幕間3

 赤いベルベット生地の張られた豪奢な金箔きらめくキングチェアが6つ、円周上、腕を伸ばしても互いに触れぬ間隔で配置されている。

「見事第3エリアを攻略した唯一の選手、漆黒の魔剣を担うナオさんが優勝を飾りました!」

 ようやく、すべての試技が終わり、優勝/準優勝欠席の中、授与式が執り行われるイベントの様子が中央、空中に投影されている。


「魂創成実験の新たな適合者を契約者ごと失いかけ、異星体各位への根回しに奔走させられたわけじゃが、さて。成果のほど、報告願おうか?」

 “白髭の翁”の向かいに座す、”枯れ木のような陰気な男”がぎょろりと目を見開く。

「自我の発現はすでに完了し、此度、魂の転写、収斂にまで成功した。保持と融和さえ実現すれば、ゴーレムを生命の段階へ押し上げることが可能とみておる」

「なあ、おまえらゴーレム教団のごり押しに付き合うのもこれで何百年目だ」

 “蛇の絡みつく杖を持つ男”が深く響く声を発する。

「おまえら、肉団子こねくり回すわ、魂の器をいじくりまわすわ。目的を一にする限り互いに見守ると定めはしたがよ? 迷い子になっちゃあいないかい。大体、保持できているいない以前に、あれだけの魂をぶち込んで、ほとんど揮発しちまって、有効活用できてやしない。燃費悪すぎて笑えるわ。」

「無礼な!」

「愛を知らず、愛を求めた者は切り捨て。そろそろ代替わりが必要ではないかねぇ」

 匂い立つような艶を含んだ声で美しい少女、”人形作家”がからかうように謡いうたいかける。


「えー皆様。えー大切な議題と理解いたしてはおりますが、どうか、本日この場は、えー、実務、そう、実務としての対応が急を要するわけでございまして。何卒、異星体皆様へのご報告も急を要すわけでございますので、えー」

 揉み手をしつつぺこぺこと頭を下げ発言する、黒ぶち眼鏡にスーツの禿頭男性、律儀に胸元に”異星体渉外担当 ムネオカ”

「えー映像記録、はい、映像記録を順にお映しいたしますので、はい」


「武装、架空体/対外名称キャラクターカード、等の免責対象物品は除外いたしまして、えー

 生命を損失した探索者4名、異星体参加者様への直接的危害2件、うち1件は」

 かつて原生闘技職であった壮年の男性と、夢魔種アバターの異星体が気を失ったシーンが再生される。

「特にこちら!こちらは!! 当コロニーとしましても重要なクライアント様でございます。えー”人形作家”様の縁者殿につきましては最後としまして、さらに、さらには! ご禁制であるところの魂石の完全結晶の使用!! あぁもう、胃が、胃薬をぉ」

 洞窟内部を埋め尽くすように生えていた水晶が大写しに映し出される。


 舌打ちとともに”枯れ木のような陰気な男”が応じる。

「魂石の完全結晶については、空想探索者組合、組合長兼ダンジョン管理局支部長殿から正式に許可をいただき、対価もお支払いしている。また、結晶は瑕疵無くこの後、返却する契約だ」

 でっぷりと肥え太り、椅子からはみ出している金銀財宝に埋め尽くされた男が、その言葉にいやらしく笑い、頷く。


「被害者各位への補償についても、コロニー管理長殿、合意済みですな?」

「探索者のパトロン各位は同意済、夢魔種アバターの御仁についてはまだ意識が戻らぬため後日の交渉となるが、問題なかろう。権利譲渡書面他、請求は追って送る」


「はい。えー、では詳細は別途書面の送付願います。えー、では続きまして”人形作家”様の縁者殿。えー人形種 紗雪殿ならびに、ナオ殿でございます。えー異星体様方への報告書作成が必要となりますため、まずは状況についてご説明願います」


 モニターに”魂喰らいの発動”と表示され、画像は ”紗雪とナオ、2人の胸元をオレンジの光の線が結んだ” 情景が大写しになる。

「えー、異星体側による強制的な魂の搾取現象は罰則対象となっております。当現象の該当非該当について、”人形作家”様、ご説明願います」

「あれは”愛”で結ばれた二人が”奉仕の精神”をもって、互いを支えあった姿だろう? 現にその直後、彼女は得た彼の魂の力を借りて、固有スキル” 贄人形ミガワリの ひとがた”を発現。究極の自己犠牲を発揮し、人類側、あの青年を救っている。緊急措置であって、搾取現象ではない。そもそも、人形種については異星体としての基準を満たさないため禁足事項の除外対象になっているな」

「えーはい。えー、ご説明ありがとうございます。はい、確認を取らせていただきありがとうございます。えー認識相違ございません」


 モニターの画像が切り替わる”魂喰らいの剣“と表示され、画像は黒いゴーレム少年を真っ二つに引き裂いた愚者の剣を映し出す。拡大された表示を見ると、切断された文様から、オレンジ色の光の粒子が、剣に吸い込まれているように見える。

「えー、続いてこの剣、名称”愚者の剣”、こちらはG級ダンジョンの攻略ギミック装備であったことが判明しておりますが、えー、画像の段階でスキル”魂喰らい”が発現しております。えーこれは。その吸収効率こそ低いものの、ダンジョンなどモンスターを討滅した際、並びに、魂石の完全結晶から、魂を搾取するスキルであることが知られております。本武装の再現性、再入手可能性の調査結果について、”探索者組合長”、ご報告願います」

