044 藤原女史配下集結、一
『
それが今、山吹市に蔓延している病の名である。
近頃市内で力をつけている新興宗教団体だ。設立自体は十数年遡るようだが、この一年ばかりでその勢力は何倍にも膨れ上がっている。この勢いに、警察機関も注視しているのだとか。
「……とは言ってもね。新興宗教自体は、犯罪を犯していなければ邪険にするものでもないわ。私たち組織も、端からみれば同じようなものでしょうし」
「言われてみれば、そうだな」
「何なら新興宗教の方が安全かもしれないな、組織って目的のためなら何でもするような奴らばっかだから」
ハルは吐き捨てるように言う。咲子は特に何も返さなかった。事実だからである。
咲子たちが『組織』と呼ぶ集まりは、そういう場所なのだ。世間一般には公にできないことも山ほどしている。しかも誰もが、自分たちの野望のために、動く。秘密裏に行われてきた人道的にはずれた研究は、新興宗教よりも余程恐ろしい。
「どうしてその千手教を調べるんだ?」
「怪しいから」
はっきりと、咲子は言い切った。
「成長が、あまりに急性。教団のめり込む者が多く、次々とその総数を増やしている。今までに存在した他の同系統の集団と比べても、その発達速度は倍以上。何も、具体的な事件があがってきてないことが妙に思える」
その続きの言葉は晴明が引き継いだ。
「他にも、気になることがあるんだよ。信者たちは、信仰によりある種の神の力が与えられると信じている。更には、実際にそれを手に入れたと言う信者も出てきているんだ」
◇◇◇
話は、少し前に戻る。
商店街で合流したのは、ハルと誠、咲子と晴明、それから
誠は、隼人のことを知っていた。小学生の頃の同級生だ。当時は一緒に遊んだりもしていて、誠にとっても印象深い友人だった。
ただ、山吹市を出てからは一度も連絡をとっていない。実は引っ越しの際、隼人は連絡先を教えてくれていた。でも誠は、なんとなく連絡を躊躇ったまま、結局誰にも知らせることなく山吹市へ戻ってきたのだ。
山吹市へ戻れば、いつかばったり会うかもしれない。そう思ってはいたが、この再会は想定外だった。まさか、彼までが組織に関係しているだなんて。しかし、隼人の方はあまり驚いてはいないようだった。
「カツラギって聞いて、すぐに誠のこと思い出したから。誠は、葛城房の跡取りなんだろう」
そんな、誠も認めきれていない現状を彼はあっさりと口にした。隼人は、小学生時代と同じ爽やかな笑みを浮かべる。
「でも誠ってば、本当に引っ越してから一切連絡を寄越さなかったよな。どうしているか心配してたんだけど」
「ごめん」
「はは、別にいいよ。それにしても、……ご愁傷様でした」
「それは、方丈くんも」
再会した隼人は、両親を亡くしていた。しかも地方紙ではそれなりに騒がれた、一家殺人事件で。難を逃れたのは隼人だけで、犯人は突き止められずに未解決のままだ。
「でも、どうして組織に」
もしかして、誠と同じように親が組織の人間だったのだろうか。そう尋ねたら、否定された。
「オレはもっと分かりやすい理由だよ。事件、犯人は複製者だったんだ」
誠は、すぐには言葉を返すことができなかった。複製者が人間兵器であることは聞いていた。しかし、両親が携わっていた研究で、ハルと同じ存在である複製者。それが他者に害を与える存在であることを、具体的には想定していなかったのである。それも、同級生が家族を失った。その犯人だろうなんて。
「……それ、警察とかには」
「言えるわけないだろ。複製者やら組織やらは、世間からは隠されている。それを公にしようとしたら、こちらの身が危ない」
隼人は肩を竦め、自分は運が良かったのだと続ける。
「オレはこいつに出会うことができた。だから、真実を知った」
「笠間小太だ」
隼人の横に、同じ年頃の青年が立っていた。表情らしい表情は浮かんでいない。整った顔立ちをしているが、不思議と薄い印象を与える男だ。彼は簡潔に名乗り、ぺこりと頭を下げた。
「笠間は培養家をなくした複製者で、俺と敵が一緒だったんだ。それで、ずっと犯人をさがしていた。実行犯の存在に辿り着いたのが半年前で……」
