042 葛城房之後継者
「思ったよりも、利口な子のようね」
彼女は、再び誠の前で仁王立ちをしていた。
スカートスーツにハイヒール、腰まで伸ばした黒髪が風に靡く。
咲子の横には、背の高い男が立っている。白いスーツに、これまた長く伸ばした黒髪は、首の後ろで括っているが咲子よりも長い。
男の名は、
「組織の研究者……培養家と、複製者? それで、組織っていうのにうちの両親が所属していたって?」
通り魔ーー辻斬りに遭遇して、すぐ。ハルの言った「複製者」という単語で、誠はこの二人を思い出した。駅で話し掛けられたときは、妙なキャッチだとしか思わなかったが、一応気には止めていたのだ。咲子は誠の名を呼び、両親のことを何やら言っていたのだ。
妹を名乗るハルが、どうやら普通でないことも薄々感づいていた。だから、あの駅にいた二人は何か知っているのではないかと考えたのである。
幸い二人にはすぐに連絡がついた。というよりも、二人は誠を追って葛城邸まで行く途中だったらしい。ばったり帰り道で鉢合わせところで、詳しく話を聞くことになったのだ。
だが咲子が語ったのは、誠にとってあまりにも現実味のない話だ。秘密組織に、培養家、複製者。果ては、誠が両親の研究を継がないとならないとか。これを信じろと言われて、普通はすんなり頷けやしない。
誠の心情を察知したハルは、小さく首を横に振った。
「いや、咲子の言うことは事実だよ。私も組織を良く知っている。私は組織から、二人に連れ出されたんだ」
「連れ出された?」
ハルの代わりに答えたのは、咲子だった。
「そこの彼女も、複製者ってことよ。組織で生み出された兵器、エス遺伝子を宿した者。過去の偉人たちの能力を複製した超人。ご両親の研究成果」
「あまりに非現実的だ」
「そんなこと言っても、君はこの話を信じるでしょう」
言い切った咲子に、誠は目を見張った。その動揺を見抜いたように、咲子は笑う。
「私はね、葛城くんが帰ってくるのを待っていたのよ。貴方は、葛城房の後継者だもの。まぁ、何も事情は知らないようだけれど」
「その通り、俺は何も知らない。残念だったな。俺にはもう用がないんじゃないか?」
「いいえ。却って、都合がいいわ」
咲子は、誠よりも上手のようだった。何手も先を読んで、誠の逃げ場を無くしていく。このときの誠にはそう思えて仕方がなかった。
「組織において、複製者の研究は取りやめになった。だから私は今、その破棄に動いている。私は私の支持に従う、都合のいい手駒がほしいの」
その話に、誠は目を丸くする。あまりにも彼女の口ぶりが、あけすけだったからだ。
「俺たちに協力しろってこと? そんなこと言われてもーー」
「悪いけれど、拒否権はないと思いなさい。ハルは元々、葛城房で秘密裏に所持されていた複製者。本来であれば破棄対象のところを、私の配下ならば存在を許されるのよ」
「……………」
ハルはじっと、咲子を見つめていた。背筋を伸ばして真っ直ぐに立つその横顔は、覚悟を決めたように見えた。その姿は、咲子の言葉が真実であることを言外に告げていた。
ここで誠が咲子の申し出を断れば、ハルはこの二人に捕らわれて「破棄」されるのだ。しかしハルは誠に、助けを乞うつもりはないのだとわかった。誠の出す答えに、身を委ねるつもりなのだ。
誠には、出会ったばかりの妹に対する情は何もない。ハルがどうなろうとも、自分には関係がない。……そのはずなのに、気付いたらすでに、答えは口から飛び出ていた。
「わかった。協力するよ」
驚いたようにハルは振り返る。咲子と晴明は、思惑通りとばかりににやりと笑う。二人の反応に、誠はなんだか上手く転がされたような気持ちになって、顔をしかめた。
それを誤魔化すように、ハルに尋ねる。
「それで、ハルは何の複製者なんだ?」
「……知らない」
これは、予想外の回答。そうして、ハルは静かに告白したのだった。
「わからないんだ。私が何の複製者なのか、二人は教えてくれないまま、逝ってしまったんだよ」
◇◇◇
複製者とは、彼らは過去の偉人の遺伝子ーー通称S遺伝子を有した人造人間であり、組織の研究媒体だ。ただ複製といっても、そのままそっくり模したクローンではない。一部の能力を受け継いだ別の人間。だから見た目では、判断ができない。