 口をへの字に曲げ、肥え太った男性が渋々と答える。

「上級探索者に再現を命じたが、再現ならず。条件として魂創成実験の適合者であること、もある可能性があるが、再現実験は困難。また、リビングウェポンとの特性から、唯一無二ユニーク、ただ1度だけの入手可能武装と判断する。よって、コロニーの魂流通量に影響を及ぼす脅威とはなりえないと考える」


「えーはい、迅速な調査、ご対応に感謝いたします。はい。えー。通常、この”魂喰らい“を得た場合であっても、取り込まれた異質な魂との調和を成す事はできず。えー、使用者が死に至る、発狂する、等に至ります」


 モニターが再度切り替わる”指定継続観察対象”の赤文字と共に、金線鮮やかな漆黒の剣を振り下ろし、意識を失って立ち尽くした青年が映し出される。


「しかしながらこの度、専用装備”愚者の剣”の保持者である青年、えー、個体名称”ナオ”において、位階上昇に伴う新規スキルが発現。取り込まれました異質な魂を無垢なものとして自身の魂の補填に使用可能と、えーこのような特異な性質を獲得しております。異性体皆様方の強い関心、えー、継続観察対象となることは従いまして自明にございます」

 言葉を切り、出席者各位の顔をおどおどと見回す。


「えー従来は、えー、探索者組合からの観察者の派遣にとどまっておりましたが、今後より一層慎重な対応、適切な異星体皆様へのご報告を期す必要がございます。まして、探索者活動の継続不可などとなりますと、えー、私首が飛びかねない、首が! 飛びかねない! のであります。このようなわけでございまして、えー。そこで、そこで。これまで1か月半程の彼の活動記録もかんがみ、異星体渉外担当としての提案でございます」

 画面に箇条書きされた項目が映し出される。


 1. 敵性体停止シグナル(ギブアップ/リザイン)の動作不備を名目に組合名義による和解金の供出

 補足画像:ペンダントを引きちぎるナオの姿と、その後も動き続ける黒いゴーレム少年

 2. 人形種 パートナー の現状復旧

 3. 観察者ミキの完全専属化、同個体特性に係る情報開示の上、パーテイーへの加入


「あぁ!? ミキの下げ渡しだぁ? ふざけるな、認めん。観察対象に枝をつけておけばいいだろう」

「えー、大変デリケートな今後の観察が必要となりますため、えー、異星体皆様方からも過度の直接的な肉体、精神の操作は許可いただけないことが想定されます」

「あれの蜜の問題がある。却下だ。コロニーとして充当するなら考えてやらんでもないがな?」

 顎をしゃくるようにして白髭の翁にいやらしく目線を向ける肥えた男

「流石にそれは無理じゃな。が、そうさな」

 しばし瞑目し、

「実はの、組合が管理しておる狐の架空体/キャラクターカード、あったじゃろ?」

「あれがどうした」

「呼び出せるものが見つからず、はて、どれほど経ったか」

「探索者は次々生まれる、いずれ適合するものも出てくるわ」

「それがの、さる高貴な異星体おかたが大変強い関心をお持ちでな?」

 鼻の頭にしわを寄せ、胡散臭げに白髭の翁を見つめ続きを促す。

「あれを件の青年に預けたいと仰せなのじゃ」

「話にならん」

「まあ、待て待て。何もただ譲れというとるわけではない。そのお方からはこれだけの対価とな?」

 秘匿メッセージのウィンドウが肥えた男の前に現れる。一目見、払いのけようと手が動きかけ、今一度ぎょっとしたように見直す。

「天上浮揚特区の? これは本気か?」

「おうともおうとも。それでな? あの架空体はコロニーとしても特例管理対象、ダンジョンで喪失なぞされてはかなわんのは、わかろう?」

「う、うむ」

「ミキのお嬢ちゃんが観察者として同行できるなら、あわせてカードのお守り役もしてもらうのがちょうどよいと思うのじゃ。なに、所詮下級探索者、毎日とはいえずとも、何週間も潜ったまま出てこないようなことはあるまい? ならほれ、ミキ嬢の蜜も問題なかろ?」

「ミキに関する情報の開示は認めん。人類種として。そうだな、元探索者として復帰、同行するという体裁を取らせる。完全専属は認めるが、それをもって組合職員との席を残す形でだ」

「ほほ、よかろよかろ、では成立じゃな」

 満足げに頷く白髭の翁。


「すばらしい、はい、すばらしいです、ありがとうございます!」

「和解金の方はそうだな。特典でもなにか付けて、やる気にはさせてやろう。いや、ミキの随行と狐の架空体の件、これを和解金の代わりに充てればよいではないか。どうせこの小僧に預けるのだろう?」

「それはお主、ちとこずるすぎんか。そもそも誰も呼び出すことがこれまでできておらんのだ。厄介物を押し付けられたとへそを曲げられてはかなわんぞ。和解金はほれ、ゴーレム教団から充当されるのだろう?」

 口をへの字に曲げ、鼻で笑いながらも、

「ふん、わかったわかった。あぁ、それと、ミキには枷を付けるぞ。異星体方の監視対象ではないのだ、同行させるならちょうどよかろ」

 ニタニタと嗤いを浮かべながら同意するのであった。



「2つ目の点だが、紗雪は当然治療するよ。色気づいちゃってまぁ、顔と髪だけは無傷ときたもんだ。嬉しいもんだね。ちょいと柔らかい素材のボディに変えてやろうか。想像以上に速く成長した青年へのご褒美もかねてね」

 カラカラと上機嫌に笑いつつ快諾する”人形作家”



「えー皆様ご快諾いただき、誠にありがとうございます。では処遇については以上をもって暫定ではありますが、決定といたします。異星体皆様への報告後、結果については改めて、書面にてお送りいたします、はい」

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