第7話 "成果"

 目覚めると淡く輝く液体に漬けこまれていた。


 何があったのか記憶を呼び覚ます。

 そうだ、死にかけたのだ。

 そしてここは培養ポットの中だった。


「オーナー、オーナー、お~な~~!」

 流れ落ちる液体にぬれぬこともいとわず、足元に縋りつく。

 組合内の医療施設に運び込まれてからずっと、傍で待っていた人形の少女。

「よかった、よかったの、無事で、よかったの。貴方1日半も目を覚まさなかったのよ」

 四肢も元通り、傷一つない体に戻っていることを確認し安堵し、ようやく張りつめていた気持ちが緩む。

 と、不意に今の彼の姿に思い至り、目線を脚から徐々に上げふともも、そして……、

「きゅぅ」

 刺激の強すぎた一糸まとわぬナオの姿に、失神した。



「何があったかは紗雪さんに伺っています。何はともあれまずは。お帰りなさい、ナオさん。戻ってきてくださって、ミキは嬉しいです」

 医療施設での一幕の後、今日は清楚な純白のロングドレスに、花飾りを桃色のふわりとした髪に散らした姿で出迎えられ、通された先日と同じ応接室。


「生誕直後は人類と同程度の身体能力しか持たない時期。初ダンジョンでのG級死亡率は6割を超えているのです。強化の施される都度、単純死亡の比率は急激に落ちていきます。最初の試練を乗り越えられたことは本当に喜ばしい事です」

 昼食として出された合成食のサンドウィッチと、チョコレート菓子の乗ったテーブルを挟み、向かい合うソファーの一方にはミキ。

 もはやボロボロで用を成さないナオの服は生誕服を新たにもらって着ている。病院着のようなものとしてもらえるらしい。

 もう1方のソファには、ナオ、膝の上にちょこんと座る紗雪、そしてもう一人。右隣にはプラチナブロンドの髪をさらさらと所在投げに指で遊ばせるクールな金目の美少女が。

「ミキさんにいただいた贈り物が無ければ、俺も帰らぬ身となっていたでしょう。本当に、ありがとうございます」

「お役に立てたなら何よりです。転移の方は、ごめんなさいでしたが…阻止する結界のようなものが張られていたようですね」


 一方の手の指先で、ナオの服の裾をそっとつまんでいる右隣の温もりに視線をやり、

「それはそうと、ここはダンジョンの外、組合の建物の中……ですよね?」

「はい、相違ありません。そして彼女は間違いなく、貴女が召喚室で呼び出したカードの少女、ティアさんですよ」

 髪をもてあそんでいた手をきちんと揃えられた膝の上に下ろし、顎を引き気味に、こちらを見上げるよう窺うティア。

「竜退治の後、戦利品を拾い、広間の奥に出現した地上へ続く出口扉を通ってナオさんを組合まで担ぎ込んでくれたのです」

 告げながら、ツーッと、ミキが手元に開いた1枚のデータウィンドウが机の上を滑ってくる。

 “機密保持契約 …… ……”

「ん、んん?」

 末尾に同意というボタンが表示された画面に困惑していると、

「あ、ここから先お話しする内容は機密漏洩防止措置の対象になりますので、それ、ポチってしちゃってください! そしたら画面の表示も切り替わるので~」

 軽く言ってくれるミキ。

 とはいえ選択の余地もあってないようなものであろうと、同意を押す。


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 空想探索者 個体識別番号F-7296-8401-8372-3984 “個体呼称: ナオ” 

 魂の譲渡を確認 : 残量30/ 総容量130 “成長差分+30”


<譲渡対象>

 人形種 紗雪 疑似魂核 : 70

 架空体 天翼種 天使 設定名称:ティアナレア : 30


 ”人形作家”より情報開示 (機密制限認可済)

 空想探索者ナオは第十架空世界における同意にのっとり、”人形種 紗雪 疑似魂核”へ魂値50を初契約時、譲渡

 両者間における魂の回廊を形成


<対象者登録情報 該当記述抜粋>

 ■名称:人形師工房 試作ドレス 02 - 疑似魂核搭載

<特性> 成長装備: 疑似魂核 (魂容量キャパシティー 70)  “成長差分+20”

 ■氏名:ティアナレア

 必要魂値:0 (30) “成長差分+10“

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「端的に言うとですね~。異星体の技術体系というのは、知的生命に宿る魂というものをエネルギー化して、活用するっていうのが特徴なのだそうです。人類の物語にもよくあるじゃないですか。死神が魂を集めるとか、悪魔が契約して魂をどうとか、あんな感じです! まあ、実際はもっといろいろ複雑らしいですし、異星体の間でも別々の思惑があったりするみたいですが。で、その仕組みをうま~く人類の文化文明と融合させて、与えられたのが空想の力やダンジョン。エネルギー源となる人類を保護してくれたのは事実らしくて、いろいろな環境で生かしてもらっているわけですね。他の惑星とかだと、与えられているものも、また違った感じらしいですよ。魂の価値が認められず、ただの鉱物資源惑星になったところなんかもあるみたいですが」


