第10話 "贄人形"

 控室正面壁が黒く渦巻き、転移扉が開くとともに『お時間です、どうぞお入りください』と、アナウンスが流れる。

「いよいよ出番ですね」

 すでに翼を広げ、清冽な覇気をみなぎらせているティア。

 可憐なドレスアーマーと対照的に、長剣を左腰に下げ、左腕に蒼銀のタワーシールド、右腕にハルバードという重武装だ。せっかく切り替えが可能であったのに、取り出していない武器の持ち替えが禁止されているためのやむを得ない措置だ。


「私も何か近接武器持つべきだったかしら」

 紗雪はとにかく上空で聖歌によるサポートに徹してもらう予定でいる。

 脆い彼女の体を危険にさらしたくないことはもちろん、ポーションが禁止されているこのイベント。

 わずかとはいえ疲労回復と治癒効果も兼ねる聖歌、多少の手番はかかるが切り替えての初級回復魔法が使用可能というのは良い保険になるとの考えもある。

「いや、これがベストさ。さ、行こう」

 G級にはありえない愚者の剣の攻撃性能の高さから、妨害やガードをティアに任せ、メインのアタッカーをナオが務める想定だ。


「続いて登場するは魔剣を手にするこの青年! 攻略されつくしていたと思われたダンジョンにスポットライトを当て、一時は空前の再攻略ブームを巻き起こした彼。天使の少女を従え、妖精種のパートナーを抱きしめての登場だぁ。かわいいぞ~うらやましいぞ~替わってほしいぞ~!?」

 思わず脱力しかけるいろいろ残念な紹介にまじめな表情を保つのに苦心する。

 闘技場と思しき建物のゲートへ向かう通路脇に、ミキがにこやかな笑顔で手を振ってくれている。

 珍しく髪に乱れがみられるその姿は、少し扇情的な、胸元がV字に深く切れ込みが入り両肩の露出した黒いドレス。

 首には黒のレザーにハートの飾りがつけられた首輪が絞められている。

「オ~ナ~? に・や・け・て・る!」

 頼りない黒のヒールを履き、裂けたような深いスリットから除く白い脚に思わず視線が向きかけたのを察知される。

「いや、ソンナコトナイ、よ? 少し、らしくない格好な気がして」

「主殿の応援のためでは!? けしからぬのです」

「ハハハ……」


 格子状の閉じたゲートにたどり着くと、闘技場内部には重武装のゴーレム兵が立ち並ぶ様子が見て取れる。

「あれくらいなら引き裂けそうだな。」

『当り前よ。あのような作り物共、全力でカチ割ってやればよい』

 愚者の剣も意気揚々と気炎を上げる。

「紗雪は弓の射程に入らないように、特にバリスタが上空に向くようなら地上すれすれ、低空での回避に専念。敵兵の壁を間に置いてね」

「了解よ」

「ティアと俺だけれど、普通に考えれば無茶なお題だが、この剣もあるし、この準備期間で二人ともかなり身体能力も上がってる。ペアで動いて、左側面側に回り込みつつ初めは相手の速さを観よう。槍としての活用を重視しながら隙があれば鎌側で相手を崩して欲しい。バリスタが稼働するようだったら相手の肉の壁を間に挟みつつ横移動重視」

