吟遊詩人たちはこの戦闘の様子を後に、決着は銅貨が地にふれるより先につき、と歌うが、それは誇張がすぎるというものだろう。とはいえ、書類戦すべてに敗れた鬼の軍に通常戦での勝ち目はなかった。平原で馬の機動力によって一方的に壊滅状態にされ、山奥へと逃げ帰った。


「やつらの半数以上を討ち取ったぞ。負傷は数え切れぬ。これで孫の代まで仕掛けてこれないだろうさ」


 兵たちは勝利を味わいながら帰国の途についた。もう雑談を止める理由はなく、みな好き勝手に話している。


「それにしてもコームイン様はどうなされた?」

「そうだ、勝ったというのに馬車にこもっておられる」

「お加減でも悪いのか。そうでなければぜひわれらの杯をお受けいただきたいのだが」


「まだ戦いは終わってはおらぬ。書類戦はまだ、な」

 隊長格の兵士がわけ知り顔に説明する。

「今回申請され、主によって承認された書類はすべて先例となる。コームイン様は詳細を再度吟味し、整理して保管しなければならない。いまも馬車のなかで戦っておられるのだ。文書管理という戦いさ」


 若い兵士がわからないというふうに首を振った。


「そんなの『魔王軍との戦い、竜骨平原にて』って札に今日の日付つけて戸棚に置いとけばいいんじゃないですか。後から探すにしてもそれで十分わかるでしょ?」


 年長の兵士がうしろからそいつの肩をたたいて教える。


「将来、書類がなにに必要になるかなんてわからない。この戦いの文書だって常に戦いの記録として検索されるとは限らないさ。たとえば馬について、とか、畑に関連して、とか、賠償をあつかった書類っていう感じで調べられるかもしれないだろ」


 肩をたたかれて振り向いた若い兵士は天を仰いだ。


「じゃ、そういうあらゆる可能性を考えて、まちがいのないように検索札をつけてるんですか。コームイン様は」

「そうさ。しかもだらだらやってちゃいけない。いつ使うかわからないからな。今日は残業だろう」

「残業……」

「だから、コームイン様に感謝するなら仕事の邪魔をしないことさ。静寂を保つこと。わかったな?」


 若い兵士とその話が聞こえていた兵たちはうなずいた。だが、若さゆえか、好奇心は止まなかった。


「あんた、よく知ってるみたいだから教えてほしいんだけど、コームイン様はなんでそんなややこしいことができるんです?」

「実は俺もそこんとこはくわしくないんだ。でも聞いた話じゃあの方はこの世の者じゃないっていうな」

「え?」

「先代の時に突然城内に現れたんだとさ。うそみたいだけどな。それでごちゃごちゃあってさ。文書管理に人並外れた、ほとんど超能力といっていいくらいの才能を発揮したんでいまに至るっていうな」

「じゃ、創造主様のお遣わしっていうけど、ほんとなのか」

「かもな」

「そうだよ。あんな服や持ち物は見たことも聞いたこともない。主のおられるところのもんだろうさ」

「ああ、しかし考えるのは上にまかせよう。今夜はひさしぶりに飲んで食べようや。糧食残してもしかたない」

「そうですね」


 その夜、兵たちは飲み食いしながらも馬車の明かりが遅くまで灯っているのに気づいていた。そして、周囲では一切騒がなかった。

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