「とまあ、そんな世界の裏側のお話しは良しとして。ナオさん達についてです。紗雪さんについては、今回の情報からやはり”人形作家”が関わっていることが確定しましたが、それ以外は未だよくわかりません。疑似魂核とか、私も初耳です。念のため復習までに。架空世界というのは、空想探索者になる前、皆さんの記憶からはすでに消されている、それぞれが体験させられた”異世界転生”とか”VRMMO”的な空間の事ですね。そこで何かがあって、生まれてすぐの魂の半分を紗雪さんに譲渡することを承諾していた。そして、あの日、初めて触れた時にその約束が履行され紗雪さんに魂が実際に譲渡されたという事でしょう。今だから申し上げますが、実はあのオファーはナオさんにことさら印象に残るよう渡して欲しいと、依頼されていたのです。ミキがいきなり担当として指名されていたのもその一環ですね。」

「オーナーは、私の半身」

 ちょっと得意げに胸を張る紗雪。

 予想外の話し過ぎて正直ついていけないが、初めて会ったはずなのに惹かれたのはそういう事なのだろうかと、納得しておく。

 えへん、と、腰に手を当てて見せる姿が可愛すぎて、細かい事とか、ちょっとどうでもよくなったとも言う。

 毎回別の装いを見せてくれるミキのように、紗雪にもいっぱいドレス買ってあげたいなー。お着換えした姿見たいなー。と、頭は明後日の方向に飛んでいきかけていた。


 浮ついた思考をなんとなく察してか、半目で咳払いし、続けるミキ。

「さて。問題はティアナレアさん、と、おそらく同様に紗雪さんに追加譲渡されたと記載のあるナオさんの魂についてです。本来カードから具現化した存在は、ダンジョンで具現化されたタイミングで肉体構成要素を与えられ、さらに内部にいる限り、継続的にエネルギーが供給されて存在を維持されます。ダンジョン内のモンスターと同じような原理です。」


 モンスターと同じかのように言われちょっと嫌そうに眉をしかめるティア。


「通常は一時的なコストとして魂の領域を貸す。いうなればダンジョンが躯体と稼働用電力を供給して、コンピューターの演算領域を空想探索者がカードに貸すみたいなものです。に、とどまらず、カードとの間に魂のパスが繋がり、カードに宿る存在に人類同等の魂を生み出してしまう空想探索者が稀にですが、確かに現われます。今回起きた現象はそれです。こうなると、ダンジョンという電力供給減がなくとも、元来人類が存続するのと同様、ダンジョン内で与えられた肉体構成要素さえ外に持ち出してしまえば、ダンジョン外どこででも活動ができるようになってしまいます。今のティアナレアさんがこの状態であり、紗雪さんも同じく、追加の魂を受け取ったという事ですね」


 ほんの一瞬だが、ミキの視線が険しくなる。


「そして、大事なのがここからです。ティアナレアさんと紗雪さんに譲渡された魂は、すでにそれぞれに適合、変質してしまっていて、ナオさんに還元されることはありません。つまり、ナオさんは永久に魂の一部が欠けた状態になるという事です。それによる身体的影響は直近ないはずですが、魂が完全に枯渇、”0”になれば、貴女は消滅します。ダンジョン内でモンスターが黒い靄になって消えるのと同様に」


 ティアがギュッと身を寄せ、俯き、腕を抱きしめる。


「カードから具現化した存在であるティアナレアさんは、ダンジョン内であれば、死亡してもカードに意識と魂が戻るだけで従来通り、復活できます。ただしダンジョン外で死亡した場合、人類同様に終わりを迎えます。カードに戻ること、カードから具現化すること、共に今まで同様ダンジョン内であれば可能です。具現化時の肉体構成がダンジョン内でしかできないので、カード状態からの具現化をダンジョン外で行うことはできません。加えて、ティアナレアさんの成長の度に、ナオさんの魂は自動的に吸い上げられる事が前例からわかっています」

 右腕に震えを感じ、そっと、腕を外すと背中をとん、とん、と優しくさする。


「ふぅ。長々話したら疲れちゃいました! ご不明な点は?」

「んーいえ、大丈夫です。要するに2人とこれからは、ますます自由に過ごせるという事ですよね」

「えー、それで納得しちゃいます?ミキとしては、好ましいですけど~」

「あるじぃ……」

 いつになく心細そうな声でつぶやくティア。


「え~と、あとは成果とか、初ダンジョン攻略のお祝いとか、楽しいお話しをと思ったのですが、その前に1個関連する話題がありましたね。これも成果の一部ではありますが。はい」


