幕間2

<とあるオークション会場>

「続いての出品は見目麗しき天然種の人類女性 年齢22 健康状態良好 瑕疵無し」

 濡れ羽色の髪の女性がスポットライトに照らされる壇上にしずしずと歩み出る。

 ワンピースにカーデガンを羽織る楚々とした出で立ちは、どこかの深窓のご令嬢であろうか。

 茫漠とした瞳はしかし、意志の光を宿してはいない。


「10万 23万 32万Neuro 32万Neuro 保護対象種規制の掛けられた貴重な天然種を愛で、育成いただけるこの好機、どうかお見逃しなきよう 41万Neuro 他ございませんか? 生命保持、健全性保護の義務ならびに定期監査は付随いたしますが、穢れを知らぬ麗しき魂の輝きは皆様方の日常のひとこまを彩るに相応しきものでありましょう 43万 44万 他ございませんか 60万……60万で71番の森霊種アバター 女性ご落札です 意識阻害の解除はお引渡し時となりますのでご了承願います」



「悲しき定めに引き裂かれ、ダンジョンの糧と消えた空想探索者が愛を捧げた猫人種のキャラクターカードの出展です。到達位階4 位階上限6 特性/スキル3つに覚醒。詳細はお手元の資料をご確認願います。15万Neuroから開始。20万 22万 後援なされる探索者へ下賜されるもよし 30万 遊興惑星在留資格をお持ちであれば! 実体化の上お楽しみいただくも良し 33万 …… 38万Neuroにて、125番 獣人種アバター 男性ご落札です」



「本日最後の出品でございます。輝かしき戦歴は皆さまの記憶にも新しい、栄えある原生闘技職のこの壮年の男性。」

 原生闘技職、それは、生身の人類同士で行われる、大崩壊以前の文明に準拠した闘争行為を見世物とする者達だ。

 精神強化処理、身体強化処理などを行うことは禁じられ、武装も大崩壊前の地球文明準拠となる。

 自然人類の中にも同様の競技に携わる者もいるが、原生闘技職の者達には異星体の情報も開示されており、関わりを持つことが可能な点が、大きく異なる。


「その身に宿る力強い天然の要塞と言うべき筋肉。覇気みなぎる相貌は未だ衰えを知らず。大闘技祭2度の優勝、入賞多数。チャリオットを駆り、大剣大槍を颶風のごとく振るわば、その歩みを止めるものなし。力強い魂の輝きをお傍に侍らせるもよし、調整種への転向も本人同意しておりますれば、空想適性は遺憾ながら限定的であるものの、空想探索者へ転向の折はパートナーとして遊興惑星地球在留も認められます。さあ、100万Neuroからの開始でございます。おっと1,000万、1,500万……強き雄との遊興惑星生活も叶うこの機会、どうぞ悔いなきよう 4,000万……6,300万Neuroにて、12番 夢魔種アバター 男性ご落札です」




