第3話 "私は貴方のもの、貴方は私のもの"

「あらあら、うふふ、すっかり馴染んでいらっしゃいますね」

 高ぶる気持ちの赴くまま、紗雪が許すのをよいことに、クッションの上に身を起こさせ、さらりと手を滑る絹糸のごとき髪を梳き、彼女を左腕に抱きかかえ、宝石花に囲まれ過ごすことしばし。

 ようやく落ちつき扉へ向かおうと踵を返すと、ミキさんがそーっと、うっすらと開いた扉の隙間から覗き込んでいた。


 彼女、紗雪の目覚めはみられていなかったと確信しているが、その後の長い己の痴態はどうやら見られていたらしい。

「紗雪、気が付いてた……?」

「彼女が見ていたことなら、ええ。」

「Oh」

 血を与え目覚めを促し、同意をもって契約が成立。

 魂の回廊とやらが繋がり、挙句彼女に名付けを行った事になっているらしい。

 全てが舞い上がる思いの中での無意識の行動だったため、自覚がない。

 その後の、耐えがたいほどに心の奥底からこみ上げる愛おしさに負けての痴態といったらもう。


「人形種については基礎知識の入力もないことと思います。説明をいたしますので、ミキについていらしてくださいね」

 と、隣のこれまた格調高い木製家具に囲まれた部屋、応接室に案内される。

 ソファに並んで座ると、といっても身長差が激しいのだが、見計らったかのように馥郁たる香りふくいくたるかおりが鼻をくすぐる紅茶が差し出される。


 紗雪の前には人形サイズと思しきミニサイズの白磁のティーカップと、お茶請けのクルミの香りがするクッキー。

 しっかりナオの前のものとお揃いの陶器セットだ。

「ナオ。オーナー、届かないわ。お膝に乗せてくださらないかしら」

 気に入ったらしい”オーナー”という呼びかけと共に、ふにふにと手を交互させ、座るナオの膝によいしょ、とよじ登り、腰を落ち着ける。

 軽いながらも存在感を示す体重に、えも言われる幸福を感じながら、彼女が届くように机の上、右隣りに置かれていた彼女のティーセットを引き寄せる。

 厚手のドレス生地の奥に、硬質な肌の質感や球体関節の膨らみを感じ、小さなだけの人のようと感じる紗雪が、人形なのだと実感する。

「これは、気が付きませんで、失礼を」

 そっと膝の位置を座りやすい高さに調整しつつ、少し慇懃いんぎんに格好つけてみるが、存外お気に召していただけた模様。


 しばし微笑ましげに見つめるミキであったが、ようやく表情を改め、軽い咳払いとともに話を始める。

「通常パートナーとなる異星体はアバターと呼ばれる疑似的に形成された肉体にその存在を移し替え、この地球上で活動します。アバターは人類の空想から生まれた存在の姿をし、空想探索者のパートナーであれば探索者本人のランクにある程度合わせた能力上限を枷として掛けられます。例えば、森霊種、通称エルフのアバターを選び、魔法と弓を併用する戦闘方法をとり、ともにダンジョンを攻略するといった具合です。アバターの損壊は異星体本体には影響を及ぼさず、いわば探索者が生誕前に架空世界を経験する、VRMMO経験のようなものに似ています。あ、探索者本人はあくまで現実の肉体。魂や記憶の複製、バックアップの保管は異星体の技術をもってしても実現不可能とされていますので、命を大事に、ですよ」


 優雅な手つきでカップを手に取り、そっと喉を湿らすミキ。音一つ立てず、そっとカップをソーサーに戻す。

「基礎記憶に機械知性体は搭載された論理演算ユニットによって異星体の魂を転写、アバターとして適合する。というものがあるでしょう?それ、半分は嘘。そういうケースがあるのも事実なのだけれど、この記憶情報が一種の隠れ蓑になっているるのです」


 人類へ開示されない機密情報らしきことへ踏み込み始めるミキに思わず不安な眼差しを送るナオ

「あ、人形種との契約成立をもって、限定的に機密解除されているから大丈夫よ♪ もちろん漏洩防止措置は施されているからそのつもりでね。人形種という言葉も、口にすることは不可能だから。でね、機械知性体をはじめ、いくつかの異星体によって作り出された種は、魂の転写先、器となることもできず、アバターとしても成立しない。で~も。魂を持つ種の中に極々まれに波長が合う、というのかな? 存在が顕れることがあるの。これは異星体からは不思議と生まれず、この地球人類を含む、娯楽惑星や資源惑星の在来知性体に限定されるらしくてね。こうして波長の合う存在と契約を結ぶと、その機械知性体や人形種等はやがて独自の魂を持ち、異星体と同じ位階にまで育つ可能性があるといわれているの。実例は残念ながら見たことも聞いたことも無い、それこそ御伽噺おとぎばなしみたいなものだけれどね」


