三
「まただ。今度は先々代の焼き直しだな」
副官がいらだたしげにいったが、すぐに冷静になった。
「だが、これならコームイン殿にお頼みするまでもない。すぐ異議申し立てを行おう。畑での戦闘を不可とするといっても、このあたりは耕作地ではないし、そうであったこともないはずだ」
「お待ちください。あきらかにおかしく見えても主が承認なさっています。釣り針が隠されていないか検討しないといけません」
ケンがそういうと、天を見上げていた司令官がいぶかしげに振り向いた。
「なにか不審な点でも? わたしもこれは苦しまぎれの時間かせぎと見るが。馬を禁じるのに失敗したので陣を組み替えるつもりであろう」
「いいえ、司令官。敵を侮ってはなりません。戦いを仕掛けてきた以上考えがあるはずです」副官の方を向く。「ところで、先ほど先々代の焼き直しとおっしゃいましたが、どのようなときに出されたのですか」
副官は司令官の方を見、手振りでうながされると話した。
「収穫期に戦いがあったときに出されたと記憶しております。先々代からそのような方であったからこそ現王家は農民から支持されているのです」
それを聞くと、ケンはじっと天の書類を見上げた。「畑、収穫、耕作地、戦い、畑、畑、畑……」とつぶやきながらまわりの雑草を調べている。「そうか。これだ。実がなっていますね」
「しかし、それは価値のない雑草です。畑というのは実用になる植物を育てるものでしょう?」副官がいった。
「価値がない、とは? だれにとってですか」
「そうであったか。あやうく引っかけられるところであった。異議申し立てをしていたら却下され、この平原での戦闘が不可能になる。それが狙いか」
司令官はすべてを理解した。戦場が山中や岩場になればこちらの不利だ。最初平原で馬を封じておいてから力押しで攻めようとし、それがだめなら場所を変える。そういうつもりだったのだろう。
「いかがされる? こうなってはおまかせする」
「は、考えがございます。司令官」
またしゃがむとさきほどのように書類を作り始めた。周囲の兵たちにはなにがなんだかわからなくなっていた。さっさと異議申し立てをすればいいのに、とさっきまでの副官のようなことをいう者もいたが、理解した者に説明されて黙った。
ハンコを突き、書類を差し上げると受理された。太陽はほとんど指一本幅動いていてあぶないところだった。
すぐに承認の雷鳴がして公表された。
司令官が耐え切れず哄笑した。次に副官、そして兵たちも笑った。
「なるほど。コームイン殿、考えましたな。荒らした分はわれわれの価値基準によって算定し賠償する、ですか。なるほど。これなら先々代の先例に反することなく畑そのものの価値は認めつつも、戦闘自体は不可能にならない。償うのだからな」
そして、鬼どもの鬨の声がした。書類戦すべてに敗北し、もう打つ手がないのだろう。破れかぶれで攻めてくる。
「では諸君、これより通常戦だ。コームイン殿、ご苦労であった。下がってよい」
一礼してもどるケンを見送ってから、司令官は隠しに手を入れた。
「先払いだ」
そういって銅貨を一枚つまみ出すと戦場に放った。
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