第9話 "イベント開幕"
それからの半月強は、平日は朝から夕方までダンジョンに潜る。土日は組合管理下の訓練施設を借りて武技の鍛錬。
簡易合成食に嫌気がさし、流石にもう少しまともなものをと、6~8区のF~G級街区で3人でお食事。
たまにミキが乱入し3,4区で食事。
夜は私室が培養ポッド1個しか寝る場所がない事に思い至り、ティアは残念ながらカードに戻る。
着替えが自分ではできない紗雪の、朝晩の着せ替えが毎日のひそかな楽しみで癒し。
という生活の繰り返しだった。
ステータス上はそれぞれ5割程度の成長を果たした。
紗雪の疑似魂核に成長は無く、イベントは浮遊と聖歌で臨むことに決まる。
ティアの武装は自由に出し入れ、換装できることが判明。ハルバードと長剣を切り替えて器用に適材適所の活躍を見せていた。また、成長につれ必要
このため、ナオの魂は総量160に対し、紗雪70、ティア35を欠き、55の残量と実質生まれたころと変わらないありさまとなっていた。
『いつ消え失せてもおかしくないの、汝』
と、ナオの魂の欠落の大きさに比例してさらに強化された愚者の剣が、嬉しそうに念話を送ってきていた。
特筆すべき戦利品は無かったものの、堅調に魂石や、売却と決めたカード類を処分し、1,500Neuroを獲得。
ティアにスペルカード:初級身体強化魔法 (魂値20)を購入、セット。
もろもろで残金は微減の6,313Neuroとなった。
そして、イベント当日がやってきた。
実際の戦闘参加は3日目となるため、今日はミキの勧めで開幕式だけを見て、帰る予定になっている。
他の参加者の競技風景は公平を期すため観戦できないそうだ。
「さあさあ、やって参りました、新人空想探索者期待の星たちを集めて開催されるタイムアタックイベント。司会進行はわたくし、空想探索者協会所属、メイナがお送りします。助手はぎょろんと可愛いモノカメラアイがチャームポイントの、モノくんです!」
『ヨロシク、オネガイシマス』
上空に浮かぶ手すりが据えられた透明の板の上に立ち、ミニスカートのアイドル風衣装を着た森霊種(エルフ)の女性が、編み込みで飾られたロングの金髪を風に揺らし、大きく手を振る。
直径30㎝程の銀色の球体にクリアブルーのカメラレンズがのぞくボール型のマシンがふよふよと、メイナの頭上を飛んでいる。
「映像越しにご覧いただいております異星体皆様への中継画像は、モノくんが、広大なデータの海から盛り上がりを多角的に分析、リアルタイムに編集してお届けしております♪ あ、贔屓の子のために、盛り上がり偽装書き込みとかしても、ばれちゃいますからね~♡ そ~れ~と、モノくん? 下からのアングルでわたくしを撮影するのは禁止って、いつもいつも、言ってるでしょ~~~!記録けしてきなさ~~い!」
『モウ、オソイ、カイシュウ、フノウ。チョウ、モリアガッテル』
手すりに手をつき、大袈裟にうなだれて見せるメイナ
「き、気を取り直して~!? オープニングセレモニーはこちら、空想舞踊ユニット”ナイトリーリエ”のステージです、お楽しみください♪」
会場は組合裏側のパルテノン神殿風建築、”組合神殿”、中央奥あたりの扉から入るイベント用ダンジョンだった。
中は広大な石畳のスペースの手前2割ほどにコロッセオの一部を切り取ったような観客席が設えられている。
参加探索者は入り口横に設置された扉をくぐると、個別の待機室へ転送された。
待機室、正面壁は会場や司会の様子が一面大写しにされるモニターとなっており、モダンな内装につまめるお菓子(合成食だったが)が置かれている。
