BWV851 波

 ぼくの内側には波があって、寄せては返し、震えている。その向こうには沖合いがあって、深海があって、魚がいるのかはわからない。ひとりの人間が海をたたえていたとしても、その全容は本人にも測りようがない。寄せては返す波に触れて、せいぜいその一端を感じとるのが関の山。たまに流れ着く言葉のかけらを拾ってみたり、そのかけらで、だれかの残した砂の城を飾ってみたり。それもいずれは波にさらわれる。この海も、この波も、ぼく自身と言うべきなのか、だれかの残した玩具にすぎないのか。

 とにかくぼくの内側には波があって、それは時間に似たところがあって、そうしてぼくが出会う人々の内側にも波がある。波と波が近づくと、反発しあったり、溶け合ったり。なかなか心地いいこともあれば、ずいぶん不快なこともある。綺麗な貝殻を見つけたり、尖った硝子で傷ついたり。海はひとつで十分だ。それは決してふたつにはならない。それはだれとも共有できない。波と波の指先が、かすかにひととき触れるだけ。寄せては返して離れ去り、同じ波とは二度と出会えない。

 これはなにかの比喩だと考えてもらってもいいし、現実の話だと受け取ってもらってもいいけれど、ぼくはぼくの海を抱えて、ぼくの内側の波に耳を傾けながら、ある日の夜の海岸を歩いていた。すると、向こうからも人が歩いてきた。その人も、自分の内側の波に耳を澄ませている最中だった。

 ぼくの歩く方向と、その人の歩く方向は、真逆だった。すれ違うようにして、ぼくはその人のそばを通りすぎた。でも、そのとき、砂についた足跡が目に入った。向こうからこちらにつづいて、いまぼくの後方にも残されているだろう、その人の足跡。それは、ぼくの足跡とそっくりだったんだ。

 履いている靴も違うし、足の大きさや歩幅も違う。でも、たしかにそっくりだった。表面的な差異が明確なぶん、本質的な相似性が際立っていた。その人はその人の歩き方で、ぼくと同じような軌跡をたどってきたのだとわかった。

 ぼくが思わず振り返ると、相手もこちらを振り返っていた。しばらくのあいだ、立ち止まり、見つめあった。波の音が、外からも内からも響いていた。ぼくの内側には波があって、その人の内側にも波があって、その両方が、音楽のような言葉として、夜の海辺で語り合ったんだ。そんなことは、初めてだった。これから先も、二度と起こりそうにない。

 やがて、その人は振り返るのをやめて、また向こうへと歩きはじめた。ぼくもそれに倣って振り返るのをやめて、自分の進む方向へと歩きはじめた。でも、砂についた足跡は、嫌でも目に入る。しばらく歩いて、ぼくはもういちど振り返った。その人の姿は、もう見えなかった。ただ、足跡だけ。かすかに聴こえる、波の音だけ。その音も、もう、外の波の音と、ほとんど区別がつかなくなっている。それでもその残響が、忘れられなかった。足跡が波にさらわれて消えてしまった後もなお。

 ぼくの内側には波があって、ぼくの記憶にはあの一瞬だけ奏でられた音楽があって、焼けつくような残響の痛みに悩まされながら、夜の海岸をなおもひとりで歩いていて。この茫漠たる海はだれのもので、この波の音はだれのものなのだろう。

 あの波にまた、出会いたかった。

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