107 作戦開始


「お、啖呵切って飛び出して行った奴がいる」


 村崎堂について開口一番、茶化した言葉を投げかけられて誠は顔を上げた。にやつく宗を一瞥し、表情を変えることなく言葉を返す。


「俺はあの時に言ったことを覆すつもりはないし、文句があるなら言えばいい。だけどそのときは、俺を引き入れたあんたのご主人様の判断が誤りだったと認めるんだな」


 あまりにも潔い、はっきりとした挑発返しに宗は嫌な顔をして舌打ちした。それから、ハルへ視線をむける。


「……この野郎、いい根性してやがるな。おいハル、おまえの兄貴どうなってんの」

「あはは! 誠はタダでは転ばない質だからね。しかも陰湿で冷徹漢。最高でしょ?」

「えーなにそれ、全く良いところねーじゃん」


 何故か得意げなハルに、宗はしかめっ面で口を尖らせる。その後ろから、小柄な少女が顔を覗かせた。


「ちょっと、宗さん。口が悪いですよ。性格も悪いですけど」


 まやだった。彼女は責めるように宗に言うと、今度は誠に目を向けてにっこりと笑った。


「私は、誠さんがきっと戻ってくるって思ってました。貴方の身のこなし、ただ者じゃないと思ってましたから。何か格闘技でもやられていたのではないかと、松実寺では話していたんですよ」

「そうなの?」

「はい。若田――私と居たスキンヘッドの男ですが、彼は特に整体の知識にも深くて。歩き方や立ち姿で、有る程度解るっていうんです。彼は誠さんのことを、まるで全盛期の侍だって言ってました。私にも説明は難しいのですが、道場競技とはまた違う、極めて実践的な剣術の経験があるように見えると」

「…………」


 そう言われても、誠の方はピンとこない。格闘技どころか、誠にはその手の経験はほとんどなかった。確かに運動は苦手ではなく、それなりに動ける部類だとは思う。だが、たとえばハルや宗のように動ける自信はない。


(俺に与えられた……能力というやつだろうか……?)


 ふと、昨日アキヒトに言われた話を思い出す。両親の研究が自分に及んでいることは、疑いようがなくほぼ確定だろう。しかし、それが何なのかはわからないままだ。

 ハルが、誠を眺めて尋ねた。


「マコト、何かスポーツでもやっていたのか?」

「いや、特には。人数の足りないときに助っ人に呼ばれることはあったけれど」

「山吹にくる前も、部活動はされてなかったのですか?」

「部活はしてたよ。将棋同好会と、サイエンス部、ラクロスと、あと何だっけかな」


 ちなみにどれにも特に興味はなかったが、基本的に人数が恐ろしく低い集まりである。暇を持て余し、物事への拘りの薄かった誠は、頼まれれば断ることなくそれらの集まりに名を貸した。いくつかは自分が部長名義だったようにも思う。決して幽霊部員ではなく、定期的に顔も出していたので、そういう意味ではきちんと役割はこなしていた。……という話をしたら、まやは奇妙なものを見るように誠を眺めた。


「なんというか……誠さんは、変わった方なのですね……」

「私は、好奇心旺盛なのは、良いことだと思う! 何事もまず、試してみるべきだし!」


 ハルには好印象だったらしい。


「いや、限度っていうものがあるだろ」


 口を挟んだ宗は、続けて気まずそうに誠に向き合った。


「さっきは悪かったよ、茶化して。おまえのことを、あの方は必要としている。それに、俺の襲撃を一度避けているだろう。これでも、認めてるんだ」

「別に、気にしてないよ。俺が、皆から反感を買う立場っていうのは解ってるし」

「いや。俺が言うのもなんだけど――誠はその辺りの認識を改めていいと思う。反感を買うどころか、あんたはこの件において、唯一無二だ。自分が思っている以上に、葛城誠はこの件における中心人物だ。他の誰だろうと、本来誠に文句をいう資格はない」

「……そう言われる方が、困るんだけど」


 宗は、アキヒトからどのあたりまで話を聞いているのかはわからない。だが、それなりに事情通なのだろう。含みのある彼の言葉に苦笑いを浮かべると、さっさと話は切り替わる。