ふかふかとした座り心地の良いソファーにティアと隣り合って座る。紗雪はいつも通り、膝の上だ。
モニターでは、ひらりと翻るスカートの中が映りかけ、モザイクがかかったりと、司会の様子が見えていた。
小首をかしげてこちらを見上げた紗雪が、おもむろにゴシックドレスのスカートをたくし上げようとするのをそっと止める
「主……微妙に止めるか迷いましたね。私もしましょうか?」
「誤解、誤解だから」
ドレスアーマーの前垂れを横にどけようとするティアの手をそっと握り阻止。
続いて会場床が1m程せりあがると、檀上に中国風の趣がある舞台セットが立体映像で作り出される。
舞台袖から清楚可憐な淡い色合いの天女風衣装を身にまとった3人の美女が
光魔法の一種だろうか、舞い踊る軌跡、翻る裾の動きに光が宿る。
辺りが一転闇に落とされる。
轟、轟と、舞台上に炎燃える護摩木の櫓がいくつも現れる。
厳かな音色が粛々と流れだすと、いつの間にか緋袴に、典雅な刺繍が精緻に施された千早風衣装に装いを変えた美女たちが舞を披露し始める。
舞台衣装用のためか、いわゆる巫女服にくらべ、華やかさましましの衣装が麗しい。
しゃなり、しゃなり、と静々とした動きに魂が吸い寄せられるようだ。
やがて舞踊が終わり、会場が元の石畳の姿へと戻る。
「いやぁ、見事でしたね! 綺麗でしたね! 私もあんな風に美しく舞ってみた~い♪ ちなみに、ただいまの衣装はお手元の端末から販売中。イベント参加者様はさらに! 限定価格で販売しておりますので、お買い逃しなく♡」
なぬ、と、即座に端末通販画面を開く
天女風ドレス 1,500Neuro (50%OFF!)
巫女風ドレス 1,500Neuro (50%OFF!)
買える…買えるぞ…カートに2着ずつ入れ、いかん、色指定がある。
天女風は多彩な色彩
巫女風は緋袴か、黒袴
これは、どうする。
「オーナー……?」
困ったように見上げる紗雪が透過型画面の上をさまようナオの手を引き戻す。
「主……」
「めっなのよ?」
2人そろって止められてしまう。
しかし、可愛い衣装をまとった二人を見たい、見たいのだ。
必死の圧に押され、ため息とともに、
「わかったわ。じゃあ、今日入賞できたら、着てあげる。だからね? 少し待って?」
よく見れば販売期間はイベント会期となる3日間の最終日翌日朝まである。
「わかった、全力で行こう!」
「ではこれよりいよいよ協議開始となります。参加者の皆様は公平を期すため、映像/音声の接続を切らせていただきます。競技時間となりましたら控室正面に転送扉が現われますので、そこから会場へお越しください」
すっと、正面壁から映像が消え、部屋の壁紙に戻る。
「じゃあ、今日は帰ろう」
再度ここに来るのは明後日だ。どんな参加者が他にいるのか気になりつつ、控室を後にする3人。
「さぁ、戦場の準備が整いました。制限時間20分。ここでタイムアタックイベント、競技場についてご説明いたします。
第1エリアは円形闘技場が現出。
南門から入場する先には21騎の甲冑をまとい、盾、槍、剣で武装した3列のゴーレム集団。
さらにその後方からは5騎の弓兵と、2基のバリスタが配置されている。
北門を抜け第2エリアはかつて栄華を誇ったであろう神殿の基礎が残る廃墟。
中央に威風堂々たる姿を見せるは青銅の巨人タロスを彷彿とさせる金属製の巨大ゴーレム
廃墟を抜け第3エリアは自らが発する薄明かりに照らされた水晶洞窟。
高さ20mもの巨大な空洞で待ち受けるは1体の人型ゴーレム。その容貌は未だ秘されている。
ここではいかな戦いが繰り広げられるのか!
