第4話 "ミキの秘密"

「よく来てくれたの、まあ、かけてくれたまえ。そうそう、この建物の中は、異星体のネットワークの監視からは除外されておるでの」

 煌びやかな摩天楼と贅沢な自然の混在する1区、その中でも最も高く豪奢な建物が本庁舎。コロニーの管理機能が集約されている建物だ。

 組合の業務で拘束されたままのミキには今日はダンジョンは休みにするとメッセージを送り、ティアと紗雪を連れやってくると、エントランスに入るやグレーのスーツをぴっちりと着こなした女性に連れられ、最上層付近と思われるここに連れてこられた。

 い草の香る畳敷きの和室、正確には茶室、だろう。

 躙り口にじりぐちも奥に見えるが、作法に明るくないことも見越してか茶道口から普通に案内された。

「何緊張することはない、茶の飲み方なんぞ知らぬのが当たり前の時世じゃ。型通りのあいさつなども一切不要。楽にしてくだされ。とはいえせっかくじゃし、一服、点てさせていただきましょうかの」


 丁寧な所作で、抹茶を点て始めるコロニー長に緊張の面持ちで畳に正座で待つ3人。

「これは失礼、座りにくいでしょうな。どうぞ楽になさって。ほれ、掘り炬燵にもなるでの。ほほほ、面白い機構じゃろ?」

 なんとも型破りな茶室もあったものだが、正直有難いと、沈み込んだ足元に足を挿し入れ、畳ソファーのようなあり様に変形した席に着く。

 和菓子もそれぞれに1皿づつ用意されてしまい、挙句せっかくの抹茶に白砂糖までも用意されるに至り、記憶の中に茶道の知識など無いか、掘り返すのをやめた。


「このお餅に果物が入っているの、おいしいわ♪」

「はい!初めての感触です。白餡? というのも、甘すぎず果物とあっていますね」

 ついにお代わりまでいただいて紗雪とティアが大喜び。好々爺然と、優しい目で見つめるコロニー長。

 おなかも落ち着いたころ、ようやく本題が切り出される。


「さて、今日はわざわざすまんかったの、あらためて感謝する。まず彼女の事であるが、登録上は妖精種じゃが、そのありようについて一応君の口から聞いてもよいかね?あぁ、心配しなさんな、当然わしは知っておる。が、君の口から聞いておきたいのじゃ。」

 紗雪に視線を送り、聞かれ、瞬時戸惑うも実害のありようもない事かと、腹をくくる。

「はい。こちらの紗雪は私の生誕直後からのパートナーで、”人形種”となります」

「ふぉふぉ、やはり、やはりの。ナオ君、君はしっかり枷が外れておるの。良い、期待通りじゃ」

「? 枷、ですか?」

「意識しておらねば気が付かぬか。彼女との契約の後、このように説明されておらぬかな? “人形種とは漏洩防止措置の対象であり、その名を口にすることはできぬ”と」

 良く思い返せば確かに、ミキからそのような説明を受けたと思いだす。

「つまり、じゃな。わしが知っておると、いくら事前に説明しておろうとも、本来君は今の発言を口にすることはできんのじゃよ。口にしようとすれば、息はつまり、言の葉は止められる。無理を通そうとすれば意識を失い倒れるじゃろう」

 その言葉に、何かがまずいのではと、身構えるティア。

「主殿は……」

「ほほほ、ほんに良い、仲間想いの架空体の少女、否これは失礼じゃな、天使の少女であることよ。案ずるな、儂は決して敵ではない。そして今の試しをもって、ナオ殿を正式に信頼し、あることを託すためこれから説明をさせていただこう」

 目も笑みを浮かべる柔和な表情に、呼び名の変化と共に敵意のないことを感じ、腰を落ち着けなおすティア


「さて、まず漏洩防止措置と人類じゃな。空想探索者は生まれはすでに成人18歳。それ以前の記憶、これは基礎記憶を脳に刻み込むとともに、架空世界を体験しているわけじゃが後者の記憶は抹消され知りえない。これは理解しておるな」

