十四

 遠征の計画が整うと、それに基づいて細かな作戦が立てられた。季節は巡り、常設の軍に加えて収穫を終えた農民が召集されて訓練が行われた。


 出陣があさってに迫り、やっと時間がとれた。ぼくは腰痛治療に行くことにした。薬を大目にもらわないといけない。夕食の席でそれが話題になったとき、トリナ姫には半日以上かかるといった。「遠征は長期間になる可能性がありますので、本格的な呪文をかけてもらいます」


 美園さんに会うのはあの日以来だった。手紙の返事は事務的なもので、会ってくれるかもわからないが、ひとつだけ、どうしても直接伝えたいことがあった。


「そうか、『尾上』さんも行くのか」

 先生は腰に針を打ち、呪文を唱える間にいった。これは新開発の方法で、呪文が効果的に患部にとどくのだそうだ。針治療ならこっちの世界にもありますよ、というと感心していた。

「ええ。文書管理者はわたしを入れて三名が行きます」

「でも、戦うのはあなたでしょう? そもそも城に文書管理という考え方を持ちこんだのがあなただし」

「そうなるでしょうね。つっ!」

「おっとすまん。でも良くなったのが自分でもわかるはず。それが数カ月は続くよ」

「治らないんですか」

「そりゃ、あんな仕事の仕方してて治るはずがないよ。それに加えて今度はがたがたゆれる馬車で身をかがめて読んだり書いたり。いいかい、たまには降りて筋をのばしなさいよ」

「そうできればいいんですが。今回の遠征、書類運び用の専用荷車も使うくらいです。ずっと仕事になるでしょう」

「なら、大型馬車を用意してもらいなさい。揺れをよく吸収するやつ」

「街道ばかり通るわけじゃありませんから」


 老呪術医は針の位置を変えながら困った顔をした。


「ところで、娘に会うのかい」

「はい」

「別れをいうつもりか」


 どう返事したらいいんだろう。しかし、この人相手にとりつくろったりごまかしをしてもしょうがない。


「今回の遠征は魔王との決戦が目的です。損耗しているとはいえかれらも必死に戦うでしょう」

「だから、別れるのか。そういうのか」


 答えに詰まった。


「なあ、これは親のわがままかもしれんが、あいつのことを考えてやってくれ。あれ以来心から笑わなくなった。書類は読んだよ。ありがたく思う。城は娘に手出しできない。これだけでも感謝しなきゃな。でも、どうかもっと優しくしてやってくれないかな」

「それは、優しさ、をどのように表現するかによります。ぼくはぼくなりに優しくありたいのです」


「ああ、あんたという人は……。真っ直ぐすぎる」

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