第5話 "ティアに蘇る力"

 本庁舎地下、がらんとしたその空間には扉がずらっと並んでいた。ダンジョン入口の並ぶ協会や、組合裏の神殿と異なり、大半の扉が無機質な黒い石の扉で、彫刻も何も施されていない。

「こちらの特別召喚室をお使いいただきます」

 そんな区別のつかない扉の1枚に案内される。


「中に入られましたら、部屋の中央に進み、互いの体の一部を触れ合わせ、心を通わせることを意識してください。紗雪さんは申し訳ありませんが中に入られましたら、入口でお待ちください」

「わかったわ」


 転移の扉の先は闇色の、何もない空間だった。辛うじて足元が見える薄明かりの中、先に進む。

「しっかりね」

 腕の中から飛び立った紗雪は言いつけ通り入口で待機、そっと見守る。

「触れ合うとは、えと」

 恐る恐る手を差し出してくるティアの両手を握り返す。

 1週間の培養ポット生活の際のおぼろげな光景を思い出そうとしつつ、ティアの金色の瞳をまっすぐ見つめる。

 途端、部屋の照明が完全に消え、闇の中に取り残される。

 ふわぁ、と、可愛らしい悲鳴を小さく上げ、よろけそうになるティアの手を引き支える。

 完全な闇の中にあって、だんだんと平衡感覚が怪しくなってくる。

 とん、と、胸に軽やかな重みが触れる。

 ティアが倒れ掛かってきたのを感じ、握っていた手を離し両肩から背中に腕を回し、そっと抱き留める。

 おずおずと、背中に回し返されるほっそりとした両腕。

 からだが密着し、少し早くなった心臓の鼓動が互いに響きあう。


 どれほどそうしていたのだろう、目が慣れても何一つ見えない闇の中で互いの体温と鼓動の音だけを感じ、徐々に溶け合うかのような感覚に襲われてくる。

「主様ぁ……」

 ぎゅっとさらに力を込めて抱きしめられる。すんすん、と匂いを嗅ぐような音と、はふぅ、と微かな鼻息が聞こえてくる。

「ティア……ティアナレア……」

 ナオの身体から何かが吸い出されるような感覚を感じる。


 ふわりと、3対の翼が広がる。

 光輪が頭の後ろに現れ、闇を照らし出す。

 潤んだ瞳で見上げるティアの姿が露になる。そっと、背伸びし、

 ちゅっ

 湿った音と、微かな感触を残し、頬への口づけが離れる。

 涼やかな笑みを浮かべ、そっと、ナオの胸を押し離れる。

「今はただ、貴方の盾となる力をこの身に。いづれ共に戦場を翔けるその時に至るため」

 纏う衣装が柔らかなヒマティオンから、ドレスアーマーへと変わる。

 アーマーの金属部の装飾が鋭利さを帯び、より流線型の洗練されたシルエットへ変わっていく。

 初めて召喚室で見た6翼の天使の盾が、大きく広げたティアの両腕の間に現れる。

 白金色の表面の美しい、やや流線形を帯びたタワーシールド。

 縁は金色の装飾で彩られ、表面には精緻な金線で描かれた文様が刻まれている。

 蒼銀色に淡い光を発したかと思うと、盾の両側から3対の翼、上下へ閉じた2対、中央横へゆったりと羽ばたく1対が、広がる。

 明らかに硬質な金属性でありながら、滑らかに羽ばたく翼。

 さらに眩い輝きを放った刹那、ナオと、部屋の入り口に浮かび見守っていた紗雪の周りにドーム状の蒼銀の光の膜が現われる。

 ゆっくりと、盾がティアの両腕に降りていき、変貌していたティアの姿が元に戻って行く。

 盾から広がった翼も、2中央横へ広がる1対2翼へと減じた。

 後に残されたのは、鎧の変化と盾のみだった。


「一層、凛々しく、美しくなったね」

「ありがとうございます、主様。これで、お役に立てるとよいのですが」

「シャボン玉のような綺麗な膜は結界の一種かしら?」

「はい、そのようです。外部からの衝撃を吸収する盾のような役割を持ちます。最も、私の成長に合わせて強度が変わるようなので現状では……」

「十分以上さ」

「あとは盾の変形ですが、これは今は純粋に形が変わり盾の受ける面が広がる事と、私の耐久が上昇するようです。ゆくゆくは変わるのかもしれませんが。今カード化してお見せします」



