第5話 "スタンピード "

 幾重にも重ねられた繊細な曲線が織りなす美しいシルバーの枷が、触れれば手折れそうな首筋にそっと嵌められる。

 重みに震える腕を抑え、相似形の、されどその小さな手には過ぎた大きさのシルバーの枷が、男の首にお返しと嵌められる。

 お揃いの枷に、至上の栄誉とばかりに溢れる歓び。

「いつも、いつまでも、私を見ていてね?」

 届いたお揃いのチョーカー型端末は、実に満足のいく出来であった。


「なんだかもう、結婚式でも見ている気分なのですが~、え~こほん。そろそろいいですか~?」

 先日の個室に案内し、完成したチョーカー型端末を渡すや2人の世界を長々見せつけられ、拗ね気味なミキが流石に止めに入る。


「う、失礼しました。つい」

「な~んか、この2日間でますます、イチャイチャぶりが加速しているような~」


 紗雪のドレスが形状変化可能なものであると知って後。

 生誕3日目の午後半日こそ与えられた記憶を探り、端末経由得られうる限りの情報の収集に費やしたものの。

 4日目の1日は自室で二人して、次はどの服がいい、あの服がいいと、探索準備もそっちのけで”人形種”専用通販サイトを昼も夜も巡っていたのだ。一応頭の片隅で、併せて統合される性能も見てはいた。のだが、意識の大半は紗雪の着飾った姿の妄想に傾いていたことは否めまい。この服を買ったら紗雪の着替えをしてあげないといけなくて、その場合……とさらに言葉にできない妄想までもうかがんだことはなおさら秘密だ。


「召喚した少女に付ける名前も、ちゃんと考えてありますね?カードも持っていますね?」

「はい」

「探索カバンは持っていますね」

「ここに」

 厚手の生地に硬殻素材で底打ちされ、中が複数のセクションに分かれたバックパックを見せる。

「短剣のカードは手元にありますね」

「しっかりと」

 シンプルな鉄の短剣が描かれた金属質のカードをベストの脇ポケットから引き出す。

「万が一のためを含めた、飲用水と合成食5日分」

「カバンの中に」

「よろしい! では、くれぐれも気を付けて。良き旅を」


 召喚室を使った2日前、結局ミキに導かれ購入したのがこれらの品であった。

 標準的な探索カバン。

 モンスターを討伐すると手に入るものは大きく2種類。

 ほぼ必ず手に入る”魂石”と呼ばれる小さな石。その純度や大きさに従い”sol”という単位で価値が測られ、換金してもらえる。何に使われるのかは不明。

 ランダムで手に入るのが各種カード。敵生体の死体はすべて黒い霞となって消える。適するものがあれば自身の強化に。不要なものは買取りや、希少性が高い場合、組合を通じてオークションに出すこともできる。

 こうした入手品の性質と、予備の装備品やアイテムはカード化して持てることから、探索者の収納力はそこまで過剰に求められず。むしろとっさに使うカード化された品をすぐに取り出せる収納付きの服やポーチ、カードホルダーの方が求められるそうだ。

 予算の都合で防具と呼べるものは手に入らず、厚底のブーツとグレーのタクティカルベスト、鉄製の短剣を1本。

 〆て700Neuro (70,000Yen)。でいよいよ資金は残り20Neuroと枯渇した。


「あとこれはミキから、心ばかりのお守りです」

 紗雪を抱くのと反対の右手を両手で握りしめられる。

 離れたぬくもりの後に残されたのは薬だろうか、桜色の液体が入った香水瓶ほどの大きさのガラス瓶が描かれたカードと、魔法陣の描かれたカードの2枚だった。

「戻って来さえすれば、調整種となった人類であるナオさんのお怪我は培養ポットで治療が可能です。でも、もし万が一。帰り着くことができないような事があれば、生命を、魂を、取り戻すすべはありません。必ず元気なお顔をまた見せに来てくださいね」