「それで、誠。自分で戦うつもりなんだって?」

「ああ、できればね」

「なるほど。それで今朝から奥が騒がしいのか」


 と、宗が村崎堂の奥を見やったちょうどその時、そちらから賑やかな足音が響く。言い合うような声と共に出てきたのは咲子、晴明、アキヒトの三人である。


「――そっちは、私が対処するわ。一応、伝手はあるのよ。どこまで使えるかわからないけど」

「助かるよ。僕はあくまで、白峰の情報網でしか探りを入れられなくてね。組織の大部分はなんとかなっても、あの集団だけはどうにもならない。あそこは相変わらず排他的で、独自的なんだろう」

「ええ、もう数百年あれですからね。ああ、わかります。私も何度も手を焼かされた――あいつら、幻庵にはね」


 入り口まで出てきた三人は、どこか疲れたような顔をしている。咲子が、髪をかき上げながら言う。


「あなたたちに解らないことが、私でどうにかなるとは思えないけれど」

「いや、僕たちよりも咲子の方が良いという可能性は高いんだよ。先代ならまだしも、当代の幻庵へはどうしても連絡がつけられない。何かしらの伝手がなければ、アポイントメントも取れないという話だ。代わりにあちらは今から、僕が話をつけてくるから」


 アキヒトは言ってから、顔を上げる。誠の姿を見てにこりと笑った。誠が会釈を返すと、アキヒトは誠のすぐ隣までやってきた。


「いらっしゃい。ちょうど良いところに来てくれたね」

「なるほど。彼の為でしたか」


 晴明が薄笑いを浮かべながら、誠を見下ろした。隠しもしない、不躾なほどにあけすけな視線。この男の前に立つと、まるで自分が実験動物になったような気分になる。


「それで。私と彼の当面の目的は決まったわけだけれど。晴明、貴方はどうするのかしら。まさか傍観を決め込もうと思ってるんじゃないわよね」


 咲子が逃がさないとばかりに晴明の腕を掴む。彼は、ふむ、と考えるように捕まれていない方の手で顎を撫でた。


「それでは、白峰薫を貸してくれますか」


 アキヒトが目を細めた。


「薫をつかまえて、いったい何をする気かな」

「いやですね、そんなに怖い顔をしないでください。もちろん、今の彼女に大した力はないとわかってますから、どこにも連れて行ったりはしませんよ。気になるなら、貴方が場所を提供してくれてもいい」


 晴明は譲歩するように言うが、本心では少しも自分の計画を変えるつもりはないようだった。薄笑いを浮かべて、追い打ちをかけるように付け足す。


「彼女に力はなくても知識はある。そして私と薫は古くからの付き合いです。昔話でもしていたら、案外ぽろりと名案が浮かぶかもしれないでしょう」

「……薫が良いというのであれば、僕に止める権利はない」

「無理強いはしませんから、ご安心を。でも貴方もお気づきでしょう。この話の根幹は、過去にある。神器についても、例の男についてもね」


 アキヒトは言葉を返さなかった。それで了承ととらえたらしい。晴明は早速とばかりに、店の奥へと戻っていく。


「私も、すぐに連絡をとってみる。また連絡するわ。誠くんも、またね」


 咲子はアキヒトと誠に言うと、急ぎ足で商店街を抜ける道へ歩いていってしまった。

 二人を見送ったアキヒトは、誠に向き直る。


「さて、誠。これから僕と一緒に来てほしいんだけどいいかな」

「いいですけど……いったいどこへ?」

「今の君に一番足りないものって、なんだかわかる?」


 誠は目を瞬いた。ちらりと視線を横に向けると、早くもハルは、宗やまやと連れ立って木刀を手にしている。ハルはこの後、二人と戦闘訓練をするのだと言っていた。戦力底上げが急務なのだという。それは誠にとってもそうだ。


「……戦える力」

「その通り。でも彼らみたいに、君は昔から戦闘訓練を受けてきたわけではない。今から同じ程度まで動けるようにすることは、正攻法では難しい。でも方法はある」


 誠が期待に顔をあげる。アキヒトはにっこりと笑って、次の質問を投げかけた。


「サカイグループについては、詳しい?」


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