第2話 ”貴方が、私のオーナー?” 

 無人自動制御された2人乗り移動用ビークルに乗り込み、低空域の空を翔けること30分。

 ドーム型のコロニー都市外壁内部、低階層一面にへばりつくようにしてみっしりと用意された、1人用個室型のコンテナルームにナオの姿はあった。

 玄関扉を開けると、右手横には床1メートル四方はある荷物集配用ボックスルーム。

 そのすぐ奥にはシャワーのみ併設の洗面所兼トイレ。

 ワンルームの部屋の大部分はベッドを兼ねる培養ポッドが占め、一人用の机と椅子、小さめのクローゼットが辛うじて置かれている。

「本当に狭いな」

 大崩壊後、海に浮かぶ人造島が多数設置されたとはいえど、土地は貴重な資源。

 先の知れぬ最底辺Gランクの空想探索者に与えられるパーソナルスペースなどこんなものだろうと、割り切り、椅子に腰かける。一息つくと早速パトロン/パートナー候補リストを開く。


「娯楽惑星での参加型体験は人気コンテンツとはいえ、これはまた」

 無限ともいえる寿命を持つ異星体の無聊を慰める、地球をはじめ娯楽惑星として開拓された星で原生生命体と活動する権利。不自由を感じる面もあるだろうが、種が違ってもというべきか、非日常の経験を実地でできるというのは異星体にとっても抗い難い魅力を持つようだ。


<オファー#01>

 契約異星体:神話種 ランクS 雌性体(♀)

 契約種別:パトロン

 契約解除条件:空想探索者による解除不可

 契約条件:

 ・契約神話種は以下を提供する

 -Cランク相当以上の備品贈与

  -身体調整の施術

 -共同探索者の紹介

 -パートナー異星体の斡旋 ※契約空想探索者は斡旋にしたがったパートナー契約義務を負う

 ・空想探索者は以下の義務を負う

 週20時間以上の奉仕種活動義務 ※活動は都度、契約パトロンより指定

 契約神話種が指定する活動を優先とする


「異星体のランクは要するに権力の強さ。これはまあ、奉仕種族となって生涯尽くせという事かね。いつ命尽きるともわからない探索者、少しでも安全を買って生き残ることを優先する奴ならまあ、魅力的なのかもしれないけれど……俺には無しだな、却下」

 神話種としてアバターを得ることができる異星体はまあ、そのまま地球人類の考える神様のような特権階級的存在らしい。魂の底から崇め奉られることで力を得るとかなんとか。情報規制により詳細は人類には不明。



<オファー#02>

 契約異星体:寄生種 ランクC 雄性体(♂)

 契約種別:パートナー

 契約解除条件:空想探索者による解除不能

 契約条件:

 ・契約寄生種と共にある事


「受ける奴いるのかこれ。却下」

 要するに存在を明け渡せという事。

「立ち行かなくなった空想探索者の成れの果てとしてはあるらしいが、始まったばかりの夢いっぱいの新生探索者に出すオファーじゃないだろ」

 なお、異星体の”種”とはアバターの種類を指すが、彼らの実態とは何ら関係がない。アバターとして、遊興惑星地球で使用する体の特性を指定しているだけだ。神話種など一部は異星体の実態が有する地位等、使用条件の制約があるが……。



<オファー#03>

 契約異星体:夢魔種 ランクB 雄性体(♂)

 契約種別:パトロン

 契約解除条件:双方の合意

 契……


「めくるめくなんちゃらか? と思って見始めたらこれ、雄……雄か~」

 契約条件を見る前に画面を次へ。ナオには、否定するつもりは毛頭ないが、残念ながら個人としてはその嗜好が無かった。

 そもそもアバターに夢魔種を選ぶような異星体、これを受けた場合、探索者というよりも愛玩生物としての扱いが主になるのは目に見えている。

 しばらく無言でオファーリストを捲るめくるナオ。


「さすがに、もう少しまともなオファーは無いのか」

 こめかみに指をあてがい愚痴る。

 続く情報はどれも似たり寄ったり、ひどいものであった。

 奉仕種族募集、愛玩生物募集、美辞麗句や建前でうまく飾られてはいるものの不法労役を課されそうな危うさが見え透いたもの。オファーの申請が通っている事がそもそも謎なものまで含まれる始末。


 パトロン、パートナーを契約せずひとまずフリーで活動し、頭角を現してからのオファーを待つというのも手ではある。

 初動に後れを生じるというリスクはあるが、ことは一生を左右する問題。

 フリーで行く決心を固めかけたところで、しきりにアドバイスをくれると言ってくれていたミキの顔が浮かぶ。

 せっかくならと、”担当”として登録されていたミキの番号をコールする。


「ナオさん、しっかり愛の通話、かけてきてくれましたね、ミキ感激です!」

「え、いや、ん?」

 どう反応してよいものか戸惑う

「もう、初心うぶですねぇ。コールしてくれたのは、オファーの件ですか?それとも何かお困りごとでしょうか?」

「あ、はい。オファーの件でして。正直ピンとくるものが無く、しばらくフリーで行って、だれかよいパトロンなりの目に留まればと」

「ん~そうなのですね。フリーでの開始はかなり出遅れるのもあってお勧めしづらいのですが。あ、そうです! 実は特定の誰かに、ではなく、組合として預かっているオファーがいくつかあるんです。その中でもしかしたらと思うものがあるのですが~、見てみます?」

