017 復讐者(二)
咲子と晴明が帰ったあと、誠はぐったりとソファへ倒れこむ。まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかった。隼人が真正面から誠に敵意を向けたことだけでもショックなのに、誠はこれから、彼を倒さなければならないのだ。
ぐるぐると回る思考に、頭を抱える。横にやってきたハルは、小さく尋ねた。
「マコトは、ハヤトってやつを助けたいんだな」
その言葉に、誠はすぐに反応を返せなかった。自分でも自分の感情が整理できていなかったからだ。でも、助けたいというその発想に驚いた。
「えっ、なんで?助ける?」
「なんでって、友達なんだろう。このままだと、あの男は私たちに倒されることになる。藤原たちのことだ、負けたあいつが無事だったとしても、風魔に協力したのを見逃してくれるとは思えない」
そういわれれば、そうである。もとより、咲子たちは複製者の生死は問わないといっていた。――それは、協力している方丈にも適応されることなのかもしれない。
でも、それを指摘されても、なんだかピンとこなかった。
「助けたいっていうか……信じられてないっていうのはあるかな。藤原さんたちが言っていたこと、事実なんだろうけど、現実感がないっていうか」
やっとのことでそう答えた誠を、ハルは目を丸くしてまじまじと見つめた。それから、ぷっと吹き出して笑い出した。
「何か俺、変なこと言ったか?」
「ははっ、不思議なことを言うんだなって思ってさ!マコトは大物だよな」
ハルの返しがよく理解できずに首を傾げるけれど、ハルにそれを説明する気はないようだった。笑うハルに少しだけ緊張が解けたように思えた。そして、話を続けた。
「俺だってわかっている、方丈くんが怪しいこと。相手が方丈くんだって言われて、これでも動揺しているんだ。そのことをハルには申し訳ないと思っているし、藤原さんたちにだって何て言えばいいのかわからないけれど」
ハルは息を吐いて、苦笑した。
「私だって、気が乗るわけじゃないよ」
「そうなの?」
「……話を聞いて、同じような境遇だなって思ったんだ。方丈隼人と、私たち。私も誠も、葛城のお父さんとお母さんを突然亡くしている。事故だっていうけれど、それが本当のことかわからないだろう」
ハルの言葉に、誠は苦いものが胸に広がる。もしかして、とは思っていたが……。
「やっぱり……事故じゃないのか?父さんと、母さんのこと」
「さあ、真相はわからないけれど。私も死に目には会えなかったから。……でもマコトは納得できたのか?あんな突然、死んだと言われて。何も具体的な状況は教えてもらえなかったんじゃないのか。少なくとも、私はただの事故だったなんて思えなかった」
「……」
ハルの言うとおりだった。
両親の訃報は伝えられたし、誠もそれを受け入れた。けれどもたとえば、二人最後がどうであったのか。どんな状況だったのか。その詳細は誠は知らなかった。それに今は、何も知らなかったあのときとは別の懸念が脳裏を過ぎる。
「うちが――葛城が、組織の研究者だったことは何か関係があるのかな」
「ない、とはいいきれないだろうね。葛城は、培養家としてもかなり歴史が古いんだそうだ。それに私という複製者を匿っていた。マコトのことも……事実、何か起こることを懸念して山吹市から遠ざけたんだろうし」
「やっぱり、そうなのか」
「もちろん、私を葛城の家に引き取る為というのもあったと思うけれど。だって突然、得体の知れない妹が現れたらいくらマコトだって混乱するでしょ?」
言ってから、ゆるやかにハルは首を横に振った。
「いいや、マコトだったらすんなり受け入れてくれたかな。今ならそう思う」
マコトも、なんだかそんな気がした。現に今、突然現れた妹に何の違和も感じていない。ハルと一緒にいると、まるでずっと前からずっとこうしていたような気がするのだ。
「話を戻すけど。状況的には葛城も方丈も似たようなものだ。でも――私にはマコトがいた。マコトと出会う前から、一人じゃないって知ってたんだ。そこが、方丈隼人とは違うところなんだと思う」
「ハルは……ずっと会ったことなかったのに、俺をなんで信じられた?」
「話を聞いていたから。お父さんもお母さんも、マコトのことを大事に思っていた。だから私は結構、マコトのことを知っているんだぞ」
ハルは、少し恥ずかしそうに笑う。
「私……嬉しかったんだ、マコトが帰ってきて。ずっと会いたいと思っていたから。こんなことになるなんて思わなかったけどね」
「俺にとっては、あまりに突然できた家族だったけど。それに、ハルみたいな子に会うのははじめてだったし」
「なにそれ。私じゃ不満ってこと?」
「いいや」
口を尖らせたハルに対し、誠は首を横に振った。
「ハルじゃないとだめだったかもしれないって思った。ハルといると落ち着くし、楽しいから」
これは本心だった。うまく説明はできないのだけれど、なんだかしっくりくる。ずっと前から、一緒に育った兄妹であるかのように。
ハルと誠は顔を見合わせる。照れ臭くなって、二人して少し笑った。それから、ハルは気を取りなすように声を上げる。
「そうとなったら、明日の準備だな!」
「準備か。……戦闘はかなり、ハルに頼ってしまうことになると思うけど」
