第11話 "得たもの"

 暗い闇の底の夢を見る


 大切なヒトが、目の前で粉々に砕け散る。

 守るつもりが、自分が守られて、

 彼女は自分の身代わりになってしまった。

 こんな思い二度としたくない、そう思ったのに、誓う度、何度も、何度も、繰り返す。

 繰り返す?

 黒い泥の少年を前にして、その一度だけのはず。

 黄金の甲冑をまとった騎士の燃える剣に貫かれる。

 闇に染まった大樹に命の一滴まで吸い上げられる。

 これはなんだ、なんの記憶だ。

 あぁ、そうか、オレは忘れてしまっていたんだ、忘れさせられてしまっていたんだ。

 紗雪、いつも、どの架空世界でも、君は傍に、貴女は傍に、いてくれた。


 思い出せたのに、またオレは忘れてしまうのだろう。

 それでも、オレは、貴女が……愛おしい。



 暗い夜空を堕ちる夢を見る。


 天使の少女と翔ける戦場。

 鬨の声がオレ達の背中を押す。

 やがて階梯を上り、オレの魂を救い上げてくれた君。

 いつまでもオレを慕ってくれた君。

 オレは君に報いることができたのだろうか、報いることができるのだろうか。

 いつも一歩引いて、慈愛に満ちた微笑で見つめる君。

 クールぶって、冷たい振りをして、でも演技はうまくいかなくて、結局いつも涙を流していた君。

 あまりに泣き虫で、かつてティアの名前を送ってしまった君。



 長い、長い夢を見ていた。どんな夢かは忘れてしまったけれど、無性に紗雪とティアに逢いたい。

 それだけは確実に胸を焦がす本当の想いと確信する。

 身体に問題はないものの、深刻な虚弱状態で意識が戻らず、培養ポッドに漬かり、組合の医療班が処置を続け、ナオが目覚めたのはイベントから1週間後だった。



 なんとなくイベントの時の戦場気分が抜けず、修繕されていた探索者装備をあの時と同じ白地のサーコートに切り替え着用し、いつものと感じるようになった組合の応接室に通されたナオ。

 入った途端、爽やかな甘さが鼻をくすぐるとともに、胸元に顔をうずめるようにプラチナブロンドの少女に抱きしめられた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、お役に立てなくてごめんなさい、お守りいただいてしまってごめんなさい」

 ぎゅ~っと、強く、存在を確かめるように抱きしめられる。

「無事で良かった、本当に」

 一瞬迷うも、ぎゅっとドレスアーマーの背を抱きしめ返す。

「ティアは、ティアはダメな子で、だから主様と紗雪さんが……ふぇ」

 涙声に変じてゆくのに耐えられず、左腕で抱きしめたまま、右手でさらさらとして髪の上から頭を抱き寄せ、耳元に口を寄せる。

「俺も、ティアも無事だった。紗雪も無事と聞いている。何も心配しないで、大丈夫だから。ティアには、すごく助けられたし、これからも頼りにしているんだ。ほら、”また”泣いてる」

 そのまましばらく、すすり泣く声が落ち着くまで、温もりを伝え合った2人。

 ようやくお互いを離しソファーに腰かける。向かいには無言で待ってくれていたミキ。

 プランジネックで大胆に胸元を開け、背中も大きく露出した朱色のドレスに、イベント会場でも見た黒い首輪をしめた、ますます扇情的な姿に視線が惑う。少し趣味が変わったのだろうか? と、相変わらず美しいドレス姿ではあるが、ここまで直接的にセクシャルな姿は今までなかったように感じ、少し引っ掛かりを覚える。

「今、紗雪さんもお越しになりますので、少しお待ちください。おなかもお空きでしょう?こちらも召し上がってください」

 手ずから紅茶を入れ、2人の前に差し出す。ティーセットは以前と同じ、”人形師工房”のロゴ入りのものだ。

 合成肉ではあろうけれども、ずいぶんと品質の高い、ソースのしっかり染みこんだ牛肉風のカツレツサンドが2人の前に、置かれている。

 まだ伏し目がちに肩を落とし、元気のないティアだが、ナオにも進められ一緒に食べ始める。

 無言でその様子を眺めるミキ。

 食事もひと段落し、食器が下げられて後、応接室の扉をノックする音が聞こえる


「お入りください」

 ソファーから腰を上げ、訪問者を誘うミキ。扉を静かに開く彼女に案内され入ってきたのは、マリアベールのような形の黒いベールを頭からかぶり、顔を隠した身長120㎝程度の少女だった。