「承知しました」


 そしてゲートがガラガラと音を立てる鎖に引かれ、引き上げられる。

 紗雪が上空に舞い上がり、祝福の歌を伸びやかに謳い上げる。

 左側面方向へ進むナオとティアに曲射で降る矢。とはいえ5人のそれでは矢の雨とはなりえず、冷静に盾で防備し、愚者の剣で切り払う。

 槍衾を前に、突きで冷静に対処するティア。半包囲に向かう敵兵の槍を倍する足さばきで切り払っていくナオ。

 槍衾が折れ砕けた頃合いを見計らい、身体強化魔法も瞬間発動、盾上面の裏にさしはさんだハルバードの鎌状部分で膂力に任せ、引きずり倒す。

 翼の羽ばたきも活かし体を開き、横の回転に力を切り替え陣形のほつれ目に、柄を回し向きを変えての斧部分を叩き込む。

 さらにこじ開けられた隊列の裂け目に、触れるを幸いと縦横無尽に切り裂くナオ。


「バリスタ、注意」

 射撃の初動を見逃さず、上空の紗雪から警告が飛ぶ。

 飛び退り、横に駆け抜け射線を固定させまいとする前衛2人。

 半数を打ち取られ限界を悟ったか、味方陣地ごと、爆撃のような威力で粉砕するバリスタの矢弾が着弾。

 舞い上がる土砂と混乱に乗じ、残る前衛を刈り取るとそのまま弓兵をなぎ倒し、第1エリアは終幕となった。

「お疲れ! 次だ」


 上がる北門を駆け抜け、目の前に見えてくる巨人に瞠目する。

「回避重視で、注意を引いてもらえるか」

「はい! 初撃、参ります」

 先行し、振り降ろされた巨大なこぶしの下を潜り抜け、盾を斜めに傾け前面脇に保持したまま、ハルバードを横から滑り出し先端槍状の穂先で突き上げ、駆け抜ける。

 振り返りざまの勢いで斧部をたたきつけ、引き戻すとともに盾で体を覆いなおし、振り上げられた巨人の左足とかち合わせ、衝撃を借りて奥へ退避。

 右足一本立ちとなった瞬間を狙い、ナオが両手持ちの剣一閃、足首の半ばを断ち切る。

 怒りの咆哮を上げる巨人、振り下ろしたままだったこぶしを開き、ナオを後ろ手に掴まんと追いすがる。

 意識がそれたその隙を見逃さず、身体強化を再度発動したティアが渾身の斧側の一撃を切り裂かれた傷に叩きつける。

 きしむような音と共に一層亀裂を広げ、傾いた自重に後押しされ断裂する右足首。

 崩れ落ち、ナオを狙った手も空を泳ぐ。

 脚内部の空洞から、のぞき込み、胸元から首にかけてオレンジの光を見て取ったティアが、

「胸中央から首の内部へ貫通する一撃を!」


 行きがけの駄賃とばかりに腕へ切り上げ、脇へ振り下ろし、飛びあがり、肩口の鎧部分を足掛かりに、巨人の胸上へ飛びあがる。

 指示通り、胸中央へ落下の勢いを乗せた刺突を差し込み、首元へ駆けあがる。

 内部の魂石ごと切り裂かれ、巨人が靄と消える。

 足場が消え落下する直前、ティアが背から抱き着き、翼をはためかせ浮遊、落下速度を緩める。

 するりと宙を滑った紗雪が合流する。

「治癒は不要ね。そのまま聖歌、再歌唱で行くわ」

 洞窟へ急ぐ3人。


 内部は煌々と眩い壁一面のオレンジの光に照らされ、美しく輝いて見えた。

 中央には、オレンジの輝きに照らされてなお黒い、ゴーレムの少年。

 灰色の文様が不気味にうごめくさまが照らし出され、生理的な嫌悪を呼び起こす。

 黒い泥の顔、口が開き闇色の穴がぽっかりと開く。

「ようやくごと~じょ~か~」

 漆黒の瞳は、宙に浮き、清冽な歌声を発する紗雪に固定されている。


 ハルバードの槍状の先端を腰だめに構え突貫するティア。

 鬱陶し気に素早く避けるゴーレム少年に対し、急制動をかけるとともに、柄を捻り、鎌状の側を横に張り出し、引き倒さんとする。

 ふいに背の後ろからかかる鋭い圧力に押し出されつつも拮抗する黒い体。見た目にそぐわぬ怪力に刹那の均衡が少年に傾きかける。


 斬


 左袈裟切りに走る斬線。駆け抜けたナオの漆黒の剣が見事、斜め2つに立ち割っていた。

 拮抗していたバランスが崩れ、引き倒される黒い少年を挟み、油断なく距離を取る2人


 不意に壁の水晶からオレンジ色の光の玉が浮かび上がる。

 次々、次々、水晶からポワン、ポワン、と浮かびだす光の玉。

 降り積もる雪のように深々しんしんと舞い降る光の玉。

 それは大層神秘的な光景であった。


 反比例するように明度を落としていく水晶群。


「あ、あれ?」

 安全な高度に浮遊していた紗雪が徐々に高度を落とす。

 再び舞い上がろうとするもあらがえず、地に足が付く。

 駆け寄り抱き上げるナオ。


 目をそらしたその時、舞い降りていたオレンジの光の玉が部屋中央に一斉に集まる。


「ぁぁぁーーーーーー」

 喉がつぶれるようなもはや声にならぬ悲鳴が響く。

 振り向いた先、喉をさらし光を失っていく天井を仰ぎ、絶叫を発するティアの凄絶な姿が。

 盾はバターのように切り裂かれ、持ち手の真上から先が地へと落ち行く途中。

 美しい両の翼が付け根から無残に引きちぎられ、背からおびただしい血が噴き出す 。

 白魚の如き喉に今にも突き刺ささらんと食い込む黒い手。

 嫋やかたおやかな腰に後ろから抱き着く、おぞましい文様のたくる黒い影。


「モドレ!」

 喉の皮膚が裂け、腰が圧にきしむ音が、消えゆくティアの意識に響く刹那。

 あらん限りの強さで耳朶を打つ声と共にその姿が薄れ……。

 万力のように締め付けていた黒いゴーレム少年の腕が空を切る。


「ジャマな傀儡からやろうと思ったのにぃ~、まっ、いいや。ひめい、きもちよかったしぃ」

 確かに分かたれたはずの黒いゴーレム少年の体は、何事もなかったかのようにつながり、灰色だった文様が今はオレンジに強い輝きを放っている。

「ンーやっぱり、抜けてくなぁ。その、おにんぎょー、ヨコセヨ」

 駒落とし映像のように、確かに十数メートル離れていたはずが瞬きの間に、黒い影はすでに目の前に、手を伸ばした姿勢で迫っていた。手の先が紗雪に向かっているのを確認し、彼女の姿を隠すように、間に愚者の剣をさしはみ、後ろに跳躍。