「はい」

「記憶の消去、記憶の書き込み、挙句人格をもち記憶の連続性を保持するようになった18歳以降も漏洩防止措置という名の行動の物理的な制限がかけられる。これが今の人類まのじゃ。これには一面否定しづらい側面もある。大崩壊前の一般的な犯罪、窃盗、暴行、強姦、殺人、詐欺。空想職に就く調整種人類が暮らすコロニーにおける現在の発生率は知っておるかの?」

「いえ。ですが特に被害について聞いたことは……昨日の誘拐まではありません」

 思い出し、思い直しつつ応える

「うむ。昨日の件は脇に置くが、一般調整種人類による発生件数は完全にゼロじゃ。警察組織も司法組織すら表向きにはまともに存在せん。大崩壊前の空想物語に照らせば、探索者、あるいは冒険者とも呼ばれる者達は荒くれものであり、喧嘩事も日常茶飯事とうたわれておったが、これまた品行方正なものよ。イベントや大会等の用意された場以外で争いなぞとんとおきやせん。これもすべて、”管理社会”を実現した人体調整の一種が、生まれる前から組み込まれておるためじゃ。」


 紗雪とティアの手元のお菓子がなくなったのを見て、今度は魚の形をした牛皮のお菓子が出てくる。

「ところがな、この管理の枷が外れる例がある。その一人がナオ殿じゃ。”神樹の雫”。死に瀕したうえでこれを服用したことが無いかな?」

 思わぬ名前に驚きつつ、頷く。

 既に意識が無かったが、牡牛の群れに瀕死の重傷を負わされた後、命をつなぎ留めてくれたミキからの贈り物だ。

「これも一つの条件じゃ。もともと、魂の形が適していることが大前提じゃがの。おそらく、消去されているはずの架空世界での記憶もぼんやりと、脳裏によぎることがあるのではないかな?」

「はい、確かに。先般治療ポットに1週間ほど入った後、記憶に無い記憶、おかしな表現ですが、イメージ画像や音声のように、フィルムの切り取られたコマのように浮かぶことがあります。すぐに忘れてしまうのですが……」

「今はまだそんなものじゃろ。兎角、大事なのはナオ殿の枷が外れていることじゃ。ここからは、頼みたいこととも繋がる、このコロニーの闇とも言うべき秘密に話が及ぶ。聞けば巻き込まれる。その勇気はあるかね?一つだけ判断材料を渡すなら、”ミキお嬢ちゃんを救うためのお願い事”と、だけは先に明かしておこう」


 仲間と、身内と思っているミキの名を出され、否を応える気持ちはわかなかった。とはいえ念のため紗雪とティアを見るが、当然のようにうなずきがかえってくる。

「問題ありません。ぜひお聞かせください」

「ふぉふぉ、良きかな、良きかな。わしはコロニー長と呼ばれておるが実態は何もこのコロニーに限定せず、大崩壊前の日本と呼ばれた一帯にあるあらゆるコロニー、天然種の住むものも含めてを統括しておる。ここに本拠を置いているのは、娯楽惑星の中で異星体の最大の関心を集め、最も興行収益を上げるのが空想探索故、その中核たるここに居を構えておるからじゃ。斯様に探索者組合と、ダンジョンがあげる収益は大きい。その統括を任せているのが、現組合長、昨日会うておるな」

 宝石をごてごてと身に着け肥えた男を思い出す。


「かなり以前から、我が身可愛さ、贅の限りを尽くさんと私腹を肥やすようになっていたが、裏でまあいろいろと悪さをするようになっての。発覚からこちら、徐々に手足を縛ってはいるものの異星体の中にはそれすら娯楽と、支援されるような場合もある始末。そんな奴の異星体とのコネを太からしめる商いのが2つ。異星体がこの地で遊ぶ”アバター”の用意と、”神樹の雫”じゃ。前者は異星体側でも問題視されており、一層管理の徹底がなされてきておる。問題が後者じゃ。