武装は身に着けたもののみ可。カード具現化などによる換装不可。ポーション類の使用禁止。
リタイアの場合、探索者は配布されているペンダントを強く引き、外していただきます。
すると敵性存在が即座に活動を停止し、すべての戦闘行為が停止した時点での状況が記録となり、タイムアップの場合も同様となります。
順位は3エリア全ての攻略の最短順、その次に敵性体への損傷の多い順、損害が同程度の場合残り時間、で評価されます。」
「ではお待ちかね、1人目の選手の登場だ! オオカミの耳にふさふさとした尻尾を生やす、意志の強さを感じさせる探索者少女! 強化処置により黒狼の人狼種としての特性を獲得している彼女が従えるのは2頭の漆黒の狼。パトロンは北欧系人類種アバターの女性であります」
目にもとまらぬ速度で駆け出す少女は右へ、2頭の狼は敵陣左を大きく回り込む。
柔軟に布陣を入れ替える敵中央の槍先を、圧倒的な速度で振り切らんとする。
2頭の狼に集中する鏃の群れ。飛び跳ね避けるも、着地を狙いすました強烈なバリスタの矢弾が2発同時に撃ち放たれる。身をよじりかわそうとするも弾き飛ばされてしまう。高められたステータスに救われ、辛うじて貫通は避けるも1頭が重傷を負い脱落。
遠距離がかかりきりになったすきを突き、後背から襲い掛かる少女。振り分けられた後列の7体のゴーレム兵を引き離し、強化された身体能力に任せ弓兵を次々と叩き伏せる。靄に変じるゴーレムたち、その黒い靄が引き寄せられるように奥のステージへと流れていく。
中央陣地、槍の間合いの内と外を行き来し、襲撃を掛ける残る1頭の狼はしかし盾に阻まれ有効打を入れることができずに攻めあぐねる。やがて14の槍と盾に二重に囲まれ、進退窮まり脱落。
残る少女も弓兵とバリスタ2基の射手を沈めたところで7騎の盾槍に阻まれる。
槍を掻い潜り、盾に手をかけ引きはがし、踏み台にし、2人を沈めるも、右太ももを貫かれ動きが止まる。
痛みに歯を食いしばり、血にぬれる槍を掴み、残る左足からの蹴撃を放つも鎧に守られたゴーレム兵を砕くこと叶わず。
盾による殴打に地にたたきつけられ、数多の盾に押しつぶされんとするを見て、悔し気に顔をゆがめペンダントを引きちぎる。
リタイア。
「高度な探知能力と俊敏な動きに秀でる少女達でしたが、ここでリタイア。9騎のゴーレムを沈めました。堅固な守りを固める戦列に、相性が悪かったか。少女は組合職員により医療用培養ポッドにすぐに運ばれます。組合の医療技術によりたとえ四肢が欠けようが、内臓が潰れようが、傷跡一つなく再生できますのでご安心ください」
「続いて登場しますのは、従者型機械知性体2体を率い、揃いのハイパワーレーザーブレードで武装する探索者だ! パトロンはアンドロイド型アバター雄型の御仁。圧倒的高威力ながらも、長期戦にはバッテリーモジュールの消費が不安視される装備だが、2体の従者が携行する増槽ユニットで対応する予定でしょうか? 普段の探索は自身がレーザーブレード、従者が遠距離武装主軸との事」
「ここでタイムアップ! 第2ステージタロスの予想外の機敏な動きに対応しきることができなかったか!? いや、しかし、あの巨体であのスピードはいっそ反則的。傷付く度、強化される巨体の四肢はどこまで無慈悲な破壊をまき散らすのか!」
第1エリアでの脱落が続く中、ようやくの第2エリア到着者を出し、1日目は閉幕となった。
選抜されたとはいえ、所詮はG級。常人の2から3倍程度の範疇に納まる初級探索者達では、破格の武装をもってしなければ数の暴力の突破は困難であることを示す結果といえよう。
このような集団を分相応の武装程度で容易く蹴散らせる事が中級と言われるD級以上、第3位階以上の指標とされる。