誰の複製なのか、それは自分自身であっても見極めが困難はしい。ただ自分の複製元についてはわからなくとも、関連しているものに親しみを感じたり、同じ趣向を持っていたりはする。正体をわかっていれば、なるほど、と思う程度には。
「葛城家のどこかに、ヒントがある筈よ」
咲子にはそう言われた。複製者が自分の能力を最大限まで使うには、やはり複製元を知る必要があるのである。とはいえ、誠には十年も離れていた生家だ。探しものが簡単に見つかるとは思えなかった。
あれから数日。
誠とハルとの共同生活は、なんだかんだでうまくいっている。
知り合ったばかりの兄妹ではあるが、同じ両親に育てられ、同じ家で育てられたからだろうか。ハルと過ごすことに、誠はあまり違和を感じなかった。
食事や掃除は、当番制。ハルは意外にも、家事が得意だった。半年もの間、彼女がひとりで暮らしていた館内もきれいに保たれており、関心したものである。館はそこそこ広い。掃除するにも一苦労だ。
玄関ホールから居間、各々の室内には両親がいたころの様子が色濃く残されている。壁や棚上に飾られたいくつもの家族写真の中では両親が変わらない笑顔で写っていて、未だに彼らが亡くなったことを信じられないような気がする。
その家族写真には誠の写真と、そしてハルの写真もたくさんあった。両親とふたりの子供たち。写真だけみていると、どこもおかしくない四人家族だ。
「連絡役を寄越すという話だったけど……」
咲子からの連絡は無いままだ。結局ハルの複製元もわからないまま、ただ日常が過ぎていく。
「まあいいか。そろそろ、学校も夏休みだ」
学校、という言葉にハルは瞳を瞬いた。そして今気づいたとばかりに尋ねた。
「マコト、おまえ学校は?」
「ちゃんと転校の手続きは済んだよ。通うのは夏休み明けから。もともと、引っ越し準備もあるから休み前には行く気なかったんだよね」
あっさりと告げた誠に、ハルは咎めるような目を向ける。
「夏休みまで一週間と少しだけだし、転校のタイミングを切りよくしたい気持ちもわかるけれどな。ちゃんと、学べるうちに学んでおいた方がいいんだぞ」
「な、……学校に通ってないハルに言われたくない」
言外にさぼるなと言われて、つい反論した。そんなこと、自覚済みである。間違いなくこれはさぼりだ。しかし、両親の遺品整理という大義名分があるのだから問題はない。
するとハルはどこか誇らしげににやりと笑い、言い返してきた。
「言っておくが、私は高校レベルの学習まではすべて終えているぞ」
「え?」
「組織では教育体制が万全なんだ。いくら強くても、複製者が馬鹿では使い物にならないからな。研究房ごとによるらしけど、葛城房では一般教育と変わらないやり方だった」
「……それはイメージとちょっと違ったな」
複製者は、研究対象なのだと聞いている。だからもっとなんか、物のように扱われているのかと思っていた。もしかしたら、考えていたものとはだいぶ違うのかもしれない。
「組織って、どんなところなんだ?」
「研究機関だよ。でも、全体で何をするということはない。いくつもの研究所が寄り集まっているっていうイメージかな。複製者との向き合い方は、研究房ごとにかなり違う。そもそも所属員の大半が代々世襲だから、房ごとに特色が本当に異なる。……まぁ、それはともかく」
ハルは、改めて誠に向き直る。その表情には何かを期待するような色が乗っていた。
「それじゃあ、誠は暇なんだな」
「まあ……そうだな」
やけにキラキラとして見えるハルの笑顔に、誠は曖昧に頷いた。どうやら何か考えがあるらしい。一体何を企んでいるのかと、思ったら。
「街に出ないか?」
「街に?」
「うん。マコトはこの街にくるのは久しぶりなんだろう?」
「そうだな、来たときにも思ったけれど、結構変わっているみたいだ」
「よし、それなら決まり! 私が街を案内してやろう!」
ハルの勢いに促されるまま。その提案に、提案に誠は頷いたのであった。
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