どうしたって、これは仕方がないことである。誠自身、ハルと共に戦えればと思うものの、下手に動いても足手纏いになる。誠も運動はできる方だが、レベルが違うのだ。しかしハルは、誠にぴしりと言った。
「いいや、マコトにも出来ることはあるだろう。お前の役目はなんだ?」
「俺の役目……」
考えを巡らせて、はっとする。そうだ。誠にも、いや誠にしかできないことがある。ハルと共にいる、誠の役目。複製者としての役割。
ハルは真剣な顔で、尋ねた。
「なあ、マコト。祝詞に心当たり、ある?」
◇◇◇
隼人へ梶原から連絡があったのは、竹林でのあの遭遇のすぐ後のことだった。梶原は今、隼人にとっては保護者にあたる。天涯孤独になった彼を、ただ一人親身になって引き受けてくれたのは彼だ。最初は疑心暗鬼から信用できなかったし、反発もした。けれども今となっては良くしてくれる梶原に、隼人も心を許している。――すべてを、話してはいないけれど。
電話の向こうで、梶原は気遣うように問いかけた。
「隼人、誰か訪ねてこなかったか?」
「いいや、特には」
「それならいいんだが。だが、気を付けなさい。まだ事件をネタにしようとするゴシップ記者は多いんだ。しかし、奇妙な二人組だったな。記者にはあんまり見えなかったが。でも、善人にも思えなかった」
はっきりとしない梶原の言葉に、隼人も僅かに警戒心を抱いた。長年刑事として勤めていた梶原の、このような勘は鋭いのだ。無碍にはできない。
「あの事件を調べているのは間違いないだろう。気を付けるに越したことはない」
梶原の言葉に、隼人は静かに目を伏せた。
梶原は、天涯孤独となった隼人の後見人となった。それは身よりのない隼人にとってもありがたいことであったし、感謝をしてもしきれない気持ちも大きい。
梶原は隼人がすべてを失ったあの日、担当刑事として現場へやってきた男だ。現場では上司部下問わず慕われるベテラン刑事の彼は、その勘と行動力で事件を追っていった。だが真相にたどり着く前に、当時の彼の部下が命を落とした。そしてその理由すらわからないまま、捜査は打ち切られることとなった。
梶原は、この事件の結末に納得しなかった。それは、隼人だってそうだ。
(それに……)
隼人が打ち明けていない、ある証拠。それを一人だけ、打ち明けた人物がいる。それが亡くなった梶原の部下だったのだ。
(あのとき……タケさんは、何かに勘付いていた)
そして何かを確かめると言って隼人の側を離れたのだ。それが隼人が見た彼の最後の姿だった。
彼が何に気づいたのか。ずっと隼人はそれを考えながら、辿り着くことができなかった。梶原には言えなかった唯一の、真相への手がかり。誰にも言えず、だだ胸の中に真犯人への憎しみだけが育っていった。
(でも、今の俺は無力な子供ではない)
今の隼人は、あの頃とは違う。そして隼人は、もう知っているのだ。自分が一体何に巻き込まれたのか。どんなにくだらない理由で、家族を惨殺されたのか。犯人の意図にも、限りなく近くまで近づいている。
(カジさんには悪いけど、俺にはこの道しかない)
隼人はもう、子供ではない。力を持っている。犯人に復讐する術を得て、あとはそれを遂げるだけなのだ。
復讐なんて、愚かなことかもしれない。きっと梶原がすべてを知れば、そう説き伏せようとするだろうけれど、もう止まれない。もう遅い。既に隼人は――手を汚してしまっている。
(誠の存在は想定外だ)
竹林で遭遇した、かつての同級生。そしてその傍らにいた少女。少女からは、常人とは異なる気配を感じた。あれは間違いなく複製者だ、と隼人の同胞は告げた。
葛城誠が培養家の子であることは、既に知っていた。葛城夫妻の訃報を知ったとき、ホウジョウ事件と同じように思えた。真相はどうであれ、きっと方向性は同じだろう。つまりは培養家及び、複製者を狙った事件なのだと。
それから一年弱。一人息子である誠の帰還に、人一倍警戒をしたのは隼人だ。誠がどこまで知っているのかはわからなかった。だが、組織に精通している可能性は否めないと考えたのだ。
(彼女が、葛城の所有していた複製者か)
そして誠は今、隼人を追う立場にあるらしい。サカイリゾートでの尾行に気づき、覚悟を決めた。敵に回るのならば、かつての友人だろうが手加減するつもりはないのだ。
あのときは小手調べとして早々に手を引いたが、次に会ったらその時は死闘になるだろう。それにあちらも、きっとまた接触してくるだろうと思った。
それでも、足を止めるわけにはいかない。もう、隼人には足を止める理由がない。
「誠。オレは道を塞ぐものには容赦はできないよ。たとえそれが、かつての同級生だったとしてもね」
同胞――隼人の今のパートナーは、その特性を生かしてすぐに葛城の居場所を突き止めた。
場所はニューポート付近の海岸沿い、コンテナの並ぶ倉庫街。日の落ちた後、人気のないここは絶好の戦闘場所だといえる。
呼び出されている、と感じた。事実、彼らもこの時を待っていたのだろう。やってきた方丈に、そこに立ち尽くす彼は神妙な顔で呟いた。
「方丈くん……」
どうして、こうなってしまったのだろう。これは何の為の戦いなのだろう。そして相手の同級生は、何を考えているのだろう。
(俺は、何をしたいんだろう)
もはや、隼人にもよくわからないのだ。
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