 今度はクッキーを手に取り、小さく口を開きパクリ。と、思いきや、いつの間にかなくなっている。

「むぅ」

 膝上から可愛らしいうなり声が漏れる

「どうしました?」

「なんでもないわ……」

 紗雪の眼差しを追いかけると、食べる間に零れ落ちたらしいクッキーの粉が点在

「紗雪さんはまだ意識を持たれてすぐですし、お作法はこれから慣れていけばよいのですよ~。淑女の道も1歩から、です♪」

 うん?まあ、ちょうど撫でやすい高さにある柔らかな手触りの小さな頭を、髪を乱さぬようそっと撫でさする

「オーナー? ひ、人前なのですわ/// そういうことは、もっとプライベートな空間で!」

 人目が無ければ許してくれるのだろうか。良いことを聞いたと、ほくほく顔を隠しつつミキに先を促す。


「そうして位階を上げ、魂を宿したこれら種の個体は、異星体の構成員として迎えられるそうよ。こうした魂の創造とも呼ぶべき事象も、空想探索者を擁する一つの隠された目的。だからね、ナオさん、頑張って♪」

「ちなみに人形種と機械知性体以外にも、そうした種はあるのですか?」

「あるかもしれないし~、無いかもしれないね~」

 機密という事なのだろう。そして一つの、ということは、他にも隠された目的があるのだろうが、まあ、開示してはもらえまい。


「さてさて、難しいお話はここまで! 最後に、そんな特別な人形種と無事契約を果たしたナオさんにプレゼントです!」

 ぱんぱかぱ~ん、と、擬音とともに両腕を大きく広げて見せるミキ。

 大きな動きに昨日のドレスよりかは動きが制限されていても、なお揺れる胸元に思わず視線が……ペチンっ 膝に小さな手ではたかれる衝撃。

「浮気は、めっ……」

 ジト目で見上げる藍緑色の両の眼と目が合ってしまった。


 くすくすと、いたずらな眼差しで見つめてくるミキ。

「1つ目は~! 契約者と人形種それぞれに贈られるエンゲージリング、もとい、誓いのアクセサリーの制作! 今ナオさんがつけている腕輪端末と引き換えに支給する形になります。機能としては端末機能に加えて、互いの魂の回廊の安定化を補助するそうよ。でね、形状を選んでもらえるのだけれど、どんなのがいいかしら。身に着けるアクセサリーなら基本何でも良いわよ。アンクレット、ブレスレット、指輪がオーソドックスかしらね。」

「そう、ですね。指輪も捨てがたいですが、探索者活動で壊れやすいことを考えると無難にブレスレ……」

「チョーカー、チョーカーがいいわ」

 と、食い気味に割り込む紗雪。

「私は貴方のもの、貴方は私のもの。チョーカーが一番」

 得意げな表情の裏に、微かな不安をたたえた瞳で見つめてくる。


「あら~ちょっと倒錯的かしら?うふふ、これは決まりね?」

 一瞬考えるも、揺れる瞳にギブアップ、

「あ~、革製とかは首輪ぽくてちょっと勘弁願いたいのですが。例えばそうですね、銀細工とかでお洒落な装飾的なものとか、できますか?」

「いいわよ。もともとその腕輪と同じで、端末機能を持たせるために材質は特定金属の必要があるしね。」

「彼女の、紗雪の瞳の色の宝石をあしらうとか」

 嬉しそうに口角の上がる紗雪だったが、次のミキの返答にスン、と表情が沈む。

「いいけど~宝石と加工費は自腹になるわね。にしてもずいぶんロマンチックに考えるじゃない、ミキ、そういうの好きだな~。ね、ミキにもそういう贈り物は?」

 流石に生まれたてに近い今、捻出できるものではないだろう、宝石。そうだ、そもそもなぜ宝石と思ったのか。

 契約を交わしたあの部屋、一面の宝石花、あれを

「あ~! 今、さっきのお部屋の宝石花から持ってこられないかな~とか、考えませんでした?」

 および始めた考えに的中され、思わず頬がひきつる

「ふふふ~わかりますよ~。私も以前、宝石花を1輪持っていこうとして怒られたことがありますから♪ テヘ」

「何してるんですか、ミキさん」

「まあ、ともあれ。では、こうしましょう。ベースのチョーカーまではプレゼントの範囲でご用意。石をはめられるスペースも内部の機構と干渉しないよう考慮しておきます。石と加工費が用意できたなら、お持ちいただければ、こちらでしかるべき加工を施します。ちなみに、ダンジョンで獲得できる宝石の中には装備に付加効果を発揮する物がありますので、狙ってみるのもお勧めですよ。」