 二の腕から指先まで覆う手袋、体のラインに沿いながらも肌の露出を一切許さないドレス、パニエで広げた裾は足首上まであり、可愛らしいブーツの先が小さな歩みに合わせてちらりとのぞく。

 全身黒一色のその少女が両手で捧げ持つのは横倒しにした黒の大きなトランクケース。

 鞄上面には”人形師工房”のロゴ、”切れた操り糸が垂れさがる人形”が銀糸で刺繍されている。


 言葉を発することなく、カバンをそっと、丁寧に机の上に置く少女。

 綺麗なカーテシーを披露すると、壁際にしずしずと歩み去り、こちらを向くと無言でたたずむ。

 ベールに阻まれ、表情はよく見えないが、こちらを見つめているように感じる。


「開けてさしあげてください」

 ミキに促され、カバンのバックルを外す。

 微かなきしむ音と共に開くと、黒いベルベット地のクッションに埋もれ、灰銀色の髪の少女が眠っていた。

 以前の黒のゴシックではなく、白地に金の縁取りが美しいドレスを身にまとっている。

 何十倍ものギャザーが寄せられたチュールが幾重にもハギ合わされ、ふんわりと優しく広がるスカート。

 贅沢なスカートがさらに大胆なアシンメトリにカットされ、左裾は裾を引くほどに、右裾は股下まで切れ上がった大胆な表情を見せている。

 むき出しになった右足は編み上げに金のメタリックテイストが光る白のゴシックブーツ、レースのストッキングはガーターでつるされている。ちらりとのぞく左足は同じく白のゴシックスタイルだが、くるぶし下までのシューズスタイル。

 ハートカットビスチェの胸元は透かしの地模様で彩られ、縁は金の金属装飾で鎧うように飾られている。

 白のロング手袋は肘上までを覆い、すべすべとした質感が思わず指を這わせたくなる。

 白地に金糸の総刺繍が施されたショールが優しく肩口を覆い、首元には砕けて散ってしまった以前と同じ銀のチョーカー。

 あまりの美しさに言葉を失い、呆けたように魅入っていると、ゆっくりと、彼女の、紗雪の瞼が開いていく。

 寝起きの猫のように、背をそらせ、

「んん……」

 と悩まし気な吐息と共に伸びをする。

 ぱちぱちと、長いまつげの眼をしばたかせ、ようやく藍緑色の瞳がこちらを向く。

「オーナー♪ ただいまって、言うべきかしら? それとも、お帰り?」

 吸い込まれるような笑顔に微笑を返し、言葉にならずえずいてしまう。

「ちょ、ちょっと」

「逢いたかった!!」

 トランクケースから白い天使のような彼女を抱き上げる。

 両手を脇に差し入れ、くるりとその場で回ると、彼女のスカートがふわりとたなびく。

「もう、離さない」

 小さなその体を傷つけぬようそっと加減しながらも、情熱の限りに抱きしめる。

「しょうがないんだから~大丈夫、大丈夫だから、どこにもいかないから。ね? むしろ私の方こそ心配していたのよ? 私が無事修復してもらってからも目覚めないし。待ちすぎて、おかげで新しいドレスまで用意されちゃったわよ」