「そんな、初級も初級、しかも危険も無いよう選んでいただいたダンジョン、大袈裟ですよ。でも、ありがとうございます。心強いです」

 大切に左胸のポケット収納にしまい込み、右手で抑え、しっかりとミキの瞳を見つめ告げた。




 移動用ビークルで外周まで約20分。コロニー南に位置する私室と、中央組合を結ぶ線上にある教会建築。11時と一日を始めるには遅い時間故か、出入りも絶えたこの中にG級ダンジョンへの転移扉が多数設置されている。

 各転移扉前にそれぞれ設置された遠隔スキャナが自動的にナオと紗雪のチョーカー端末の情報をスキャン。

 侵入を許可する緑にスキャナのインジケーターが光る。


 いよいよここから始まるのだ。快い緊張とともに、角の生えた兎の絵が刻印された転移扉を開き、口を開く闇へ踏み込む。

 微かな抵抗を感じ、幕を抜けるような感覚の後。

 足元はところどころに正体不明の草が生える土の地面。

 目の前に広がるのは1辺1m程の四角く切りそろえられた石材を互い違いに組み上げられた壁と天井で形成される通路だった。壁には松明の炎が掲げられており、内部は十分な明るさが確保されている。

 とはいえ、揺らめく炎の灯りは照らされぬ闇もいっそう強調しているのだが。


 後ろを振り返ると、もやを発する闇が広がる。念のため闇の向こうをのぞき込もうと一歩踏み出すと、先ほどの教会内部に通じていた。

「うん、きちんと出られるな」

「心配性ね。でも、そういうの大事よ」

 左腕にしっかりと抱きしめた紗雪から声がかかる。

 現状彼女の移動ではナオと歩く速度にあまりに違いがあるため、何らかの手段が確立できるまでは当面、ナオが抱きかかえて探索を進める予定だ。ナオが激しい近接戦闘を積極的にこなすことはむつかしいだろう。


 その意味でも、彼女の存在が大きな役割を占めることになる

「来てくれ」

 先日召喚に応えてくれた少女のカード。キャラクターカードを胸の前に掲げ呼びかける。

「御前に、我が主」

 わずかな輝きとともに眼前には左膝を立て跪く、松明の炎に照らされ赤く輝きを孕むプラチナブロンドの少女。

「そんなにかしこまらないで欲しいな。これから仲間としてお世話になるのだから」

 諭され、かえって玲瓏たる白皙の顔に戸惑いが浮かぶ。

「しばらはなるように任せるのがいいのではないかしら。変えがたいさがもあるでしょうし」

「恐縮です、姫」

「ひ、ひめ!?ま、まぁ」

 まっすぐに返され紗雪は照れてしまったようだ。


「見ての通り、当面は彼女を抱えての探索になる。一応基礎的な知識は埋め込まれているので戦闘行動はとれるけれど、あくまで最低限になると思う。負担をかけるけれども、たのむね。」

「はい、承りました。いかな障害とて、切り払ってみせましょう」

「それと、貴女に名前を送りたいのだけれど」

 とたん、わっさわっさと、振られる尻尾を幻視した。喜んでくれるようだ。

「ティアナレア 愛称でティア と考えたのだけれども、どうだろう?」

「ティアナレア……ティア。はい、心地よい響きです」

「安心したよ。ではよろしくね、ティア。さあさあ、では立って。進む前に一つ、試させてほしいのだけれど、”浮遊”というのはどういう感じになるのかな?」

「はい、これは」

 軽く肩甲骨のあたりに力を入れると、ふぁさっ、と閉じられていた純白の翼が広がる。

「こうして天使の羽根に魔力を通しまして、地表から50cm程の高さに浮いて移動できる特性になります。あいにく”飛行”に至ってはおりませんため、このように地のそばを浮くだけでございますが……」

「おぉぉ、美しい!さすが天使、と言っていいのかな、神秘的で綺麗だよ!」

 まっすぐな誉め言葉に頬を染めるティア。

「あくまで高度の基準は足を床につけた場合にある程度の広さを動き回ることが可能な地面、となるようで、狭い足場から浮き上がる等の使い方はできないようです。格が上がれば徐々にできることも増えるのかもしれませんが」