 左肩に激痛。

 音一つ、振動一つなく、後ろに回り込んでいた黒い影の揃えられた抜き手が肩を刺し貫いている。

 激痛をこらえ、意地でも離さないとばかりに、紗雪を抱きしめる力を強め、剣を後ろに振る。


『気を付けい。そやつ、魂を取り込んでおる。ぐちゃぐちゃに混ざって気色悪くてかなわん。定着できずに剥離していっているようじゃが』

「あぁ?シツレーだなぁ」

 正面から再度手を伸ばす影の腕を剣で切り払う

 ボトリと落ちる腕先が逆戻しに元に戻る。

 迫る腕、切り払う、後ずさる、迫る、切り払う……。

 幾度繰り返しただろうか、徐々に黒い影の腕がつながりなおす速度が落ちていく。

 文様のオレンジの輝きが暗くなっている。


「メンドクセー、もういいよね、生かしとけとか言われても、モウシラネー」

 黒い影の動きが変わる。


 右目の視界が消えた クワレタ

 クチャクチャ

 左ひざ下の感覚が消えた クワレタ

 バリバリ

 鳩尾みぞおちに力が入らない クワレタ

 グチャグチャ


 左腕がミアタラナイ クワレタ

 大切な重みが 感じられない

 目の前に、愛しい少女の銀灰色の髪が広がっている

 左頬にごつごつした地面の感触

 黒いドレスに血がしみ込んでいる

 あぁ、ダメだよ、染みになるよ

 広がったスカートの裾が海のように広がる血だまりにつかっている

 そっと抱きしめて、この腕に抱きしめて、あげなくちゃ


「ヤメテーーー!!」


 そんな悲痛な顔をしないで?笑っていて欲しいんだ。

 ほっそりとした首元の銀のチョーカーにクモの巣のように日々が走る、走る、止まらない、砕ける

 あぁ、お揃いの繋がりが


 小さな手がポーチから1枚のカードを取り出す。

初級回復ひーる!」

 暖かな光が降り注ぐ。

 焼け石に水。傷はふさがらない。失われた体は戻らない。


 自分の首元のチョーカーを、確かめたくなった。

 重いな、剣だ。邪魔だな、手放した。

 あ、俺のチョーカーも、割れちゃってるや。

 ポトリ、地面に銀の輝きが落ちる。

 最後の力で手に触れたペンダントを引きちぎる。

 が、状況は止まらない。


 紗雪とナオ、2人の胸元をオレンジの光の線が結ぶ。

 血が抜け、朦朧とする意識の中、残された命の灯を吹き消すような勢いで、急激に力が抜ける。


「貴方は、私のもの、私は、貴女のもの」

 祝詞を挙げるように、粛々と紡がれる少女の声。

永遠とわに傍に、いつまでも」

 慈しむように、透き通った笑みで見つめ。

贄人形ミガワリのひとがた


 耳に染み渡るような静謐な宣告とともに、いとおしく美しい少女の小さな体が


 砕け散った




「ふざっけんな!!!魂喰らいの分際で。どろどろの闇みてぇな中身をたれこぼすんじゃないのかよ」

 耳障りな愚物の声が耳朶に潜り込んでくる。

 煩い 黙れ。


 うまそうに、他人ひとの肉を喰らっていた、黒い泥人形が地団太を踏んでいる。

「てめぇはオレのものになるんだろぉ、くそ人形が!俺の魂に、器に、なるんじゃなかったのかよ!」

 ナニカ ホザイテ ヤガル


 欠けていた体が、戻っている。

 腕が動く、足が地に着く、右目も見える。

 荒れ狂う剣が、愚者が振るう剣が、殺意に応える。


『喰らえ』


 振り下ろされる青年の腕。

 消えかけていた黒い泥人形の外皮を這うオレンジ色の光の文様が、断ち切られる。

 泥人形のの内側にまで編み込まれていた文様が蠢き、成していた文字が固定される。

 分かたれた左に現れるShem

 分かたれた右に現れるha-mephorash


 文字列は断ち切られ、意味を失い、黒いゴーレムの少年が泥に還る。

 地面に吸い込まれ、あとには光一つない空の洞からのほこらが残された。

 金線鮮やかな漆黒の剣を振り下ろした青年は、光を失った目で、枯れ木のように立ち尽くしていた。

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