「なら、目覚めが遅かったのに感謝しないといけないかな。こんなに素敵な姿なのだから」

 よし、よしと、小さな手を精一杯伸ばし、頭を撫でられる。

 そんな彼女の豊かな灰銀の髪舞う首元に顔をうずめ。

「て、ちょっと? 何してるの? え、なに、匂いかいで、やぁの、くすぐった。ちょっとぉ」

「なんだか、いい香りがする」

「だ、だからって、かがないで、かがないでってばぁ。香水、香水を試そうってつけられたの~!」

「すごく素敵だよ?」

「そ、そう。気に入ったなら、いいのよ。まあ、探索の時はダメだけどね。匂いでばれちゃうかもで危ないもの」

「それに、なんだか体が柔らかい?」

 もにゅ、もにゅ、と思わずどことは無しに指を沈めてしまうナオ。感触が以前の硬質な肌触りと違うような。

「ぅ……ぅぅん、ここでは、ダメ///」

 瞬間湯沸かし器のように赤くなり、頭から湯気を上げる紗雪。

「?」

「とにかく、ダメぇ! お部屋で、夜に」

「う、うん?」


 そのまま左腕の定位置に抱きかかえ、

「失礼しました。人形師工房の方、ですよね。」

 こくり、とずっとこちらを見つめて立っていた黒いドレスの少女に向き直る。

「彼女を、紗雪を治していただき、ありがとうございました」

 首を振り、何でもないと返す少女。

 紗雪を今一度眺め、こくりと頷くと再度カーテシーを送り、部屋を出て行ってしまう。


「ミキさんも、ごめんなさい、お待たせしてしまって」

 紗雪を膝の定位置に座らせ、ティアの隣に腰かける。

「いえいえ。まずはとにかく皆様の現在のご無事に心から安堵しております」

 胸元に右手を当て、軽く目を伏せるミキ。

「本来であればしかるべき者からお伝えすべきと思うのですが、担当として、ミキからお伝えする形で申し訳ありません。今回のイベント、ギブアップ用のペンダントをお引き戴いたにもかかわらず、敵性存在の停止がなされず、一歩間違えば命を失う状況を招きました。組合としても大変重く受け止めており、深く謝罪申し上げます。」

「そんな。そもそも、あの時点で遅かったというのもありますし、そうしたことも踏まえての探索者ですから。それにミキさんは何一つ悪くないですし。」

「そう仰っていただけると…。」

 一拍置き、

「細かいお話に入る前に、紅茶お淹れしますね。とても香りのよいダージリンの茶葉が手に入ったの」


「すでに装着されていますのでご認識の通りと思いますが、破損した端末は以前と同じ、チョーカー型でご用意しました。データは端末側保管ではないので、問題ありません。以前のものが砕けるように破損した原因ですが、これは”人形師工房”側から連絡がありました。以前回廊の安定化というお話をしたと思いますが、紗雪さんとナオさんの間で魂の移動が発生した場合に、この移動すなはち魂の譲渡が安全に行われるよう補助機能が備わっていると。しかしながら今回は感情が極めて高ぶった状態で魂の急激な移動が発生。その負荷に耐えかねたための破損との事です。新しものはこの点も多少改良が施されているそうです」

 紗雪の首に光るひんやりとした銀のチョーカーの感触を首筋ごとこしょこしょと触りながら聞く。


「続いて紗雪さんとナオさんの治療費ですが、ナオさんは組合がすべて負担いたします。紗雪さんの治療については、”人形師工房”のご厚意により無償とのことです。併せて、今お召しのドレス、移動の間お休みでいらしたトランクケースもプレゼントとのことです。ケースの中の他の物品などについては紗雪さんがご存じと伺っておりますので、後ほどなナオさんへお話しください」

 そっと開いたままだったトランクケースを閉め、指し示すミキさん。


「ティアさんのお怪我については、ナオさんの機転によりカードへの退避が間に合ったため、この1週間の間で完治されているかと思います」

「はい、装備含め、元通りです」

 こくりと、同意するティア。


「加えて今回の経験を経て、ナオさんの位階が上昇。位階1に到達されました。2か月にも満たない期間での位階上昇、最速クラスです。心よりお祝い申し上げます。またイベントにおける成果と合わせ、ランクFへ昇格です。流石、ミキが見込んだお方です~♪」

 今日の内で初めて、自然な本当の笑顔をまたみられた気がする。

「おめでとう♪」

「おめでとうございます!」

 紗雪とティアからも華やぐような笑顔とともに祝福される。


「探索者は成長の過程で、スキルや特性に芽生える場合があります。スキルカードによる後付ではないスキルは特殊なものも多く、どんなに多くとも3から5個程度が上限とされています。今回得られた主要な成果について、皆様の分と合わせこちらにおまとめいたしました。なお、ステータスについても、位階の上昇と共に、上昇されています。詳細は後程ご確認ください。」


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 ■名称:ナオ

 探索者ランク昇格 G→F

 位階上昇 0→1

 魂の状況: 残量50/ 総容量240 “成長差分+110”

 新規スキル発現 『悠久人形劇とわにともに

 常時発動:取り込んだ魂を無垢なるものへ漂白、己の色に染め融和する。融和可能な魂の上限は仮初の命に分け与えた魂の総量相当分まで

 ※魂は漂白され、能力、記憶、スキル、特性等を取り込むことは不可能。魂の容量のみが拡張される。


 ■氏名:紗雪

 位階上昇 0→1

 装備名称:人形師工房 試作ドレス 02 - 疑似魂核搭載

<特性> 成長装備: 疑似魂核(魂値150)  “成長差分+80”