「どうせですし、よろしければ是非」

「今、送信しますね」

 ピロン、と、1枚のオファー書面が端末に送られてくる。



<オファー>

 契約異星体:人形種 ランク不明 雌性体(♀)

 契約種別:パートナー

 契約解除条件:不明

 特記事項:双方の適合をもってのみ契約成立

 契約条件:

 ・共に在る事

 ・永遠の誓いエンゲージを成す事



「人形種?機械知性種(アンドロイド)なら記憶にありますが、これは? それに内容もえらくこう、抒情的というか、なんでしょう」

 与えられた記憶に無い異星体のアバター情報。

 それであるにもかかわらず、不思議と心が惹かれてやまない。

 これを逃してはいけない、という心の底から語りかけてくる何かを感じる。



「興味がおあり……みたいですね? うふふ、魂が惹かれた、のかもしれませんね。ちなみにこちらのオファーについては、”双方の適合”とあります通り、条件が合致された場合のみ成立となります」

「なるほど?」

「こちらですね、”眠り姫”とも私共、組合職員の間では呼ばれておりまして。預けられてから何度かお引き合わせはしているものの、目覚めることなく、契約が一度も成立したことが無いのです」

「目覚めない? 眠り姫?」

「百聞は一見に如かず、です♪ お引き合わせいたしますので、明日午前9時に、空想探索管理組合2階にお越しくださいますか?」

「承知しました」

「あ、あと、お召し物はできればフォーマルなものをお勧めします。運命の出会いの日になるのですから。かっこいいナオさんのお姿、楽しみにしていますからね!」


「フォーマルといわれても……」

 通話が切れるとともに困惑したように独白する。

「初期資金を削るのもなんだが、やむを得ない、のか?」

 腕輪型のパネルから今度は呼び出したのは、空想探索管理組合の公式通信販売サイト。

 探索用装備品は原則カード形態となっているため、組合の建物3階での取り扱いとなっており、サイトで販売されているのは食料を含む生活用品、衣類に一般雑貨や嗜好品。

 公的通貨はNeuroだが、肉体形成時に選択している大崩壊前のアーキタイプ人種に従い、換算通貨単位が併記されている。これは原生人類職の生産品等を購入する事を考慮した制度で、通貨水準は大崩壊前最後の平穏な時代とされる2000年代初頭を基準に制定されている。かつての時代のように為替レートで大幅に上下するようなことは無いが、稀に見直しが入る場合はあるらしい。


 男性用フォーマルスーツ一式 200,000Yen (2,000Neuro) ~

「靴から上着一式すべてそろえると、最低でもこれか」

 初期手持ち10,000Neuro の新生Gランクにはあまりに痛い出費だ

「あとは最低限の水と食料が~、とりあえず1週間分くらいかね。最低品質合成食3食10Neuro,飲用水1日30Neuro。〆て全部で2,280Neuro(228,000Yen)か。天然食とかとても手が出んな」

 天然食材に並ぶ大崩壊前時代の銘柄牛の最低価格が100g 600Neuro(60,000Yen)~を目の端にとらえ、そっと見なかったことにする。探索を始めれば多少まともな合成食には切り替えていけるだろう。


 玄関の方でガコンと音がするので玄関を開き、覗くと、成人男性ほどの大きさのドローンが荷物集配用ボックスルームに荷物を収納し終え、アームを格納しながら飛び去るところだった。




 モソモソとした味気ない板状の合成食を飲用水で飲み込み、培養ポッドで就寝した翌朝。

 起床システムで設定してあった午前7時に自然と覚醒し、熱めのシャワーを浴びる。


「これ1週間分買ってしまったが、流石にずっとは参るな。稼ぎの安定は必要だけれども、早急にもう少しましなものに切り替えないと」

 合成食の原料は不明とされている。完全栄養とうたわれてはいるのはどれも同じだが、最低品質は本気で最低らしく、味が全くしない。味覚刺激物質すら組み込まれていないらしい。

 深く考えるのをやめ、買ったばかりの一張羅に袖を通すと、早めではあるが空想探索管理組合へ移動用ビークルを腕輪端末で手配し、向かう。



 1階大扉を抜け、さまざまな髪、皮膚の色をした探索者と思しき人類種。それとそのパートナーだろう、アバターに身をやつした異星体のざわめきの間を抜け、正面総合受付に向かう。人類種はみな筋肉量や嗜好の別はかなりあるものの、それぞれにおける大崩壊前の時代基準でいう理想体型を体現した美男美女の姿がほとんどだ。