「十分だよ。今後足場の悪い場所や罠なんかがあった時に、きっと力になってくれるね。さて、一応最下級の初歩的なダンジョンと聞いているけれど、早速進もうか。」

 道幅約3m、彼女が剣をふるうにも十分なスペースが続きそうだ。翼をしまい、てくてくと先頭を歩き出すティア。


 地図は端末が移動距離やモーメント、映像解析等をもとにある程度自動的に生成してくれる。

 明らかな誤りや、書き足しをしたければ、透過型ウィンドウで表示される地図に自分で加筆修正していく形だ。

 残念ながらレーダーやソナーのように、踏破していない場所や扉の向こう側等は記録してくれない。

 目視で突き当りが見えていたという場合も、足を踏み入れてはいないとわかるよう別の色で書き足しておく。


 しばらく進み、分岐が見えてくるころ。ティアが剣と盾を構え、一行を制止する。

「来ます」

 遅れること十数秒、松明の影となった角の暗闇に、赤く光る瞳が1対……2対……3対。

 ぴょん、ぴょんと飛び跳ね向かってくるのは頭に10㎝程の黒い角が生え、強靭な後ろ足に支えられ、狂相を浮かべた黄色い兎だ。

 アル=ミラージ。まさに人類の空想伝承をもとに異星体が生み出したダンジョンゆえの生物といえよう。

「2体、抑えられるかい?」

「はい」

 ウサギたちの跳躍に合わせ、盾を前に突貫する

 勢いのついたシールドバッシュに甲高い奇声をあげ、奥へ弾き飛ばされる1匹

 ティアの足元を両側から同時に抜けようとする2匹の一方を、すり抜けざまの一閃が刈り取る

 与しやすしと捉えたか、強靭な脚力で銀閃を掻い潜った残る一匹は、勢いのまま直進し凶悪な角をナオの腹部に向け、飛び掛かる。

「む、断ち切れないか」

 よけにくい体中央への突貫を半身に1歩ずれ、かわし、すれ違いの斬線を首元にあてるが、引き締まった肉の鎧と体毛の滑りに浅い傷にとどまる。

「ただ与えられただけの技術とは思えない技量、お見事です。が、筋力と武器の切れ味、双方の不足でございましょう」

 体を低くし着地寸前のアル=ミラージに鋭い刺突でとどめを刺すナオの背中にティアの声がかかる

「それに、私を抱えながらなのに、すごいわ。全然揺れも感じなかったもの」

「なんだか面映ゆいね。それよりもティアはさすが、見事な腕前だ」

 初撃で弾き飛ばしたアル=ミラージも返す一閃で仕留めたのは視界の隅で見えていた

「これくらいなら、紗雪の歌の援護はもらわず、進めそうだね」

 アル=ミラージの残滓が靄となって消えた後、小指の爪の先ほどの大きさの、オレンジ色に微かに輝く半透明の多面体結晶が落ちていた。

「これが魂石か」

 拾い上げ、背中の探索カバンの魂石収納スペースへ。カバン側面上に開閉する投入口があるので、いちいちカバンを下ろさずに済んで使いやすい。ミキには良いものを勧めてもらったと、細かなところで感謝をささげつつ先を促す。