 魂を持たない、異星体が入りこむ事ができるアバターを生み出す中核素材として使用されるため、コロニーとして必須の素材。

 加えて、副次的に致命傷も治す奇跡の治療薬としての性質をもってお気に入りの探索者を失いそうな異星体に譲り恩を着せる、まあ他にもいろいろに使っておる。

 この供給源、言葉を選ばねば原材料、が実はミキなのじゃ。」


 あまりの話にすぐには飲み込みかね、茶で喉を湿らせ一呼吸とるナオ


「まあ、安易な名前での、神樹(しんじゅ)→みき→ミキと、このような名づけじゃな。ちなみに名付け親は儂じゃがな。

 元々このコロニーには神樹と呼ばれる大樹が組合管理下のダンジョン内に確保されておった。イベント会場等で使っておるようなダンジョンと同じ、制御されたダンジョンじゃ。ところがある日、いつというとミキが年がばれると怒るでな、内緒じゃぞ?ある日にな、そのダンジョンが消滅した。たまたま、であったのか、何者か異星体の手引きがあったのか、真相は闇の中じゃが、組合職員として自由を謳歌していたミキだけが、残った」

「少々お待ちください、そのお話ではミキは人類では」

「おぉ、そうじゃ、それが秘されておったか。ミキはな、そこなティナさんと同じ、架空体じゃ。契約者、召喚者はおらず、組合が持つダンジョン外での具現化手段を用いて常にカードから具現化しておる」


 そのような装置があると確かにミキから依然聞いたと思いだす。よもやミキがそのようなとは思いもしなかったが。


「してミキの正体は”神樹の精”。国によっては”世界樹”などと呼ばれたり、”ドリュアス”、”ドライアド”、などと呼ばれるような存在の概念が原型となり、生まれた存在じゃ。あくまで”神樹の精”であって、他の何者でもないがの。

 かくてアバター生成の鍵であった神樹のダンジョンが失われた矢先、組合長の奴め、ミキの嬢ちゃんに人類が施されておるような、枷を存在の核というようなところに打ち込みおっての。以来、彼女の行動には組合長の意図による枷がはめられておるわけじゃ。生まれながらに処置が施される人類とは違うためか、神樹の精としての性質故か、完全な制御下には無く自由意志をもち、しかし直接的な命令を受けると、行動が制限されるといった仕組みのようじゃ。じゃから、ナオ殿達を好いている気持ちは嘘偽りない本物、安心してほしい。

 かくて、神樹の雫を生み出せる唯一の存在、ミキを抑え、組合長の権限は一気に強まったというわけじゃ。

 以来さまざまに対抗策を検討したが、いかんともしがたかった。

 正確には、対抗策はわかっておるが、枷のはまった人類では、奴とつながりのある有力異星体に行動制限がかけられ、頓挫する恐れがあったのじゃ。

 長い説明になって悪かったが、背景はこれで以上じゃ。質問はあるかの?」


「いえ、ここまでは大丈夫です」

 紗雪とティアもこくりと頷く


「よろしい。さて、では実際の依頼、否お願いなのじゃがな。ある場所から“神樹の苗木”を取ってきてほしいのじゃ。

 組合長の制御下に落ちたミキだけが神樹の雫を生成できるために奴に権限が増す。

 雫が手段はともかく生み出せる以上は異性体からすればアバター生成が可能である以上、介入は望めない。

 なれば、雫を生み出す神樹を再び取り戻し、コロニー全体の管理下に置きなおせばよい。

 ちなみに”神樹”と違い、”神樹の精”が雫を生み出すのは大きな負担がかかる行為じゃ。ミキの心身を失いかねないほどのな」

「その場所とは?」

「B級ダンジョン、”神樹の森”じゃ」

「「「B級!?」」」


 現状E級を主な活動の場としているF級探索者であるナオ達。はるか格上の目的地に流石に驚きが混ざる。

「うむ。ナオ殿達の戦力を理解してはおる。戦闘力だけでいえば現状の枠組みは超えるもののそれでも、D級でなんとか、C級ともなるとかなり苦しい。そのようなところじゃろう。だがな、これは枷の外れたものにしか頼めず、かつ、ミキお嬢ちゃんを思ってくれうるとなると其方そなた達しかおらぬのじゃ。もちろん素直に攻略をと頼むわけではない。こちらでできる限りの手を打たせてもらって居る」