イベント2日目、挑戦者も半ばを過ぎた折り返し。
「闇色の甲冑をまとい登場した人影1つ! 三位一体を体現する挑戦者は、寄生種アバターのパートナーと合一しての登場だ! 1体のリビングアーマー型架空体を身にまとい、パートナーによるリミットを外す圧倒的な強化の後押しを受け、さあ、どこまでいけるか!」
「第1エリア、見事突破、まさに暴虐の化身! 文字通りバリスタの強烈な一撃を食い破る姿には圧倒されました! モノくん、映像出せます? はい、すさまじいですね! 目にもとまらぬ迫る矢弾の猛威の横腹を大きく開いた口でガブリ! バリバリバリ! 恐ろしい! と、第2エリア、タロス型巨人との戦闘が開始された!」
「もはや人外。人体構造を無視した可動ををもって超速の攻撃を避ける避ける! リビングアーマーの損壊も恐れず繰り出される高威力の殴打の連続に双方ひび割れ砕け、破片をまき散らす! と、胸部装甲損壊、同時に挑戦者の体を覆うリビングアーマーもロスト~! 黒い靄にかえる。今イベントで初めてタロス型巨人が仰向けに、今、倒れたーかつての伝承と異なり内部は神の血では満たされておらず空洞のようです。内部に飛び込み? 破壊活動の激しい音が響き渡る。中で聞くと反響音で鼓膜が破れるのではと思わずいらない心配をしてしまうわたくしでありますが、ついに、黒い靄と化して決着。まさに暴力の嵐のぶつかり合い。今イベント初の第2エリアクリア!!」
「おっと、第3エリアに踏み出したところで、様子がおかしいぞ?腕を体に回し? あーっと、自分の体を引き裂き始めてしまったか?あぁ、左腕、あぁぁ、えー意識を失われた模様です。残念ながらここでリタイア。しかし、残り時間11分15秒、第2エリア突破は見事な戦績です!」
腕を引きちぎり、喰らい始めようとしたところで倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。慌てて救護に入る医療職員達だが、念のため警護班により拘束される探索者。異性体アバターにより物として扱われる探索者に往々にして見られる、一種の拒絶反応が引き起こす光景であった。
そしてこのイベントはじまってからの常の通り、タロスとリビングアーマーの変じた黒い靄が奥へ、第3エリアに待ち受ける洞窟の暗い穴へと吸い込まれていった。
その日第2エリアへの挑戦者は複数現われるも第3エリアに足を踏み入れるものは現れなかった。
3日目、朝一から初日同様入場し、待機室にナオたちの姿もあった。
参加者となる異星体は異星体ネットワークでもイベント関連の情報へアクセスは完全に排除されているようで、紗雪が調べてみてはくれたが、他の参加者の状況を含め何一つわからなかった。
「いよいよ3日目最終日でございます!」
会場では出場者の紹介、挑戦がすでに始まっているが、その様子も控室には届かない。
「控室に押し込まれたままというのもさすがに暇ね」
ソファに横向きに座った紗雪。
彼女の後ろには床に膝をつき、昨日”人形種”専門店で買った高級ヘアブラシセットで丁寧に髪を梳くナオの姿。
「ん、気持ちいいけれど、ツインテールのロールは触らないでね? セットしなおすの大変でしょう?」
「わかってるよ~」
なんとも和やかなものである……。
「主殿、多少早まるとしても出番は4時間以上後。お昼のものを何か買ってきますか?」
「そうだね、会場観客席に出ている屋台のものがメニューからとれるらしいから、好きなもの頼もうか」
「この、かき氷が食べてみたいかもしれません。桃シロップ味が良いのです」
「いいよいいよ~でも試合前に食べ過ぎないようにね」
「私もメニュー見る~」
