第2話 "依頼者はアイドル"

 すっかり日課となった、ナオ達の部屋での夕食会。

 少し寄り道して合成食だが味の良い、3区に店を構えるこだわりの食事処で各々好きなものをテイクアウト。


 どうしても合成の粉末は嫌だと、置き茶葉しているミキが淹れてくれる紅茶の馥郁たる香りが部屋に満ちる中。

「ナオ君、このパーティーご指名の依頼が届いているのです」

「少し夏休みをとろうかって、話していた矢先にどうしたの?」

 大きなパフェをティアと幸せそうにシェアしてつついていた紗雪がスプーンを口から放し、興味を寄せる。

 持ち帰り用クーラーボックスのおかげで冷え冷えのままな葡萄尽くしパフェ、持ち帰りで崩さないようにするのは少し気が張った。


「それがですねー。私がナオ君専属になる前に、担当していた”ナイトリーリエ”の子達から頼まれまして~」

 ティーカップで口元を隠すように両手で持ち、香りを楽しみながら答えるミキ。

「ナイトリーリエってどこかで聞いたような」

「ナオ君が衣装買えなかった~! って嘆いていた、あのイベントの時に歌と踊りを披露していた空想舞踊ユニットですよ~。彼女達、自分達の魔法を演出に使う関係で、一応空想探索者の資格も持っていまして」

 はふ~と、紅茶を口にし、瞼を閉じてコクをお見上げ和むミキ。


「今度、ダンジョン空間の海辺を使って、このコロニーのちょ~っとお金持ちだったり、ちょっとえらいかな~? っていう人たち向けのパーティーをやるのですよ~。会場警備は組合から別に出しているのですけれど、個人的な身辺警護を頼みたくて、いい人がいないか? って私のところに相談が。それで、私たちなら女性比率高めで、ナオ君は信用できるよって推薦してあげたのです。そしたらあのイベントも覚えていて、是非に~って」

「それは、依頼が届いたというよりも、依頼をもぎ取ってきたというような気がするのですが」

 2人がかりで巨大パフェをやっつけたティアが突っ込む。


「ちなみに依頼料は、特別会員限定バージョンで、生地とか装飾とかも高級仕様のままばっちり再現したステージ衣装の完全レプリカ。なんと今回の海イベント水着スタイルに加えて、前回の天女&巫女ドレスまで! それも、女性3人分セットで! 会場限定販売されていたのよりさらに、ご~じゃす、だよ~」

 ごくり……。

 想像の翼が羽ばたき、思わずナオの喉が鳴る音が響く


「オーナーがすっかりやる気になっているようだけれど、難易度の面はどうなの? その会場の場所は?」

「今回はリアルなダンジョン空間でっていうオーダーがあるらしくて、イベント専用ダンジョンではなくて、E級ダンジョンを使うことになるの。組合から依頼するB級以上の探索者が事前に敵性体を殲滅したうえで、再湧出リポップしないようにする結界アイテムを使って、会場周辺を封鎖。会場に入れるのは参加者と、警護に雇う探索者のみになるわ」

「海中対策のようなものは必要ないのでしょうか。水中戦闘の適正が私たちはあまりないように思うのですが」

「ティアちゃんの懸念も最もだけれど、ステージは海上に浮かべるかなり大きな浮島、フロートになるの。上位ダンジョンでも休憩地点の構築に使われるような施設だから、E級の敵性体にどうこうできるものでは無いわね。ちなみに観客席は浜辺側になるわ。」


 衣装に浮かれ、今回ばかりはナオに判断は任せられないとばかりに、紗雪とティアが交互に確認していく。


「私たち警護の経験なんてないけれど、その点は? 先方は理解しているのかしら」

「うん。F級だということも理解しているわ。まあ、これについては正直、彼女たち自身、最近はイベントで割と人気とはいっても、そこまで予算がかけられないというのも手伝っているわね。空想舞踊ユニットとして活動を始めたのは、ナオ君たちの半年前で、まだまだ若手なのよ。それとね、ここだけにとどめて欲しいのだけれど、本音はダンジョンの敵生体への警戒ではなく、参加者の行き過ぎた行為への抑止力として、個人的に雇った護衛もいるぞ~って示したいみたい。ミキが所属しているっていうのも結構大きいかな。これでも、上級職員さんとしてそこそこ顔が利くからね」