 そうして説明された作戦前提とも言うべきものが

 ・本庁舎地下にあるコロニー管理下のダンジョン転移扉を用い、”神樹の森”の目的地、最深部にそびえる神樹にほど近い地点へ転移させる

 ・該当ダンジョンの地図を提供する

 ・目的の苗は神樹の森のボス活動範囲内ではあるが討伐は不要

 ・神樹の幹の傍、桜色の花をつけた若木が目的の苗木

 ・強制的にカード化する効果を持つ勾玉を通したネックレスを、若木の幹にかける。そうしてカード化した苗木を持ちかえれば目的達成

 ・ミキは連れて行って良いが、直前まで目的地は秘密にすることが必須。ミキを連れて行く場合チャンスは一度のみ

 ※ミキの行動は監視されており、筒抜けになる。ただし、新たな命令はダンジョン外からでは下せないため、連れて入ってしまえば、外に出るまでは問題ない。行動制限はできるが行動強制はできない。


「それと、このカードを譲ろう」

 差し出されたのは白紙のカードだった。

「九尾狐のカードを受け取っておるじゃろう。この札を、そのカードに取り込んでみるとよい。本来そのような特殊なカードは初めて契約する際に、召喚主の位階に応じて力を弱める場合が多い。そのカードを取り込んでおくことで、この制限を外し、召喚が可能となる。ただし、効果は一度きり、具現化する時間も長くて5分がよいところじゃ。カードの効果無く1度でも召喚すれば、位階は落ち、再度育てなおさねばならんくなる」

「しかし、そもそもの召喚が今のところ成功していないのですが」

「それも案じずともよい。ちぃとズルにはなるが、そのように一度関係を結べば、後はより簡単に契約を結び、召喚できるようになるであろう。その2回目をすぐとするか、いつかに取っておくかは自由じゃ。して報酬じゃがな、この希少なカードがまず報酬の一つとなる。主を定めぬ特別な架空体との契約の支援という事じゃな。そしてもう一つ、天使の少女ティアよ」

「わたくしですか?」

「うむ。ティア嬢はナオ殿の架空世界の記憶、魂に刻まれた大切な想いが具現化した存在で間違いない。貴方の力となる何か1つ、これをナオ殿の記憶から呼び出し具現化しよう。武具であるのか、かつての力の一部であるのか、何が具現化するかはわからぬが、これも今回の旅路の役に立とう、先払いで渡す」

「それは、大変ありがたいお申し出ですが……主殿を差し置いてなど」

「ううん、俺のことは気にする必要ないよ、ティアが力を増してくれるなら何より頼もしい」

「主殿……」

 以前課題と考えていたティアの強化への道筋が早期に示され、内心喜びを感じるナオ。


「それにのぅ……ナオ殿の強みは魂の有りようにあるのでの。本人の助けになる強化というのもちぃと外野からはむつかしいのもあるでの……。紗雪嬢は儂が下手に介入すると”人形作家”が怖いしのぅ」

 最後は何やら遠い目でつぶやかれるコロニー長であった。


「話は以上じゃが、どうかの?最終確認じゃが、受けてくれるかの。なお、万が一失敗の時は報酬についてはそのまま納めてもらって構わぬ。ただしその場合、最大の報酬にあたるミキへの救援について、儂が動く事は絶望的になることは心して欲しい。わしとしてもこれが最後の機会なのじゃ。」

「謹んでお受けします」

「良きかな良きかな。頼むでの。では、ティア殿の件は先ほどの者に案内させる。組合の施設では察知されるでの、この本庁舎地下にある設備を使ってもらう」


 言われすぐにスーツの女性が現われる

「美味しいお茶を、ありがとうございました。良いご報告ができるよう、頑張ります」

 挨拶と共に茶室を辞した。

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