「そのタイミングで、私たちの方から方丈くんに接触したのよ」
咲子が口を挟む。
「方丈くんのご家族は、組織の権力争いに巻き込まれてしまったの。犯人は、組織内でそれなりに力のある派閥の複製者だった」
犯人と咲子は、それぞれ対立する派閥に属しているのだ。咲子と晴明も彼らの行動には手を焼いていて、どうにか摘発する機会を伺っていたらしい。だからホウジョウ事件で生き残った隼人のことを知り、協力関係を結んだ。
「……最初は、ただ復讐心だけで動いていたんだ。直接手を下してやりたいとすら思ったよ。でも藤原さんたちに色々教えてもらって、それだけじゃだめだって気づいたんだ」
「どういうこと?」
「組織はオレたちが思っている以上に、この国の根幹を担っている。政界や大企業のトップにも組織に関係する人物が多い。オレみたいな被害者は、珍しくないんだ。正すなら、元から正さないと意味がない。だから、オレは藤原さんに協力して組織改革を進めたい」
そう告げた隼人は、真剣な眼差しをしていた。自分のやるべきことがはっきりしているというような、どこかスッキリした表情だ。
本来ならば、すべてを奪われた怒りと悲しみで、復讐心に駆られていてもおかしくないというのに。
「方丈くんは、強いな」
誠が思わず言うと、彼は照れくさそうに笑った。
「そんなことないよ。誠だって同じだろう」
どうだろうか、と思う。誠は、何も知らずにこの山吹市へ足を踏み入れた。確かに両親の死については思うことはあったが、今のこの状況は、周囲に流されてきた結果とも言える。
(それでも、……今更、手を引こうとは思えないけれど)
咲子は改めて、ぐるりと周囲を眺め、そして告げた。
「私と晴明、方丈くんと笠間くん、そして葛城くんとハル。この六人で動こうと思うの。千手教に潜入するわ」
◇◇◇
このような経緯があったわけだが――。
「結局、千手教にはどんな因縁があるんだ?」
誠は首を傾げた。
組織とやらが、偽善的な理由で動くわけがないということは、誠にも良くわかってきたのだ。つまり千手教には、咲子たちにとって都合の悪い何かがあるのだろう。
「葛城誠。順序というものは大切なんだ。少し話を聞いていなさい」
晴明は、口を挟んだ誠を嗜めるように言う。
この晴明という男は、誠にとっては未だに得体の知れない存在だった。彼は『安倍晴明の複製者』であり、そして自らを晴明と名乗っている。だが、複製者は偉人の複製であっても、決して本人ではない。
(だけどこの男、あくまで”安倍晴明”として振る舞っているんだよな)
そのことが少し奇妙であった。
誠は、咲子に一度聞いたことがある。複製者とは晴明のように、複製元と同一の存在として振る舞うものなのか、と。それに対して咲子は曖昧に答えた。
――それはその複製者が、どう期待されて生み出されたかにもよるわね。偉人の再来と奉られることも、別の個人として扱われることもあるわ。
ハルは、複製元がわからないという事もあるが、葛城房において『ハル』という個人として育てられたのだろう。
対して晴明は前者、つまり、安倍晴明本人であることを求められて存在しているのか。
けれど、咲子の返答はまたもやはっきりしなかったのだ。
――そうね。あいつは、安倍晴明として存在しているわ。でも一応、『安倍晴明』以外の自分の名を持っているし、私も複製元であることを強要はしていないのだけれどね。
(よく分からない男だ)
誠が大人しく口を閉じると、晴明は微笑する。そひて、憂いを帯びた瞳で手元の資料を眺めた。
「宗教というものは厄介だ。古来より、強い想いは人を強くも弱くもする。信仰は思いこみ。思いこみは本来は手の届かないものにも届いてしまう危うさがある。だからこそ手を焼く」
「……それは、安倍晴明としての記憶か?」
「さてね」
誠の問いを、晴明はさらりとかわした。二人のやりとりに呆れたのか、咲子が簡潔に告げた。
「何も難しい話ではないわ。その宗教団体が、複製者を所持している可能性があるの」
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