「そういう事なら、まあ、私もいいわ。ミキあってのお話だし、ね」

「はい、私も賛成です。主にその……お望みの衣装を着た姿をお見せしたい気持ちも……///」

「わ、私だってそうよ!」

「あらあら、紗雪ちゃんもティアちゃんも。ナオ君は幸せ者ね~。あ、もちろんミキも、着て見せてあげるからね♪」

「はい、楽しみにしております」

 余計なことは言わず黙っておこうと、華やかな衣装お披露目に向け楽しみな気持ちが顔に出ないよう抑えるのに必死なナオだった。



 その日のうちに受諾の旨を先方へ連絡してもらうと、翌日の夕方には顔合わせをしようとの話になった。

 今回の”海辺のパーティーイベント”で、組合側と詳細のすり合わせなどもあったようで、ちょうどよいとの事だ。

 恒例の組合5階応接室で待つ4人。

 今回はミキもパーティー側という事で、2脚並んだソファーにティア、紗雪を膝に乗せたナオ、ミキの順に腰かけることになった。

 もうすぐ待ち合わせの時間となり、席を立って待つ。


「遅れてしまってごめんなさい」

 入ってきたのは、顔形、身長、体系、見た目では何もかも全く同じ、区別がつかない3人のスレンダーな美少女だった。

 黒髪に、透けるような白い肌、長い耳からおそらく森霊種(俗称エルフ)の特性に加工していると思われる。

 前回のタイムアタックイベントの時はステージ衣装やアレンジされた髪型に隠れて気が付かなかった。


「アイです」 「ユイです」 「メイです」

「3人で、空想舞踊ユニット、ナイトリーリエとして活動しています」

 3人が名前を告げた後、真ん中に立っているユイが代表して名乗った。

「私がナオ。こちらの妖精種の少女がパートナー異星体の紗雪。天使の少女がティアナレア、架空体が実体化した存在です。ミキの事はご存じと伺っております」

 久しぶりの他人に、よそ行きの一人称”私”にして、ナオが紹介する。

「はい。この度は依頼をお受けいただけるとの事、また、本日も事前のお時間をいただきありがとうございます」

 席を勧め、向かい合って腰かけると、まずはユイたちから紹介の続きがあった


「あまりに瓜二つの3人で驚きかと思います」

「実は私たち、3人で一つの魂を共有」

「3人で文字通り一つの存在として、記憶も、意識も、人格も」

「共有している、そのようにデザインされ、生み出された存在なのです」


 すっと、手を髪にさしはさみ、さらさらと翼を開くように、さらさらと手からこぼれるままに広げていくと、それぞれで色が蒼、翠、緋と、変化する

「これは幻影魔法の一種で、体毛の色を変えているのです」

「こうしてそれぞれの特徴を出したり」

 再度髪に触れると、元の黒髪に戻る。


「元に戻したり」

「自由にできるのです」

「こうしてぱっと見の差別化をすることもできます」


 途切れることなくきれいに言葉をつなぎ、文字通り一人の人間がしゃべる声が、単に異なるスピーカーから順に発せられたかのように、滞りなく伝えられる。


「混乱を招くと思いますので、ここから先はユイが、代表してお話しますね」

 顔をあちこち向けて忙しそうなナオ達をおもんぱかるユイ。


「秘密というわけでもなく、知っている人は知っている内容ではあるのですが、生まれの経緯が少し特殊ということもあって、以前はミキさんに担当していただいていたのです。今は空想探索者業はやめて、空想舞踊のみで活動しています。探索者と違って、日常まで異星体へ公開されませんからね。気にしないのが一番とわかっていても、常に誰かに見られているかもしれないのって、どうしても気になってしまって。」

 そっと静かに、ミキが淹れた紅茶がそれぞれの前に置かれる。


「ミキさんの紅茶、まだ半年もたっていないのに、懐かしい♪ このミキさんのお部屋も」

 思わぬ発言に、ん?と、ついミキの方を見てしまう。

 たはは~と、声に出さずわざとらしく明後日の方を見てごまかすふりをするミキ。

 組合の、それも高級フロアにあたる5階に部屋とは。思わぬところで、ますます謎が深まった思いのするナオ。


「あら? 内緒だったかしら、ごめんなさいね」

「いいのよ~、そのうち話すつもりだったしね。ていうか~ナオ君ちょっと鈍いと思うのよ! 明らかに私物ですって言わんばかりの紅茶セットとか置いてあるのに、気が付いてくれないのよ~?」

「あはは」

 仲睦まじそうに話すユイとミキ

 その間、アイとメイも嬉しそうに紅茶を飲んでいる。3人で1人と聞かされても、実際にどのように本人は感じているのか、興味の尽きない思いがするも、流石に踏み込むことは避けた。


「ミキさん、基本的な内容は、すでにお伝えいただいていると思っても?」

「うん、おおよその経緯、期待されていること、会場の場所は伝えたよ~」

「では、少し背景というか、そのあたりの補足をいたしますね。空想舞踊というのは空想技術も取り入れた踊りと歌を魅せる職業、アイドルと呼ばれる活動の1種になります。踊りが中心なので、歌はその時によってあったりなかったりします。大崩壊前の時代のアイドルと違って今の時代、直接接する可能性のあるお客様はすごく限定されています。