 1時間ほど第1階層を進んだ頃。

 残念ながらお宝に遭遇することもなく、アル=ミラージの魂石が計8個となり、下の階層へ下りる階段に行き着く。

 最初級ダンジョンだけのことはあるのか、分岐も2か所、行き止まりもすぐと、ほぼ一本道の様相だった。

 降りた2階層も1階層と何ら変わらない通路が広がっていた。

 降りてすぐには5m四方程の空間が広がっており、地面がうすぼんやりと青く発行していることが唯一の違いだろう

「これが安全地帯というものなのね」

 むき出しの土の地面が光っているのが不思議なのか若干身を乗り出す紗雪。

 薄開きの唇に、ひょいっ。

「ん、んん~」

 こっそり買い足して忍ばせていた濃厚イチゴ味のミニ合成食チップを挿し入れる。

 不意打ちに唇を尖らせつつも、もぐもぐするさまを愛でつつ、

「ティアも、ほら」

「いただきます」

 差し出されたナオの指を前に、手を後ろ手に組み、おとがいを上げ口をうっすら開くティア。

 ん?んん?と、思わず困惑するナオに、秒単位で、戦闘中であっても崩れぬ表情に朱が増していき、ついにたまらず

「だ、ダメでしょうか……」

 揺れる金色の瞳がついと目線をそらす。

 それでも変わらぬ彼女の姿勢と目じりに浮かび始めた湿り気に根負けし、そっとストロベリーカラーの塊を、紅をさしたわけでもないのに赤く艶やかな唇に差し出す。

「美味しいのです~」

 幸せそうな様子に思わず和んでしまう

 喉を湿らせ、わずかな休憩の後、弛緩した空気を振り払い、ティアを先頭に再度歩みを進める。



 しばらくはまたアル=ミラージが散発的に襲ってくる代わり映えの無い光景が続き、最大でも同時3体では、流石に危うげなく対処する。

 やがて一行の前には急に大きく広がった草原が現れた。

 とはいえ、外縁部を見れば壁や天井は依然として先ほどまでと変わらぬ石造り。

 ただ、天井の高さは6mほどにも達し、緩くカーブを描く壁の先ははるか彼方へと続いている。

「これは、ちょっと予想外、かな」

「そうね。そしてあれは何かしら、牛?」

 紗雪の指さす先を見れば黒い塊の集まりがちらほらと。

「これはまたなんとも、牧歌的なだけなら良いけれど、襲ってくるとなると視界を遮るものがない中、どれだけ集られるかたかられるわからないね」

「数頭の集団であれば何とかなりそうですが、群れともなると、さばききるのは不可能ですね。他の集団が向かって来ない保証もありませんし」

 鋭く太い角の屹立する牡牛を見やり、危機感に同意するティア。

「見える範囲では青々とした草の多くししげった壁外周から離れたところに多いようだし、とりあえず外周沿いに進んでみようか。先へ進む方法が草原内部とかでないことを願って」

「賛成です」

 賛意を示し、壁に近い側をナオと紗雪に譲り、外周を先導するティア。

「少し成長すれば、暴走牛の群れなんかにも楽々対処できるようになるわよ♪」

「そうだね。でも、その頃にはG級ダンジョンには入らなくていいようになっていたいな~」

 苦笑とともに紗雪に応えを返す

 しばし順調に進み、壁の曲面から円筒状と思しき大きな部屋左半分の外周8割は進んだと思われる頃、

「あれは、避けられないね」

 ひときわ立派な角を誇る体高2mを超える牡牛が警戒するようなまなざしを向け、左前脚で地面を掻き、こちらをにらみつけるのに遭遇してしまった。

 素早く視線を走らせるナオ。中央寄りに大きな岩がいくつか点在している。

 さらにその奥にはぽっかりと暗い口を開く、通路の入り口、おそらく進むべき道筋だろうか。3mほどの高さを持つその通路はしかし、この巨大なお牛を阻むには役者不足だ。

「やむを得ない、これは倒そう。万が一無理と判断するか、他の群れが来るようであれば、あそこの岩場を上り、一番大きな岩の上に逃げるよ」

「了解です。巨大牛の注意はできるだけ私が」

「いや、俺の短剣だとおそらくまともに奴の肉を貫き通せない。正面に立って注意をできるだけ引いてみるから、攻撃手をティアに頼みたい。紗雪は呪歌で少しでも奴を弱らせらてほしい」

