BWV854 ブランコたちの群舞

 緑なす広大な草原の只中に、地平線まで続く長大な城壁を模したような、万里のブランコとでも呼ぶべき絶景が広がっていた。どこまでもどこまでもブランコ。人の姿はない。それでもキイキイと揺れている。歴史に刻まれなかった幼年時代の残像たちが、肉体を介さずいまなお漕いでいるかのようだ。

 ブランコとはなにか? 真っ直ぐな横線を引く。その横線の二点から、真っ直ぐな縦線を下方に、並べるように引く。逆さの蓋のように、二本の縦線をつなげる横線を下部に引く。それがここで言われるブランコの基本形だ。最初の横線が支柱、二本の縦線が鎖、下部の横線が座板、と考えてもらってよい。吊り下げられた夢の舟だ。酩酊させる魅惑の遊具だ。そのブランコが、何台も何台も、どこまでもどこまでも続いている。最初に引かれた横線、それがあまりにも長すぎたのだ。まるで遊びで世界を区切ろうとするかのように。

 緑なす広大な草原の只中で、万里のブランコはキイキイと揺れる。互い違いに踊り合う。人の姿なく揺れるブランコたちは、それそのものが平和であり歴史であり墓標のようであった。なぜ、墓地に遊具は置かれないのか? 死者は遊ばないものと見なされたのか? 魂はこんなにも飛び跳ねているというのに。

 長大な城壁のような、悠久を体現するブランコたちの群舞。その壮観は、生きた者たちに向けられたものではない。かつて存在し、いつか存在するはずの、透明な子どもたちに贈られた、草原に揺らめく無言の讃美歌コラールなのだ。

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