 具体的には、遊興惑星に降りてこられる厳重に審査された特権を持つ異星体の方と、常のモニターされている空想職につく人類、後は管理職の人類くらい?。

 だから普通は個別の警備が付くような必要性もほとんどないとされているの。実際私みたいな若手は警備とか、付き人なんてついていない。

 問題は2か月前から始まったの。控室にアイだけを残して、ステージの確認に行ったのです。先ほどお話しした通り、私達といいつつも、実態は私一人で、3つの身体、感覚で見ているもの感じている事が、一つの身体のように実感しています。

 それが……急にアイからの感覚がふっと、途切れたんです」

 寒気を抑え込むように自分の身体に腕を回し、


「生まれて初めての感覚に慌てて控室に戻って、でもその間もアイからの感覚が何もなくて。後でどれだけ思い返しても、アイの肉体感覚も、私たちが控室から出てすぐから、戻ってくるまで完全の消失していたんです。それで戻ってみたら、扉を開くとアイと目が合って。そうしてすぐに感覚が戻って、ユイとメイを見るアイが知覚できて」

 3人の手が恐怖を思い出してか震えだす。目の前に座るメイの手をミキがそっと握って落ち着かせる。

 そろって3人ともに落ち着いた様子を見せ、


「手紙が、手紙というかメッセージカードというかが、花束と一緒に置いてあったんです。」

 端末から映像ウィンドウを開き、見せられる。


 “麗しの君、君は僕のものだ、だれにも渡さない。僕と一つになろう”


 紗雪、ティア、ミキがそろって眉を顰める。


「探索者組合の組合長とはイベントの依頼とかで顔を合わせる機会もあって、知らない方でもないのでお願いしまして。イベント開催場所だった組合管理ダンジョンの記録映像や、異星体ネットワークの情報を調べていただいたんです。でも、何も出てこなかったって。その次のイベント、先月も、それでも全く同じことが起きて、今度はアイの身体の感覚が消えて。怖くて、怖くて、もう耐えられなくなって。しばらく休止しようかとも悩んだんですけど、今回の海イベントは会場も違うからって、それにコロニーで影響力のあるお客様も多いから中止もまずいって、探索者組合の組合長にも諭されて」

「そこまで怖い思いをしていたのね、ごめんなさい、気が付いてあげられなくて」

 ミキもそこまでの詳細は今日初めて聞いたようで驚きを隠せずにいる。


「いえ、探索者をやめたのは私たちの勝手ですし、ミキさんには今回も本当に助けていただいて。そ、それでですね、今回警備というか、私たちも基本的に3人一緒に動くんですが、生理現象とか、ちょっと微妙に一人になるタイミングって、どうしてもあるんです。そういう時に、第3者の視点で見張っていてくれる方が欲しいというか。ですので、依頼はダンジョンの敵性体と戦っていただきたいとかそういうお話ではなく、イベントの日、ダンジョンに入るところから、イベントが終わって出るところまで、ずっと一緒に過ごしていただけないでしょうか、という内容になります。ステージでショーを演じている間は、フロート、今回舞台が設営される浮島施設の舞台袖で待機いただく形になります。」

 一気に話し終えると、窺うようにナオを見つめる


「そ、それで、いかがでしょう。お受けいただけます、でしょうか? 報酬もミキさんに伺ったところ、イベントの特別販売分の衣装でという案をいただいたのですが、金銭での報酬があまりご用意出来なくて……すごく失礼かと思ったのですが」

「いえ、むしろすごく嬉しいです。実は前回のイベントの時の衣装、会場販売で購入しようとしていたのですが、いろいろあって、期間内に購入できず涙を呑んでいたくらいなのですよ。紗雪、ティア、お受けするという事で問題ないよね?」


「ええ、もちろんよ、貴方」

 今回人形種であることは隠す関係で、いつもの”オーナー”呼びから、”貴方”に呼び方を変えている紗雪が快諾する。

 はじめ”旦那様”と呼ぶと言ってきかなかったのだが、”初対面の相手の前で流石にまずいと、いやそもそもまだ結婚していない”と、言い募ったところで””まだ?””とティアとミキに突っ込まれ、紗雪が真っ赤になって照れるという混沌とした状況を演じていた。


「当然お受けしたいです、主様」

 ティアも、むしろつらい状況を聞き、意気軒高の様子だ。


「ありがとうございます。ありがとうございます。」


 イベントが5日後。ミキに確認すると明日までは該当ダンジョンが侵入可能との事だったので、明日一日、念のため下見をすることにした。

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