真っ青な顔だった。王の広間に普段着だが、それがどうやって連れてこられたか示していた。衛兵が肩を押してひざを突かせた。


「乱暴するな!」


 たまらず声が出た。王と姫姉妹は、ほう、という顔をした。


「コームイン殿、ここがどこだかわきまえておるか。大声は無礼であろう?」


 サナルカ姫がやさしくいった。さりげなく警告をしてくれたのかもしれない。ぼくは落ち着きを取り戻そうとした。なんとしても野々宮さんだけは無事に帰さなきゃならない。


「失礼をいたしました。謝罪いたします。が、これはどういう?」


「霧を晴らしてやろうといったではないか。晴れたであろう?」


 王はまた身をのりだした。右手を振る。「トリナ、教えてあげなさい」


「コームイン殿、静寂魔法は破られている。二年ほど前からな。われわれは国内に検知不能の領域が恒常的にできているのは好まない。ほかでもそうしている。だが、あの呪術医ハーンの調合室ほど興味深い会話がなされているところはなかった。それも決まっておまえとそこの娘がいるときにだ」


 トリナ姫が言い終わると、入れ替わるようにサナルカ姫が話す。


「おわかりですか。ほとんど意味不明の音でしたが、おまえがあらわれた時の記録の発音記号と一致する部分が多いのに気づきました。あれは混乱で出てきたたわごとではなく、やはりちゃんとした言葉だったのですね。あとは他の細々とした情報とも合わせてこのトリナお抱えの学者たちが謎を解いてくれました。ニホン、というのがあなたたち二人の故郷ですね」


 王が引き継ぐ。


「そして、おまえはケン・オノウェ・コームイン、ではなく、オノウエ・ケン、そちらの娘は姿はわれらと同じだが中身の名はミィソノー・ハーンではなくノノミヤ・ミソノ。そうであろう? 字まではわからぬがな。ま、いずれおまえたちから習おう」


 野々宮さんはうなだれていた。


「どうした。口がなくなったか。では問いをわかりやすくしよう。お前たちはなにをしに来た? また、どうやって来た? それと、ニホンへの帰還予定と方法は?」


 健は覚悟を決めた。


「王よ、すべてわからないのです。これは計画されたものではありません。いってみれば事故のようなものなのです。だからこそわれらは沈黙を守っておりました。怪しく思われたらどんな目にあうかわからないからです。どうかお慈悲を。また、願わくばこれまでどおり任務を果たしとうございます」


「なるほど、その娘もおなじ言い分と聞いておる。ふたりとも話す気はない、と。では、われらはニホンによる侵略の可能性を考慮せねばなるまい?」


「しかし、本当なのです。本当にわからないのです」


 王は目を細めた。


「オノウエ殿、証を立てよ。言葉が真実であるという証だ」


「では、こういたしましょう。いまここでこれまでの経緯を包み隠さず話すと書類を作成して申請します」

「そんな個人的な令を発するというのか。許可できぬ」

「お言葉を返すようになり申し訳ございませんが、証を立てよとおっしゃられたのは王です。そして、これ以上の証はないではありませんか」


 サナルカ姫が王をひじで軽くつついた。目を向ける王に小さくうなずく。


「わかった。では書類を作成せよ。おい、だれかハンコを持ってまいれ」


 かばんを台に書類を作成した。そのうちにハンコが届いた。


「まて、押す前に見せよ」


 衛兵が書き終わった書類を取り上げて王にうやうやしく持っていった。


「なるほどな。あらわれてからのことを嘘いつわりなく話し、それをもって最終的な回答とするとある。だが、その代わりに娘は無事に親元に返し、以後手は出すなというのだな。生意気な。王を相手に取引か」


 野々宮さんが顔を上げた。サナルカ姫は書類をのぞきこみ、その顔と見比べている。


「ええ。その文言を変えるのであればなに一つ話しません」


 廷臣たちはどよめいた。王を相手の態度ではなかった。


「話を引き出す方法はほかにもあるのだぞ」

「しかし、その方法は書類によるものに比べて信頼性はいかがでしょう? 仮にそうやって情報を得たとして、すっきりしないのではないですか」

「はは、おまえは文書管理だけでなく、商売人の才もあるのか。よし」


 そういって書類は返され、ハンコも渡された。健はすぐに押して書類を掲げ、創造主に申請した。


 低い雷鳴。そして王の広間には沈黙が漂い、指一本幅の時が過ぎた。

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