頭が動かせない紗雪も、チョーカー端末から投下型画面を眼前に浮かせ、スイーツのページをたどる。
やはりのんきである……。
「続いて登場はなんとなんと!? すでにネットワークでも大盛り上がりだぁ、ご存じ、原生闘技職として大会で勇名をはせた壮年の紳士! 空想探索者へ転向し早くも頭角を現すこのお方ぁ!」
重厚な鎧に覆われた軍馬に引かれたチャリオットが姿を現す。
上に乗るは2人の筋骨隆々たる大男達。
はちきれんばかりの筋肉、肉体美を誇示する巨漢2人が背負うは身の丈を超える大剣。
がっぷりと腕を組み、にこやかな笑いを振りまき闘技場へ進む。
「夢魔種 男性のパートナーと共に悠々の入場! お揃いの剣闘士スタイルから見える肉体美がまばゆ~~い! 板金鎧でチャリオットを引く軍馬のまたなんと勇壮なことか! さあ、まさにそんな2人と1頭にあつらえたかのような、このシチュエーション、第1エリアいざ開戦だぁぁ!」
槍ぞ盾ぞ何するものぞと、隊列中央へ突貫するチャリオット。
立ちはだかる3列のゴーレム兵が盾ごと跳ね飛ばされ、隊列左右は2人の巨漢の振り回す大剣で薙ぎ払われ総崩れ。
隊列を突き抜けたチャリオットを狙い打たんと放たれるバリスタの矢弾、速度をさらに増し、旋回を掛け、すれすれをかすめ避ける。すれ違った暴威が残る隊列に着弾、辛うじて残っていたゴーレム兵を砕き散らす。
残る弓兵はまさに蹂躙、駆け抜けるチャリオットに引きずり砕かれ、振り回される大剣に両断される。
「そっこぉぅ! まさに稲妻の如き素早さで蹂躙してのけた。本大会最速での第1エリア突破です。もうタロス型ゴーレムは目前だぁ! 振り下ろす腕を勢いを殺さぬ軍馬の疾走で潜り抜ける~! すり抜けざまの一閃、そして、飛び降りたぁ!」
突進の勢いをそのまま載せた斬撃を受けゴーレムの右足首にひびが走る。
飛び降りる2人の巨漢、勢いのまま唐竹に振り下ろされた2本の大剣が左右両の足に食い込み……盛大な土砂の巻き上げ、地面ごと割り砕く。
「タロス型ゴーレムダウ~~ン! 両足首を断たれ、たまらず転倒! そして、そしてぇ? 背から落ちる巨人の首元に走りこんだ2人、左右からそれぞれ力を込めてぇ~ かちあげた~! 2本の剛剣に、そのまま首を刎ね飛ばし、討滅~! すごすぎる、まさに圧倒的、圧倒的な勝利です!!」
まだ宙に浮いたままボフンッと、靄に変じる巨体。その靄の進む先を追うように、再びチャリオットに乗り込んだ2人が軍馬に引かれ、第3エリアの洞窟へと駆け込む。
一転薄暗がりとなった洞窟の中。
見回すとオレンジ色の輝きを放つ水晶がドーム状の洞窟内壁全周に生えている。
夢魔種アバターの異星体男性が一瞬、怪訝な眼差しを水晶に向ける。が、何事か言葉を発する間もなく、チャリオットはドーム中央に立つ黒い人影に突進、ひき潰さんとしていた。
「もはや止めるもの無し、このまま第3エリアも蹂躙し決着となるのかぁ!?」
いやがおうにも高まる期待。
が、多くの予想は裏切られた。
ドンッと、重量物が激突した重々しい音が聞こえる。
同時、それまで何者にも止められることなく突き進んできたチャリオットが宙を舞った。
ズルリ…半歩横に避けていたらしい黒い小柄な人影を通り抜けた軍馬。
その、首が……
鋭利な断面をさらし、滑り落ちた。
ロスト。
軍馬の姿が黒い靄に帰る。
啜るように、壁面のオレンジの光を放つ水晶に吸い込まれる軍馬であった靄。
天井近くまで跳ね上げられたチャリオットが落下、無残につぶれる。
空中でチャリオットを即席の足場として蹴りつけ、辛くも着地する2人の巨漢。
真剣な表情で睨み据える先にいたのは、黒々とした泥の皮膚に、灰色の文様がのたうつように刻み込まれた、ゴーレムの少年と思しき小柄な人物であった。
