エス複製計画

藤あじさい

XXX 神話


「鬼だ」


 誰かがそっと、呟いた。

 意図せずにぽろりとこぼれてしまったとばかりの、小さな声だった。しかし緊迫した空気の中、その声はよく響いた。


「あれは、鬼神に違いない」


 誰の声だったかはわからない。おそらく、呟いた本人ですら気づいていない。しかしその場にいた皆の感情を、的確に表した言葉だった。


 立ち尽くす姿は、まるで神話の一節のようだった。目の前の光景に、人智を超えたものを感じる。

 実際、とっくに限界は超えているはずだ。満身創痍、ここまでの戦いも酷く苛烈なものだった。本来であれば、立っているほうが奇跡なのである。しかしそんな状況は感じさせず、体力に限度などないかのように前を見据える姿勢に、見守る者たちは戦慄を覚える。


 右は相手の命を奪わんと真剣を突き捨け、左は身を守るように木刀を構える。ぴんと神経を張りつめ、微動だにしない。僅かに聞こえる息遣いが辛うじて、それが生身の人間であることを証明している。

 そよぐ風の動きすら手中に収めている。見開かれた眼は、少しの情報すら逃さないようにぴたっと相手に向けられていて動かない。瞬きすら惜しむ様子が伺える。


 対峙する相手は文字通りの、人ならざるものだった。戦いに慣れている猛者ですら躊躇う、人間の理からはとうに外れた存在。こんな相手にどうやって勝てばいいというのか。前にしただけで、恐ろしくて足が竦む。

 だというのに、全く動じる様子はない。それどころか、どうにかして喉元に食らいついてやろうという殺気が迸って見えるようだ。


 緊迫した無音の時間は、一瞬にも永遠にも感じた。 

 どちらが先に動いたのだろう。地面を蹴る音がしたと思ったら、同時に、両者は敵へ向かって走っていた。


 闇と光は激突する。

 白と黒のぶつかり合い、相容れないのが当然のような双方。そこにはもはや、大儀名分などというものは存在しないようだった。どちらかしか生き残れない。相手が倒れるまで止まれない。両者譲らず、こちらこそが正しいのだと力ずくで周囲に思い知らせるような衝突。

 文字通り、化け物同士の戦いだ。だが見守る者たちには、どこかそれは神聖な儀式のようにさえ映る。


 そして悟る。

 これこそが我々の犯した所業の結末だ。


 なんてものを生み出してしまったのだろう。命を生み出すのは、神の仕業である。それを知っていながらも、そこへ手を加えた。その罪こそがこの状況を生みだしてしまった。このような、怪物を創ってしまった。


 ――例えば、天才と呼ばれるような人並み外れた人斬りの技術を。

 ――或いは、奇策を用いて戦を制し英雄と謳われたとある武人の才覚を。

 ――または、海の向こうの国で名を轟かせた凶悪な殺人鬼の身体能力を。


 あらゆる過去の事象から再現、人工的な再構築の結果、世に生まれ出た最強。

 ああこれが、これこそが、人の手によって生み出された最高傑作。




「これが――――複製者フクセイシャ




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