第12話 "堅実に?"
新しい住居はコロニードーム中央の組合から、真東に移動用モービルでわずか10分、南に少し歩けばE級ダンジョン入口の転移扉を多数構える協会があるという、5区の中でも探索者住居としてはひときわ利便性の高い立地にあった。
しっかりとしたエントランスホールが設けられ、セキュリティーゲートを通って中に入る形式。
部屋は4階にあった。
「おお、前とは大違いだね」
「そうね。そういえば培養ポッドが無いみたいだけれど、大丈夫なの?」
「あれは、位階0の段階だと、体が安定しない場合があって、探索者ランクがG級の内は毎晩入るよう義務付けられているから、部屋もベッドの代わりに設置されているらしいよ」
「主殿、お風呂に湯舟があります~♪」
部屋の中を見て回っていると、ティアがとても嬉しそうに報告しに戻ってきた。
「どうも5区でもすごく上等な部屋で、4区並みの施設になってるみたいだね」
標準では小さ目なソファセットと収納棚1つのリビング。シングルベッド2個が間に椅子2客分程度の隙間で置いてあるベッドルーム。その上で集配ボックスルームとシャワーオンリーの洗面兼トイレという部屋構成。
比べてこの部屋、6畳ほどのリビング、ダブルベッド1個、シングルベッド1個で広めのベッドルーム。シャワールームが別で湯舟付きと、かなりランクアップな構成になっていたのだ。
「このへん含めて、お詫び、っていう事なのかしらね」
「まあ、ギブアップができないって、普通に命の危険の桁が変わるから。他イベントへの参加者心理への影響を考えて十分口止めしておきたいっていう事じゃないかな? 部屋の外では話題にするの、禁止だね」
ふとこの様子も異星体がみている可能性を考えると、いいのか?と思わないでもないが。
そもそも、イベントの様子がリアルタイムで見られているはずだから意味がないのか?と、納得する事にする。
「さて。ほとんど物はないけれど、前の部屋から、紗雪のソファーベッドとパネルハウスセット。あと一応シャツ類とか持ってこないとだから行ってくる。紗雪とティアは部屋で、必要なものの通販を見ながら待っていてくれるかな?」
「いやよ。私は貴方と離れないの」
「わたしも……いえ、ここでお待ちしております」
紗雪がいないと、端末のないティアは暇を持て余さないか不安を感じたが、すぐ戻れると考えなおし出かける事にする。
「オーナー、気が付いていると思うけれど、ティア。少し不安定になっているからケアしてあげてね?」
移動用モービルの中、膝の上から注意される。
「貴方が死んでいたかもしれない場面で、自分だけカードに戻って無事だったのが何よりこたえているのよ」
「うん。とはいえどうしたものか。」
「自分がパーティーの盾、っていう意識が強いみたいだから、そのあたり強化してあげられるといいのでしょうけれど」
「装備回り、かな?とりあえずは」
「あの子の場合、口でどれだけ必要だ、力になっているって言っても効果は薄いでしょうしね。もちろんそれも必要だけれど」
「将来的には、飛行での機動力に期待した動きになっていくような気もするのだけれどね」
組合の通販カタログを開き、何かきっかけになりそうなものが無いか、見ていく。
「流通品だと、ランク相応かちょっと上くらいまでしか手に入りそうにないわね。後は組合に行かないとみられないカード類だけれど、金額的にかなり上がってしまうからこれも苦しそうね」
「そうなんだよね。20万Neuroくらいでオークション参加なんて意味も薄いだろうし。ダンジョンでいいものが無いか狙うくらいかな……」
「あとでミキが来るって言っていたのだし、いいところが無いか相談してみるのも手かもしれないわね」
2人が戻ってくると、リビングの備え付けソファーにはミキが腰かけ、隣で横座りしているティアを背中から抱きしめていた。
「あれ?」
「あら?」
予想外の光景に一瞬戸惑うナオと紗雪。
「し~」
唇の前に人差し指を立て、静かにとミキ。
見ればティアは静かに寝息を立て、閉じた瞼にプラチナブロンドのほっそりと長いまつげを震わせていた。
L字に配置されたもう1脚のソファにそっと腰掛ける。と、小声で話し始めるミキ。
「イベントの後、お二人が救護室へ送られてそのまま治療となったのですが、ティアさん、カードに戻ったままだったでしょう?」
無事だったことに気がとられ、つい失念していたが、思い返せば意識が戻った後、カードからダンジョン内で呼び出していないにもかかわらず、ティアはすでに応接室で待っていた。
「実はね。魂の譲渡によるダンジョン外での具現化については以前話したと思うのだけれど、それ以外にも、カードからティアちゃん達みたいな架空体を具現化する方法があるの。大前提としてつながった召喚者がすでに存在していて、架空体本人が呼びかけに同意することが必要なのだけれどね」