 新規スキル発現 『贄人形ミガワリ の ひとがた

 発動条件:30日に1回。契約者の精神、肉体、魂魄の危機に際し、人形種の意志と詠唱により発動。契約者を犯す災禍を己に移し替える。


 ■氏名:ティアナレア

 位階上昇 0→1

 必要魂値:0 (40) “成長差分+10“


 ■名称:愚者の剣

 新規スキル発現 『魂喰らい』

 常時発動:討滅したものの魂の一部を搾取し、装備者へ譲渡する。

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 これだけでも情報過多すぎて詳細は確かに今見る気にはなれなかった。ざっと目を通して把握だけしておき、ゆっくりと後で見ることにする。


「思い出されるのもお嫌かと思いますが……イベントの結果について。ギブアップ後の誤作動もあり、結果論ですが、正式に第3エリアを攻略。時間内の完全クリアを成されたものとみなされました。第3エリアクリアは、ナオさん達のみとなり、優勝です。おめでとうございます。」

 控えめなお辞儀で祝いの言葉を受け止める。


「まずは規定通りの優勝賞品についてですが、賞金が100,000Neuro。 (10,000,000Yen)

 副賞がキャラクターカードなのですが、これが第3エリアの泥状のゴーレムと同一種との事。ゴーレム教団という、そうですね、語弊を恐れず例えるなら人形師工房のゴーレム版というべき、その筋では権威ある集団の作品です。ただ、率直に申しまして、かなりこう、趣味に走った集団として白眼視されているきらいもあります。イベントも主催は今回この教団でありました。今回の事故の経緯を踏まえますと、組合としてもこれをお使いになるのは心理的抵抗が大きいのではないかと危惧しております。そこで、組合からの謝罪の意味も込めて、いくつかの選択肢をご用意させていただきました」

 そうしてあげられた候補は、安全措置の誤作動?という問題に対する口止め料的な意味合いも込められているのだろうなかなか破格のものであった


 まず共通して、居住スペースの1ランクアップの永続的な権利、これはいづれの選択肢を選んでも共通して付与される特権との事。

 ただし、上限は3区C級探索者相当への居住まで有効。2区B級以上については、この特権の対象外で、同ランクまで上がらなければいけない。つまり、F級にあがったので、本来のF級基準である6区ではなくE級基準の5区に住めるということだ。6区の平均が2ベッドの部屋1室のコンテナルーム。5区になるとこれがマンションタイプになり、リビングルームと2ベッドの部屋1室が標準的と聞く。かなり生活レベルがジャンプアップできる。

 そして挙げられた選択肢が、


 ・副賞を通常の倍額400,000Neuroで買い取り。迷惑料200,000Neuroと合わせ、600,000Neuroを受け取る

 ※参考--C級ボスクラスキャラクターカード 初期状態平均買取価格:200,000Neuro

 ・副賞受け取りの上で、迷惑料300,000Neuroを受け取る

 ・コロニー管理下の指定キャラクターカード1枚の条件付き特例譲渡、ならびに迷惑料100,000Neuroを受け取る


「2つ目は無いですね。3つ目の条件とは?」

「3つ目の選択肢の条件1つ目は、半年以内にキャラクターカードからの架空体具現化が叶わない場合、返却する事。代わりに500,000Neuroをカードと引き換えにお支払いします」

 と、そこで言葉を切り

「そして2つ目なのですが~。うふふ、それはですね~。」

 急にこれまでの真剣な表情から一転、いつもの調子を取り戻しつつ、自分の体を抱きしめもじもじしだす。

「わ・た・し♪ が、もらえちゃいます♡」

「「は?」」

 紗雪とティアがそろって首を傾け、声をそろえる。

 眉根に深いしわを寄せたナオも、

「ごめんなさい、ちょっと何をおっしゃっているのかわかりかねるのですが」

 と、極めて冷静に返す。

「ん~もう、冷たいですよ、いけず~。そこはもっとこう素直に、悦んでくれる方が可愛いのに、ぶ~ぶ~」

「「そういうのは良いので」」

 またも見事に声がそろう紗雪とティア。

「つまりですね、私がナオさんの完全に専属担当職員になります。そのうえで、探索にもついて行ってあげるのです。パーティーメンバー入りですね! こう見えて元中級探索者なのですよ~♪ 頼りになっちゃいますよ~?」