「わかったわ」

「承知しました」


 雄叫びを上げ、巨大牛の面前に飛び込むナオ、辛うじて巨体の突進に速度が乗る前に、鼻先を浅く切りつけつつ抜けることに成功する。

 ひときわ興奮の度合いを高め、低いうなり声とともに鋭く踵を返し、ナオ目掛け勢いをためる巨大牛。

 胸元から深く静かな調べが流れるとその気勢がわずかにそがれ、脱力したかのようによろめく。

 そのすきを逃さず、常人の数倍を誇る速度で迫るティアの一閃が、巨大牛の後ろ脚を捉える。

 ガッと、鈍い音が響き、見やれば堅牢な骨に阻まれ、鋼の剣が押し返されている。

 それでも、肉を断つ激しい痛みに呪歌による虚脱の誘いも吹き飛んだか、一気呵成に、貯めた力のままナオに直進してくる。

「よっ」

 迫る角の先に逆手に握った短剣を這わせ、押し戻される勢いも借り、体全体を流し、避ける。

 身を返し勢いをためなおす間を見計らい、振り回される角をかいくぐり、再度鼻先を切りつけて注意を引きなおす。

 興奮の高まりに呪歌の効き目も薄れたと感じた紗雪が、奏でる歌を清冽な調べの聖歌へ切り替える。

 わずかながらに軽く、力強く感じる身体。

 一寸先をかすめる鋭い角に削られる精神が、歌に込められる想いに癒される。


 傷による出血、関節部を狙い繰り返されるティアの斬撃。

 致命となる体当たりは確実に避けつつも、かすめる角先に浅い傷を重ねるナオ。

 喉よ枯れろと途切れさせることなき紗雪の聖歌は、遅々とした速度ながらも浅い傷をふさいでいく。

 それでも、失われる血に、精神にかかる負荷に、動きの精彩を欠き始める頃。

 ついに後ろ足をガクリと折り畳み、巨大牛が後ろ半身を地に投げ出す。

 せりあがる喉元へ、渾身の力で短剣を突き入れ、掻き切る。

 “GuuuMOOOoooooo”

 絶命の間際。耳が割れんばかりの巨大な咆哮を発し、黒い靄と消える巨大牛。

 残されたカードとアル=ミラージのそれの倍はある魂石をつかみ取り、カバンへ放り込むや、焦燥を浮かべ辺りを見回すナオ。

「岩の上へ!早く!」

 地鳴りとともにかける蹄の音を耳にするのと、迫りくる土煙を目にするの、どちらが早かったであろうか。

 暴れ牛の濁流にのまれる寸前、岩を這い上り辛うじて難を逃れる。


 いつ途切れるとも知れぬ暴威の流れがすぐ足元を過ぎる、その行く先は、見えていた奥へと進む通路の中へと続いている。

「これは、通路の進むこともできなくなったかな……まいったな」

 立ち込める土埃の中、暴走する群れの終わりがようやく見えてきた時。

 ドンッドンッと衝撃が安全地帯としている岩場に走る。

 巨大牛の最後の雄叫びに誘発された狂乱ゆえか、己の身の安全も顧みず、角よ砕けろとばかりに岩に激突していたのだ。

 自然ではありえない自暴自棄な大質量の暴虐の連続に、ついに岩が瓦解し始める。


「ぁ」

 互いに支えあっていたティアの下の岩が、直下をえぐられ、重力に引かれようとする。

 プラチナブロンドの輝きを後に残し沈みゆこうとする刹那。

 とっさに紗雪を岩場に残し、空に残る細い腕を左腕で力の限り引き、身を投げ出し右腕を腰に回すやいなや、先ほどまでいた岩場の残りへティアの体を放り上げる。必然位置は入れ替わり、残る数えるほどわずかな猛牛の通過に向け、背から落ちるナオ。

 背面から襲い来る強烈な衝撃。

 耐える暇もなく意識が

「いや、いやぁぁぁ」

 紗雪のか細い悲鳴を耳に

「やめて! やめてぇぇ!!!」

 闇に

 落ちた。


 ピシッ


 紗雪とナオの首元、チョーカーに、小さな小さな亀裂の走る音は誰の耳にも届くことなく。

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