 きゅっと人差し指を握る紗雪、案はお気に召していただけたようだ。これは頑張らねば。


「そしてそして、2つ目のプレゼントは~! じゃ~ん!」

 左腕の端末に、机越しに身を乗り出して手をかざすミキ。

「人形種向けショップの利用制限解除~ぱちぱちぱち!」


 浮かび上がった投下ディスプレイを見れば、昨日も使った空想探索者組合提供の通販サイトに、新たに”人形種専用”と書かれたタブが追加されている。

「どれどれ? 種類別に分かれているのですね」


<衣装(探索兼用)>

 ■カジュアル

 ■ドレス

  ・クラシカル

  ・パーティー

  ・ウェディング

   - プリンセス

   - マーメイド

   - エンパイア

 ……

 ■コスプレ

 ■ファンタジースタイル

 ……


 衣装のタブだけで無数の選択肢が。

 試しに一部子メニューを開きかけるも、階層が深すぎてとても見きれない。

 シンプルながらも多少目を引くドレスで10,000Neuro (1,000,000Yen)はまだ序の口。

 特に目を引かれる衣装の価格に目をやれば、二桁三桁上が当たり前ときた。

 流石に数は限られるが、四桁上なんてものまでも(10,000,000,000Yen)目に入った時には気を失うかと思った。

 ブランドロゴだろうか、商品の多くに”切れた操り糸が垂れさがる人形”のデフォルメされた意匠が表示されている。

 よく見れば今飲んでいるティーカップにも同じロゴが。


「あはは~。探索用衣装はいわゆる戦闘装備、幻想効果も持っているので、桁が違いますよ。人類用の良品がカードで手に入ったら、それを人形種用にリメイクする有償サービスとかもあるので、うまく活用してみてください。見た目をドレッシーにして加工費としては完成品の3割程度、ですかね~。」

「それでもかなり……いや、紗雪のためと思えば!!」

「あらまあ、もうべた惚れじゃないですか~お熱いですね~。ちなみに、通販では決められない場合や、リメイクを含む相談については4階の窓口にお越しください。人形種関連の場合はさらに個室へご案内の上での応対になります。一応、漏洩防止措置対象の機密事項に付随する準機密扱いですからね。」


 目を通していくと他にも、家具各種(これまた職人製や天然素材利用で桁が跳ね上がっていく)、食器各種、果てはドールハウスなんてものまで。

 膨大な品目リストだが、需要はそこまであるのだろうか。思わずいらない心配が脳裏をよぎる。

 なお、睡眠、食事ともに不要らしい。ただし食事を摂取することは可能で、味もわかるとの事。



「最後に、これは紗雪さんへお伝えする内容となります。公的な身分は異星体のアバターとされますので、お間違えの無いようお願います。対外的に登録上は”妖精種”アバターとなります。実体として、探索者にかかわる各種権限”プライベート空間の閲覧防止”、”探索活動許可“等、ならびに、異星体ネットワークの利用”探索者記録の閲覧”、”配信情報の閲覧“、”ファン活動の実施”等は異星体の皆様同様ご利用いただけます。ただし、異星体のみ閲覧可能とされる機密情報については閲覧に制限がかけられます。が、探索者へのパートナー異星体からの情報開示にはそもそも制限がかけられていますので、そこまで大きな影響はないとお考え下さい。」

 こくり、とうなずく紗雪。


「チョーカーの完成に2日かかります。ダンジョン探索の開始は受け取り後からでお願いしますね。3日後の午前9時、こちらにお越しいただき、お渡し。ご希望であればその足でいよいよダンジョンデビューということでいかがでしょう?」

「ぜひ、お願いします」


 かくてようやく、空想探索者としての活動開始が決まるのであった。

 後で聞いたところによると、実はこれは早い方で、通常パトロン/パートナーの決定や調整でダンジョンデビューは生誕1か月後程度からとなるのが標準らしい。


「もう一つお伝えすることがありました。以後、ナオさん、紗雪さんペアの専任担当はミキになります。組合に御用の際は可能な範囲で事前にミキ宛てにご連絡をいただけますと幸いです。」

「え、専任?こんなど新人にですか?」

「残念ながら。誠に残念ながら! ミキが担当するのはナオさんだけというわけではなく、複数の特定の探索者さんを担当する形ではあります。この指定担当のアサインは機密情報の取り扱いとの兼ね合いによるものですのでご理解ください。実はミキ、これでも上級職員さんなのですよ~♪ 専任担当のアポイントがない時は中でのお仕事しかしていないので、担当外の探索者さんとは接点もほぼないのです。緊急の時は一般受付にお申し付けいただいても大丈夫ですが、できるだけ、どんなご用事であっても、ミキのアポイントを取るようにしてくださいね。いわゆる買い取り業務もミキが仲介しますので。いつかさらにナオさんのランクがあがったら、本当にミキのたった一人の担当探索者さんに~なれるかもしれません、よ♡ 迎えに来てくださるの~、待ってま~すよ♪」

 じと~~っと、零下の眼差しをナオに向ける紗雪にも気が付かず、小柄ながらも豊満なミキの可愛らしいウィンクに、思わず胸がときめく思いをするナオであった。

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