 えへん、と両手を腰に当て、胸を張って見せる。

 軽く頭痛を覚え始めながらも考えながら返す。

「ミキさんには大変お世話になっていますし、これからパーティーとしての人数増強も必要とは思っています。ただ、まだまだ未熟な私たちとでは危険も大きいでしょうし、そもそも組合職員として安全に過ごしているミキさんが、危険に繰り出す必要もないではありませんか。」

「えへへ~/// 私を心配してくれるのですね~。私、愛されてます? 愛されてます?」

 紗雪とティアも頭痛を覚えたようについに頭を抱えだす。

「それにですね、寝る場所だって今回広いところに引っ越させてもらえるとは思いますが、2ベッドの部屋一つでしょう?ティアと俺で……」

「お、オーナー、ちょっと待つのだわ。なんでこの女と同棲する話に飛ぶの!? 普通にダンジョンに入る時に待ち合わせすればいいでしょう!?」

「ナオさんてば~。だ~いた~ん♡」

「あ……」

 きゅっと握った両手を口元にあて、ぶりっこするミキを前に冷や汗を流しながら固まるナオであった。



「えーそれでですね。その、あれです、カード、キャラクターカードはどのようなものなのですか?呼び出せない可能性があるような表現でしたが」

「はい。まず実物をお見せします」

 机の上に置かれたままだったトランクケースを「失礼します」と一声かけそっと横にずらし、足元に置かれていた両手で抱えるほどの頑丈な箱型ケースを机の上に置くミキ。

 認証手続きらしきものをウィンドウを開き何度か繰り返すと、ようやく上蓋が開く。

 箱の中にはさらに箱が入っており、物理ロックがかけられていた。

 どこからともなく取り出した円筒形の鍵が差し込まれ、ようやく中から1枚のカードがとりだされる。


 足元に戻される箱型ケースの代わりにそっと机の上に置かれたそれをのぞき込むと、十二単のような豪奢な着物を身にまといつつ、化粧や髪は現代的な白銀色の髪に紫の瞳が印象的な美女の姿が。加えて特異なのは同じく白銀に艶光る大きな耳。そしてよく見れば、大きくもこもことした尻尾の先らしきものがぴょこぴょこと、十二単の後ろから千手観音の手のように扇状に広がって覗いている。

「これはこのコロニーが形成された当初、ある特別なダンジョンで入手されたカードです。伝承としては極めて有名であり、この姿から予想がつくと思いますが、いわゆる、九尾狐の伝承が原型にあると考えられます。成長限界も無く、値のつかないほどの価値があり、組合の宝物庫に保管されてきました」

 そこでそっとカードを裏返す。

「問題は、ですね」

 通常ステータスなどの情報が記載されるそこは文字列があったであろう箇所の大半が黒く塗りつぶされた、建前上開示された政府の機密文書のような有様を呈していた。

 読み取れるのは” 種:キャラクター” 、” 位階: <上限:無し>” 、“必要魂値:50” という3つの情報のみだった。

「こうした現象は他にも観測はされています。多くの場合、カードに認められ、召喚が叶った際に、表示が正常化されています。このカードもこれまで、幾人もの探索者の手にゆだねられ、試みられましたが、一度も召喚に成功した例が無いとされています。これは私の勝手な想像になりますが、珍しい”魂の譲渡”を発現しているナオさんに試して欲しいという思惑があるのではないかと思います。資金繰りという意味では期間が空いてしまう点に難が生まれますが、試してダメだった場合、迷惑料は現金で支払われることからも、ナオさんの損失はさほどないかとは思われます。私もついてきますよ! 私も!」

「あはは。ま、まあ、そうですね」

 紗雪とティアを見、視線で確かめる。2人に否が無いことを確認し、

「はい。では、3つ目の案をお受けしたいと思います。カードの方はまあ、正直よくわかりませんが、ミキさん、これからますますお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。」

「はい♪ そうと決まれば、お引越しと、今日はお祝いの打ち上げですね!」

 必要魂容量キャパシティー 50だと、ぎりぎり試すことはできるが、愚者の剣が持てなくなってしまうため、召喚可否を試すのはナオの魂容量キャパシティーが10以上回復してからとなった。


 箱型ケースの中に入っていたらしい、えらく頑丈なポーチ型カードケースに、九尾狐?のカードを入れ、手渡される。

 手持ちのカードもちょうどよいと移し替え、サーコートの内側に装着した。

 新しい部屋の開錠コードを端末に受け取り、夕方過ぎに部屋に訪ねてくるとのミキの言葉を受け、組合を辞した。

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