<還える、結晶体の下>

 連なり、ベルトコンベアに乗せられ、ごとごと、ごとごと、途切れることなく流れてくる金属容器。

 透明な容器上面からのぞくと、収められているのは、人、人、人。

 安らかな表情で目を閉じる老爺。

 喜びもあらわに微笑を浮かべ目を閉じる老婆。

 安堵に力の抜けた表情を浮かべる、半身の潰れた青年。

 暖かなオレンジ色の輝きに満たされた終点の広間に流れ着くや、開く透明な蓋。

 さらり、さらり、と収められた肉体は砂となり、黒い靄となって零れ落ち、オレンジの光をまとう靄となって天に昇る。

 部屋を満たす光の源、天を覆いつくさんばかりの巨大なオレンジの光を発する結晶へすーっと、吸い込まれていく。

 ごとごと、ごとごと

 途切れることなく流れてくる金属容器。

 がらんごろん、がらんごろん

 伽藍洞をさらす容器はベルトコンベアに乗せられ、闇をたたえた出口から吸いだされていく。




<白髭の翁と幼女の戯言>

【地球人類種存続 : 持続可能】

 ■各主要懸案事項

 天然種人類の自然繁殖効率 : 堅調に推移

 空想娯楽施設維持、発展に要する魂の総量 : 現状の供物総量にて充足。年齢引き下げの要は認められず

 地球惑星維持、地球資源過剰搾取防止 : 興行収益ならびに各種取引総量にて充足

 ……


 ■特例要求への対応状況

 出荷要請 : 別記 -- 考慮事項無し

 魂創成実験への協力要請 : 436件 – 累計21件適合、対応済み 適合者増加計画に有意な進展見られず

 異星体 降着可能枠 増設要請 : 現行枠の拡張余地些少 -- コロニー新設計画に移行

 ……



「またぞろ、益体もない命の数かぞえかえ」

 紙媒体に印字された文字を追う白髪の老人の後ろ姿に、光に包まれた幼女の揶揄うからかうような声がかかる。

「それだけではないがな」

 しわがれながらも真に力強さを感じさせる声で翁が応える。

「常言うとるじゃろ、所詮は数の過多、質の差にすぎぬ。かつての汝の同胞は、己の生にしがみつき、老いも若きも、滅ぼし尽くさぬばかりじゃった。むしろ今はどうじゃ、最小限の犠牲。箱庭なれど続く栄華に夢想の実現。かつてあれじゃ、ほれ、欲望の一欠けらも捨てず、”持続可能性の模索”などと、夢物語を語っておったそうではないか。むしろ画期的な”ぶれーくするー”、じゃよ、”ぶれーくするー”。古きは病めるもの、老いたるものはその死期を定められ、切り捨てられておった時代もあろう。これもほれ、記憶として刷り込んでおったの?姥捨て山/棄老伝説やら口減らしに、なにやらかやら。むしろ貴様らはようやっておるよ。」

「永劫の時をこうして過ごすとな、己を見失ってしまうのじゃよ」

「はは、では代わりでも探すかえ? 組合の長に任命されたあ奴など、野心たっぷりじゃろ? されど余は、汝の未だ衰えぬ魂の輝きをこそ好ましく思っておるのだがのぅ」

「よう言うわい、この女狐めが。そういえば、性懲りもなくパトロンのオファーを出しておったようじゃな」

「ああ、なに、まがい物の魂を錬磨できるやもしれぬ者と見染めてな。しかし哀れ、すげなく袖にされてしもうたわ」

「言うたじゃろう、貴様のやり方では人は堕落してしまうのだよ。誘いに乗る時点で、貴様の好む魂の輝きなど発揮できまいて」

「ふむ、なれば傾国のなにがしなぞの仮姿で、また遊興にふけってみるかのぅ。擬態の用意、任せられるかえ」

「む、九尾か?ふむ、生まれたての小鹿の如きあれと戯れる”あばたー”としては格が高すぎるな。いましばらくは覗き見だけで我慢せい」

「むぅ、つれないのう。女狐などと呼ばわっておいて、その程度もかなえてくれぬとは。ヨヨヨ」

「やめんか、寒気がするわ。そも、奴の傍らにはすでに”人形作家”の肝いりが侍っておる」

「にんぎょうし、にんぎょうさっか、あのおなごものぅ、行く末なぞ見えておろうに。まあ、あれの見上げた執念も愛いものだがの。」

 幼女の応えいらえに、かつて、同じ志を抱き、やがて道を違えた美女の姿を脳裏に描き、盛大に苦々しく顔をゆがめてみせる翁

「ふふふ、無駄じゃ無駄じゃ。拗らせ果てた初恋を隠せもせぬ未熟者めが。あぁ、可笑しや可笑し」

 からころと、笑い転げる幼女の声がいつまでも静寂に響く


 しかし、希少な21人目、いかに錬磨し得ようか

 それはいずれから発された言葉であったか


 白髭の翁の机には”ナオ”の名を持つ黒髪黒目の青年の絵姿が確かに置かれていた

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