十三

「遠征では? 空白地帯への。魔王はすでに無力でございましょう?」


 サナルカ姫は妹に目配せをした。トリナ姫はカップをおき、指を三角に組んだ。


「いまの、オ……、コームイン殿の言い方が問題なのです。わたくしの機関は調査を主たる任務としており、その目と耳は国外にも届きます。魔王はいまだに魔王と自称し、そう呼ばせております。しかし、その称号は人間のどの王室にも承認されておりません」


 ぼくは首をかしげた。それがなんだ? かってな自称など放っておけばいいじゃないか。


「われら国王連合は、これを由々しき問題と捉えております。現在法的な研究と議論が行われておりますが、今月中にもこれを僭称として非難声明を発する予定です」


 如才なく立ち回らないといけない。くつろぎから戦闘モードに切り替えた。これは微妙な話題のようだ。


「魔王という自称に法的な引っ掛かりがあるのは理解できます。それで抹殺ということですね。遠征ともかかわるのですか」


「その遠征の前に片付けておきたいのです。書類によって魔王と称することを禁じ、それによって存在そのものを消せませんか」


 笑うな。とんでもなく思えることにこそ重要ななにかが隠れている。


「検討の余地はある、と思いますが、通常の書類戦とは大きく異なりますね。僭称を禁止するとこちらにも返ってきます。失礼を申しますが、すべての王もさかのぼれば自称です」


 サナルカ姫の目が細くなった。


「ほう。コームイン殿はわが王も僭称だとほのめかすのですか」

「いいえ。現在の王の法的な正当性は明らかです。しかし発祥、初代のことを申しております。時代の霧のかなたを明確にできる家などありません。これは事実です」

「はっきりいいますね」

「創造主様は事実しか見ません。単に王の自称を禁止とすると却下されるか、かえってわれわれの不利となります。無論、法令はさかのぼって適用されないのが一般的ですが、それに賭けるのは不安です。遡及適用についてはごくまれですが前例があります。なんといっても、王、という重大な立場についてですので」

「ある日以降を禁止とすればどうかな」トリナ姫が口をはさんだ。

「それは魔王から異議を申し立てられるでしょう。その日を境とする根拠を要求されます。それに、魔王の力は創造主様もお認めである点にご留意ください。書類戦を戦えるだけの権力者です。呼び名はなんであれ」


「しかし、気にいらんな。まったく気にいらぬ」

 サナルカ姫は深く座りなおし、背もたれに体を預ける。


「書類による存在の抹殺は大変困難です。それは創造主様が公平だからです。すべて関係者に公表されるため、たくらみを隠すことは不可能です」


「では、やはり通常戦しかないか」


「その通りです。敵を倒すのはペンではなく剣なのです」

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