 昨日とは一転、ミニスカートと厚手のシームレス、黒のスーツスタイルに身を包んだミキに迎えられた。

「しっかり正装でいらしてくださいましたね、よくお似合いですよ♪ 本日は5階になります、どうぞこちらへ」

 片腕を胸元にあて、美しい所作で中央円柱に設置された自動昇降機乗り場を示す。

 円形の透明床板に乗ると、総ガラス製の筒状空間内部をふわりと昇っていく。

 陽の光を再現したコロニー内部光を透かす、建物天井を彩る色とりどりのステンドグラス。

 昇降機の床板と壁の間には隙間があり、透明な壁自体さまざまなカットが施され、プリズムのように天井からさす光を乱反射して七色の光を宿している。

「ちなみにこの円筒部はすべてダイヤモンド製なのです。大崩壊前の記憶に照らすと、信じられない贅沢ですよね~」

 異星体達がもたらす地球外資源やダンジョン資源により技術体系の飛躍はもちろん、構造材質や装飾品の価値も大きく変わっているらしい。人類に刻まれている大崩壊前の記憶がそのありえない美しさに感嘆のため息をつかせる。


 歩みに合わせ、ふわりと風をはらみ揺れるミキの桜色の髪を追い、やってきた5階奥の扉は正面入り口のように美しい彫刻が施され、また随所に宝石が華美にすぎぬ程度に品よく配置された豪華なものであった。

「パートナーの異星体様はすでにこちらでお待ちです。ここからはどうぞ、ナオさんお一人でお入りください。わたくしはこちらでお待ちし、全て終わられまして後、お迎えにあがります」


 扉を開けた先の部屋は異世界に迷い込んだかのような様相を呈していた。

 中央まっすぐに進む通路は毛足の長い漆黒の絨毯が敷き詰められ、進む足を柔らかく受け止める。

 通路両脇には色とりどりの宝石を加工して造られた宝石花が、花園のごとく咲き誇り、部屋一面を覆う。

 煌びやかな巨大なシャンデリアが落とす灯りは部屋の中央を照らし、部屋の隅へ行くにつれ茫洋とした闇に溶け込み、見通すことができない。

 通路を進む中央には、神殿で神に供物をささげる祭壇がごとき大理石調の台座。

 台座は七色の光を発する液体が絶えず流れ出る泉に浮かび、流れ落ちる輝く液体は宝石花の花園に光を宿す。

 台座の上には深紅のベルベット地のクッションが寝所のように敷かれ。


「なんと美しい……」


 あぁその寝所に横たわる少女を模した姿のなんと神々しいことか。

 60cm程の身長。

 腰まで届く銀灰色の髪の清楚な美しさ。

 カールしたロングツーテールがフェミニンなアクセントを加え。

 血の気を感じさせぬ真白きかんばせ

 漆黒のゴシック調のドレスが柔肌を覗くことを許さず。

 その身を戒めるように咲き誇り、捕らえる鋭利な宝石花の連なり。


 魂が抜けたようにふらふらと歩み寄り--閉じられた瞳に自分だけを捕らえてほしくて。

 その身を戒める忌まわしい宝石花を払いのけ--彼女の身をとらえる不遜が許せなくて。

 宝石花の鋭利な花弁で切られ血のにじんだ小指の先を唇に触れ--そっと自分を呼ぶ声を、囁きを、我が物にしたくて。


 胸の裡を、魂の奥底を、不思議と揺さぶられる感覚の赴くまま、神々しい少女の似姿へ手を伸ばす。

 目の前に至った今ならわかる。そう、彼女は人形、自然には発生しえぬ、似姿、化身。


 唇に触れたナオの指から滴る血が、紅化粧のように人形の唇に色をさす。

 とたん、まるで世界が反転したかのような脳を揺さぶる感覚が襲いかかり、何かが身の裡からとめどなく流れ出ていく。

 喪失感に苛まれるナオと反比例するがごとく、人形の少女の肌に血色が蘇り、生命の躍動が宿る様を幻視する。


 震えるように揺れる長い、長いまつげ。

 あぁ、その瞳が開く。

 微かに勝気な眼差しが、怜悧な光を宿す藍緑色の瞳が、この身を映す!


 今にもかき抱かんと傍に侍り、覆いかぶさるナオの頬にそっと添えられる冷たく小さな手のひら。

 震えるように開かれる唇から発されるは、透き通る鈴の音のような美しく涼やかな声。


「貴方が、私のオーナー?」

「あぁ。ああ! そうだよ、紗雪」

 その言葉、その名前は、自然とナオの口から零れ落ちた。

 この時この瞬間。

 彼の心、魂の奥底、まるですでに撃ち込まれていた楔が存在を主張するように、人形の少女”紗雪”が占めるようになるのであった。

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