囁きくらいの音量に抑えているとはいえ、意識が覚醒に向かっているのか、むずがるティアをあやすミキ。
「魂石からエネルギーを抽出する特別製の器具があるの。一番小さなものでは、架空体本人が装着できるアクセサリータイプから、大きなものになると建物の中全体に効力をいきわたらせるものもあるわ。特に魂の繋がりを持つ架空体は、召喚者の精神的な状態を感じることができるから、これを使って、ナオさんの治療をサポートしてもらおうと、組合でカードから具現化してもらったの」
再び意識が深く潜り眠りに戻ったか、ティアがくぅくぅと、微かな寝息をたてる。
「でね~、ティアちゃんったら、呼び出した瞬間それはもうすさまじい慌てぶりで、主殿!主殿!?って、あわや医療室の機材をハルバードで真っ二つっていうところぎりぎりで止まってくれてね。かと思ったら、もう見ているのもつらいほどの狼狽ぶりで、ナオさんの眠る医療ポッドに駆け寄ると縋り付いて、泣きわめいて、半日は経ったかな~そのまま泣き通しで、しまいにつぶれて意識失っちゃったの。カードに戻せっていう人もいたけれど、様子を見ようっていうことになってね。」
あまり女性の寝顔を見るのもとも思ったものの、紗雪にはそっとソファーに座ってもらい、歩み寄り、ティアの前髪をあやす。
「一晩経ってやっと落ち着き始めたところで事情を聴いてみると、どうも彼女、カードの状態でも、外の状態が見えているらしいの。見えているというか、カードから外を見ているという感じじゃなくて、ナオさんの五感や記憶とつながっているみたいね。それで、ナオさんがちょっと口にできない状態になったり、紗雪さんがあぁなっちゃったのとか、全部見てしまったみたいなの」
顔の横に垂れる長く美しいプラチナブロンドの絹糸を手に掬い、指の腹で優しくなで、つまむ。
そっと頬に指を寄せ
「そうしているとちょっと変態さんみたいね」
「いきなり冷静にならないでください」
ぐさりと言葉の刃に胸を突き刺された。
「まあ、それでね、3日くらい経ったかな、紗雪さんは無事治療完了って連絡が来て。少し安定したかな? でもナオさんも問題はないって毎日聞いているのに一向に目を覚まさない事に、不安が肥大化してしまったみたいでね。それから実はさっきまで、この子一睡もしていなかったのよ」
「それは……本当に申し訳ないことをしてしまいましたね」
「まあ、そんなわけだからね。はい、ベッドに連れて行ってあげなさい。お姫様抱っこでね?」
否があろうはずもなく、そっと、起こさないように注意し、身体能力が成長により強化されたことに内心感謝しつつ、彼女の軽い体をベッドに横たえに行った。
「それでね、ミキさん。オーナーと話していたのが、ティアを元気づけられるような、力になるもの、装備とか何か手に入るようなヒントは無いかしら」
戻ると先ほどの話を紗雪がミキに伝えていた。
「そうですね~。ん~。あ、その前にナオさん、紗雪さん、これからは私もパーティーとしてご一緒するので、”さん”付けは無しで、”ミキ”でお願いします」
「本気なの?」
「何がです?」
「一緒のパーティーでっていうお話よ」
「もちろんですよ~」
ジーッと見つめあう紗雪とミキ
「まあ、しばらくはお互い様子を見ながらという事で行こう」
ぽんぽん、と、紗雪の頭を撫で、ひょいと膝の上に乗せる。
「それで、ミキさん」
「つ~ん」
わざとらしく口に出し、そっぽを向く桜色のロングウェーブヘア。
「ミキ」
「はいです~」
くりんと、元気にこちらを向き、しぱしぱと、くりっと大きな薄桃色の目でしっかりと見つめてくる。
「さっきの紗雪の話、どうでしょう?何かいいアイデアないでしょうか」
「正直なところ難しいのが本音ではあります。主要な天使や西洋の神話関連のダンジョンはB級以上になってきます。伝説にうたわれるような銘のある武具が原型(アーキタイプ)となったような装備も従って、大変高価です。召喚室での出来事を鑑みても、ティアちゃんの場合、しっかりと成長していくことが何よりの近道と思われます。成長上限無しで位階0からとなると、かなりの大器晩成型な架空体の可能性が高いです」
「なるほど」
「ナオさんの愚者の剣がそもそも、かなり規格外。と言っても、特殊な前提の下での性能ですが。本来F級としてみてもティアちゃんは十分以上の強さです。」
「頼りつつ、しばらくは様子見するしかなさそうね……。」
紗雪も悩まし気に同意するのであった。
これからの予定やパーティーにかかわることはティアが起きてきてからにしようとなり、雑談に移行し、夕飯時まで過ごすのであった。
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