 ゴトンと、机の上に置かれる剥き身の剣とカード。

 それは今回のダンジョンで手に入れ、竜にとどめを刺すに至った不思議な剣とそのカードだった。


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 名称:愚者の剣 (ロングソード)

 装備要件:欠けた魂を有する者 / 専用装備-空想探索者”ナオ” / 能力値要件:無し

 必要魂値:10


<性能値>

 ATK,DEF,IATK,IDEF +5

 ATK,DEF,IATK,IDEFに”※×2”の追加補正 (=200)

 ※=己の魂を他へ喰らわせた値 (=100)


<特性>

 魂を捧げ愛すべき愚行を成す者に、無上の慈しみを与え、想いを貫き通す力を与える。

 リビングウェポン

 念動/念話

 成長武器

 自動修復


<付与スキル>


<参照価格>

 算定不能


<補足>

 空想探索者協会発行 帯剣許可 所有者” ナオ”

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『話が長すぎて寝るかと思ったぞ』

 竜との決戦で聞こえた女性の声が、また脳裏に響く。この部屋にいる全員に、その声は聞こえているようだ。

「意志を持ったアイテム、古来付喪神とか言われる類の存在ですね。彼女の本質がどのようなものかはわかりませんが、その能力はナオさんの力になってくれることでしょう」

『魂が燃え尽きる時を楽しみにしておるでな。せいぜい我を楽しませてくれ』

「えと、よろしくお願いします……?」

「彼女もダンジョン外で存在できますので、必要と思い、武器携行の許可をこちらで取得しておきました。安心してお持ちいただいて大丈夫ですよ。あと、リビングウェポンやインテリジェントウェポンといった存在は他にも存在し、使い手として認められるかは別として、オークションでも時たま出展されています。従って、機密扱いとはなりません」


「では、嬉し楽しい、報酬のお時間です。培養ポッドにお入りいただいている間に見積もり等済ませておきました結果がこちらになります。どのように処理されるかをお決めください。」


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<魂石:組合買取>

 計129.3Sol = 1,293Neuro

 *参考値:アル=ミラージ0.1sol, 暴れ牛0.3sol, 巨大牛1.5Sol, 竜100Sol

 *買取レート 1Sol=10Neuro=1,000Yen


<カード>

 ・キャラクター -- 竜:組合買取価格 – 40,000Neuro

 ※ファン異星体から買い取りオファー有り:提示買取価格 – 80,000Neuro

 *竜の魂石と合わせての買取に限る

 ・キャラクター – アル=ミラージ:組合買取価格 – 100Neuro

 ・アイテム – 鉱石/1kg:組合買取価格 – 50,000Neuro

 ・アイテム – 中級ポーション : 組合買取価格 – 200Neuro

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「戦われた竜ですが、幻想種ではなく、動物の延長としての竜種になります。前者ですとブレスを吐いたり、空想の力を自在に操り、最低でもBランク以上になります。後者は恐竜等をモチーフにしているといわれ、今回の個体はE級下位くらいの力があったと思われます。アル=ミラージは当該ダンジョンの想定標準攻略の際に使われるので一応買取がつきますが、他の用途があまりないのでほぼ最低価格ですね」

「想定標準攻略?」

「ですです。パトロン異星体の方が付いていると、過去の攻略情報の提供を受けられる場合があります。むしろそうして最短攻略とかさせて、他異星体にアピールするパトロンの方とかいらっしゃいますね。RTAです、RTA。ただ、面白みに欠けるとして受けは悪いようですが。むしろナオさんのように、規定外の方法を取られる方が正直好まれます。ちなみに、組合からの情報提供は禁止されてしまっております……ごめんなさい。」

「そ、そうだったのですね……」

 準備不足を改めて認識させられたような気がして少し落ち込む。


「ん~気に病むことはないと思いますよ?通常攻略だと、まず竜のカードが手に入ることはありません。毒でボロボロですから。加えて、当然ですがそちらの剣も砕け散ってしまうので、残りえませんね。まあ、それ以上に魂の譲渡をしているなどという特殊条件も必要となると、狙っての剣入手の再現は実質不可能でしょうね。今回のナオさんたちの行動が評価された結果が、ファンからの買取オファーにもつながっています。」


 竜のカードに若干惹かれたものの、巨体を生かせる場が低級ダンジョンでは限られること、成長上限がさほど高くない事から、有難い異星体ファンからの買取オファーへ譲ることを決める。

 ポーションだけ残し、他すべて売却を決め、130,393Neuroを手にする。

 〆て現金資産が130,413Neuro (=13,041,300Yen)に一気に膨れ上がった。


「これで紗雪とティアのドレスが買えるね♪」

「「「『その前にオーナー(主)(汝)(ナオさん)の防具を何とかしてください (しなさい)!』」」」

 綺麗にそろって4人から叱られるのであった。

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