十二

 部屋着に着替えると急に力が抜けて椅子に座りこんだ。すぐにでも美園さんに会いたい。話をしたい。


 ほっとすると腹が減った。ここは一日二食で間に軽くなにかをつまむのがふつうだが、朝からまったくなにも口に入れていなかった。まあいい、すぐ夕食だ。いつも部屋に運ばせて書類を読みながら食べているが、今日は食べるだけにしよう。とにかく疲れた。と座ったまま伸びをした。


 扉をたたく音がした。来たか、と開ける。


 召使が一人だった。紋はサナルカ姫だった。


「夕食をご一緒にとのことです。公式のものではありません。個人的な食事ですので飾り着は無用です」

「わかりました。どのような服装が望ましいでしょう? 個人的なお誘いは経験が乏しくて」

 召使はちょっと考えて返事をした。

「通常の夜の装いに控えめにひだ襟をつけられてはいかがでしょう。あまり仰々しくなく、かといってなれなれしくもなりません」

「ありがとう。そうします」


 食事の席にはトリナ姫もいた。やはり桃色だった。色合いがちがうだけだった。

 テーブルは四角いが、お茶会の時と同じで、サナルカ姫が正面だった。青いドレスだが、光のぐあいできらめいた。金糸をまぜて使っているのだろう。


「よくおいでくださいました。どうぞおくつろぎ下さい」


 小さくてもひだ襟がごわごわして落ち着かなかった。


「お誘いありがとうございます。お席を共にできますこと、うれしく存じます」

「まあ、かたくるしいこと。個人的だと使いの者が申し上げたはずです」

「そうでした。これは失礼いたしました」


 右手でトリナ姫が笑った。


「どうしたのです? トリナ」

「いえ、お姉様。コームインど、いえ、オノウエ殿はいつも失礼、失礼とおっしゃるから」

「いけませんよ。人に失礼がらせているというのは、われらの落ち度でもありますからね」


「いままでどおり、コームインで結構ですよ」

「発音、変かな?」

 トリナ姫はもういちどオノウエと口にした。オノォウェと聞こえる。

「ちょっとだけですけど。こちらの方には母音の連続は発音しにくいようですね。お気になさらず、お好きにお呼びください」


 夕食が始まった。肉は控えめで、魚と野菜中心だった。味は濃い。材料にすでに下味がつけてあるらしい。調味料が保存料をかねているのだろう。突然、生野菜が恋しくなった。ものを生で食べるというのはここではかなわぬ贅沢なのだ。


 食事中の話題は大したものではなかった。収穫とか、貴族の噂話、新しい服。わざと雑談にしている風だった。


 食後、お茶と軽くつまめるものが供された。サナルカ姫が、もう自分たちでできるから、と召使を下がらせた。


「おくつろぎいただけましたか」

「ええ。食事そのものを楽しみましたのはひさしぶりです」

「いけませんよ。聞くところによるとふだんは書類を読みながら召し上がるとか」


 やはり、ただの食事ではなかった。おまえは常時監視下だと圧をかけてきた。


「一人だとどうしてもそうなってしまいます。食べるだけというのは時間の無駄に思えてしまうのです」

「そのように効率ばかりお考えでは頭が疲れてしまいます。これからはもうちょっとお誘いをするようにいたしましょう」


 トリナ姫はそういう姉を黙ってじっと見ている。あえてその妹の方を見ていう。


「ありがとうございます。お二人はよくご一緒されるのですか」


「はい。とくに重要な計画がある場合は」しかし、答えたのは姉だった。


「いま、おありになる?」


「ええ、魔王を抹殺いたします」

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