「相棒、こいつはちぃとやばそうだぜ」
パートナーたる異星体に語り掛ける。
「あぁ。それにこの水晶、こいつは魂石の抜け殻みたいなもん、のはずだ。だのにしっかり光ってやがる。動力室でもあるまいにこのの質に量。どうにも、きなくせぇ」
鏡映しのように大剣を構える2人。
財を尽くし用意され、こと物理的な破壊力に限れば飛びぬけた性能を誇る2振りがうなりを上げる。
「獲ったぁ!」
壮年の巨漢の言葉と共に、同時に地をうがった2振りに深い亀裂が地面に走る。が、瞬時彼は大剣を放り出し、やおら夢魔種姿をとる異星体のパートナーへ駆け込むや全力の体当たりで弾き飛ばす。
「んなっ」
驚愕に顔をゆがめ、大剣ごと、内壁の水晶群にたたきつけられる。慌てて見る視線の先。
「ちぇ、まいいや、まずはお前で」
かつて生身の戦いにおいて栄華を極めた男の延髄にゴーレム少年が食らいつき、啜る。
「まっず!何お前、あの夢魔種と通じてんの?おぇぇ。元天然種って聞いてたのに、なんなんだよ」
悪態をつきつつ巨漢をいともたやすく地面に投げつける。
「まいっか~異星体の魂ならどうかなぁ、きっとおいしいよなぁ」
激突の衝撃に未だ立ち上がれずにいる夢魔種アバターの男性へ歩み寄ろうとする少年。
足首を握りつぶさんばかりに握り止める壮年の巨漢。
ボトリ 足首が落ち、また生えると、何事もなかったかのように歩みを進める。
「……お、恐るべき力の差、ここまで圧倒的な力で突き進んでいた挑戦者が一蹴され倒れ伏してしまっています。あ、今、リザイン、ギブアップのペンダントが引きちぎられました。無念のリアイア。え、ねぇ、待って止まってない、止まってないよ、ちょっと待って誰か、誰か止め……きゅっ……」
ペンダントが引きちぎられればすべての敵生体が止まる、そのはずであるにも関わらず、一向に歩みの止まらないゴーレム少年。不気味な文様をうごめかせ、進んでゆく。
救護班に呼びかけようとした司会の女性だったが、電撃を流されたかのように激しく痙攣し、崩れ落ちる。
その後、やおら何事もなかったかのように立ち上がると、何事もなかったかのように彼女の顔には笑みが浮かべなおされる。
「惜しくも第3エリア敗退となってしまいましたが、ここまででトップの戦績、残り時間なんとなんと、12分32秒を残しての快挙! これは1位、決まったかぁ!?」
ひたひたと壁際による少年ゴーレム。たくましい男性の首を握り血流を止める。
「んぁ? なに、ここまで来てお預け? はぁぁ……わぁかったよ」
何者かと会話したと見えるや部屋中央へ戻り、彫像のように動かなくなる。
失神した2人の巨漢は粛々と救護班により運び出されていった。
観客席の片隅、すべてを見守っていた桜色のロングウェーブの髪の女性、ミキ。
端末からプライベートメッセージ作成のウィンドウを立ち上げ、画面を見ずに文字を打ち込み始める
“エリア2でこうさんを “
送信。
と、口を押え悲鳴を押し殺す。
突然の割れ砕けそうな頭痛に、二筋の編み込みを後頭部に回し、丁寧にセットされた髪を引きちぎらんばかりにかきむしり、倒れこむ。
表の様子から遮断された控室。
ティアの髪を梳こうとして2人ともに怒られ、しょげていたナオの視界の隅にメッセージアイコンが表示される。
「ん?ミキさんからメッセージだ」
「あら?何が書いてあるの?」
「ん~?何も文面が無いね。誤送信かな?」
「ミキ殿にしては珍しいですね。
「うん。一応返信しておくよ。”メッセージいただきましたが、本文がないようです。何かありましたか?”っと」
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