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 名称:熾天の盾

 装備要件:専用装備-架空体”ティアナレア”


<性能値>

 DEF, IDEF ×1.2倍

 ※装着者の総合的な能力に応じて上昇する


<特性>

 成長武器

 自動修復


<付与スキル>

 固有 -- 聖域顕現

 任意発動:魂の繋がりを有する者達を清浄な領域に保護する

 自身のDEF, IDEF総合値と等しい強度を有し、状態異常への耐性を与える

 強度は装着者の位階に依存する


 固有 – 聖翼顕現

 任意発動:装着者の翼を盾に顕現する

 ATK, IATK ×1.1倍 / DEF, IDEF 倍率+0.1倍


<参照価格>

 算定不能

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「これはまた、すごいね……」

「本当ね」

「未熟な身には過ぎた盾ですが……使いこなせるよう頑張ります!主様、せっかくダンジョン空間内ですし、先ほど戴いたカードもお使いになっては」

「そうだったね」


 九尾の狐?のカードと、コロニー長にいただいた白紙のカードを取り出す

「ん~、こうでいいのかな?」

 十二単姿の女性の絵柄を上に、裏から白紙のカードを重ねてみる。

 すーっと、溶けるように白紙のカードが吸い込まれていった。

 表裏と確認するが何ら変化はないように見える。

「よくわからないわね」

「うん、特に何かを感じるような感覚も無いね」

 明日の大一番に向け切り札となるのか、少し不安を覚えるナオ達であった。


 部屋を出ると寸分たがわぬ姿勢でスーツの女性が待っていた。

「当日お使いいただく転移扉にご案内いたします」

 すたすたと、迷いなくどれも同じに見える扉の前を進んでいく、そうしてたどり着いたのもまた、先ほどと違いの分からない扉だった。

「こちらになります」

「大変申しづらいのですが……正直違いが判らず。覚え方とか、何かあるのでしょうか」

 言われ、考え込む女性。

「確かに、そうですね。目印に扉の前に花を活けておくような事も考えられますが、万が一もあってはいけませんし。では私が明日もご案内することにしましょう。」

「申し訳ないです」

「いえ。ミキさんはどのようにお連れになる予定ですか?」

「まだ考えてはいませんが、庁舎に私のような者が予定があって、というのはあまりないですよね」

「そうですね。探索者の皆様は組合でおおよそのご用事は終わってしまうかと」

「私の探索者ランクで1区に用事というのも、う~ん」

 自然にこの場所へ連れてくる事の難易度の高さに今更ながら思い至るナオ。


「オーナー、もうこうなったら、後処理で大変だったであろうミキの慰労という名目でいつものようにお家で食事会。眠らせてここまで運んできてしまうしかないのではないかしら」

 煮詰まる議論に紗雪から過激な意見が出る。

「無味無臭の睡眠薬でしたらご用意できますよ」

 と、女性も何事も無いように告げる。

「仲間に睡眠薬って……う~ん」

「主様、背に腹は代えられません!」

 ティアまで乗り気な様子に、やむを得ないかと腹をくくる。

「ご予定を連絡いただければ、移動手段もこちらで用意いたしましょう。ミキさんに見られてはいけませんので、事前に付近で待機させ、ご一報いただき次第速やかにご自宅屋上に迎えにあがらせましょう。コールはこちらにお願いします。」

 と、連絡先情報を端末に受け取る。

「いろいろとすみません」

「いえ、当方としましても重要なお願いを、申し上げていると認識しております。お気になさらず。ミキさんをお運びの姿を見られるのもよろしくないかと思いますので、本庁舎へは裏手の職員用の入り口へお付けします。そこでモービルをお降りいただき、私がご案内にあがります。」

 他こまごまとしたことを詰める一行。

 本庁舎の建物を出る前に改めて、本庁舎外に出ればすぐに異星体ネットワークとの接続、監視が再開されるため、言動に気を付けるよう注意を受ける。



 ミキにメッセージを送ったところ、間もなく返信が来る。

 まだ2日ほどは拘束されるとの事で、決行は3日後の午前となった。

 再び紗雪に頼んで異星体ネットワークから一時的に遮断してもらい、その旨をコロニー長のところの女性、彼女は秘書か何かだったのだろうか? 何も聞いていなかったことに今更気が付き、身内以外への関心が存外に薄い自分に気が付いたつもりになるナオであった。

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