナ姫は一段一段下りながらそういったが、首のかしげ方や目つきはそうでないでしょう? と告げていた。
「お気づかい感謝いたします。しかしながらいつもの腰痛でして、医者は薬の効き具合を確かめたいので本人が来るようにと申しますゆえ、それでは失礼を」
「失礼、失礼、とそう詫びてばかりおるのではない。その医者というのは若い女でしょう?」
「いいえ、五十を越した男にございます。呪術医として誠に評判が良く、とくに腰や関節の痛みに詳しいのです」
「ふん。しかし、娘がおるのであろう?」
ケンの前に立つとトリナ姫は頭ひとつ半ほど低い。しかし威圧感は父王ゆずりだった。この姉妹はどちらも苦手だが妹の方は押しが強くて困る。緑がかった青い目が貫いてくるようだった。
「昨夜の祝勝の宴、乾杯だけしてさっさと引っこんだであろう。父上にだけ杯を捧げて、姉上やわたくしは放っていくとはいかなることか」
すこし厚めの唇からねっとりとした言葉が出てくる。ケンは背中に冷たい汗をかきはじめていた。
「これは大変失礼をいたしました。文書管理の業務が残っておりましたので。ただ、退席につきましては侍従長を通じ、お許しは得ております」
ふん、と蜂蜜色の髪を揺らした。金糸で縁取りをした桃色のドレスは徹夜明けの目も覚めるようだった。
「また失礼といったな。では、午後は空いておるのだな。ならばお茶に招待する。姉上も同席する。よいな? では決まった」
うなずくしかなかった。午後の業務予定は変更しないと。
「わかりました。午後ですね。お茶をいただきます。はい。では、失礼をして、行ってまいります」
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