112 双星の襲撃者-3

 第一印象は「良く似ている」だった。

 そう、新たに現れた男は良く似ていた。今、戦っていた青年と。地に伏したまま青年は、男に目を向けてぱあっと顔を明るくした。


にぃ!」

「おう、流星。やられてんな」


 青年――流星と呼ばれた彼は、兄の登場に安堵したのだろう。笑顔を浮べ、あからさまに甘えた声を出す。


にぃがいないと俺、やっぱり半分くらいしか頑張れねーよ」


 それに対して、ため息混じりで男は返した。


「はー、全くお前は変わらねえな。先走って、一人で飛び出してくからだろ」

「だってよ。にぃは用事あるって言ったから、オレがどうにかできればって思って」

「わかったわかった悪かったよ。今度からはお前も用事一緒にいこうな。――だから先に、こいつら片づけるぞ」


 そう言い放ってじろりと、男は視線を周囲に走らせた。周囲の空気がひりつく。視線一つで威圧を与える彼の登場に、いっそう緊張感が増す。


「……お前たち、兄弟か?」


 不意打ちで殴られ吹っ飛ばされた宗は、体勢を立て直しながら尋ねる。かろうじて受け身がとれた。大きな負傷はしなかったものの、新手の登場に面倒なことになったと内心で息を吐く。

 宗に目を向けた男は、口元に笑みを浮かべて答えた。


「そーだよ。俺は雄大ゆうだい、そっちに転がってんのが弟の流星りゅうせい


 その名前に、はっと気づいて


「もしかして……あんたたち、榊原の複製者か」

「へえ、俺たちのこと知ってたんだ。やっぱし、組織の情報が漏れてるっつー上の考えは当たってたってことだな!」


 その複製者の噂は、アキヒト経由で聞いていた。葵房に属している、双子の複製者。彼らの詳細は不明だったが、ただひとつ分かっていたことがある。彼らが「榊原」の名のものに開発されたということだ。

 葵房は単一の一族による研究房ではない。だから、研究者にも様々な姓の者がいる。しかし「榊原」は葵房において、意味のある姓だった。酒井や本多、井伊に並ぶひとつ――いわゆる徳川四天王と言われる一角にあるからだ。この二人は「榊原」姓を持つ培養家によって生み出されたのである。


(つまり…………?)


 酒井と待ち合わせているこの状況で、徳川四天王「榊原」を冠する複製者が現れた。この状況をどう解釈すればいいのだろうか。

 だが目の前の男に、それを説明する気はなさそうだ。


「先にケチつけたのがどちらかってーのは、もうどっちでもいいさ。主の意向とかもどうでもいい。俺は、流星をやられるのが何よりも腹立つんだよ」


 雄大は、握った右拳を左の手のひらに叩きつける。それから歯をむき出して笑う。


「だからおまえたちは、俺が潰す」


 戦いの潮目が変わった。変わった、どころではない。圧倒的だった。

 いの一番で飛び出したのは若田だった。先手必勝と、拳にスピードと体重を乗せた渾身の一撃を振りかぶる。大柄の割に若田の攻撃は速く、そして正確だ。今回も確実に雄大の顔面を狙った一撃だった。

 しかし振り上げた拳を叩きつける――その瞬間に、雄大が若田の視線から消える。はっとしたのも束の間、次の瞬間に若田は口から強制的に唾を吐かされていた。見れば、雄大の容赦のないボディーブローが若田の鳩尾にめり込んでいた。

 そのまま状況を立て直す間もなく、上から振り下ろされた雄大の右肘が若田の後頭部にヒットする。


「ぐ…………!」


 これには若田もたまらなかった。若田が、そのまま意識を落としたのも仕方のないことだった。


「若田さん!」


 飛び出した鉄心を、振り向きざまに裏拳でいなす。その動作で鉄心は簡単に地面へと転がる。

 雄大の攻撃はパワーが凄まじかった。そして速い。登場して数分でこの様である。若田は沈んだまま起きあがれそうにない。早めに介抱してやった方がいいだろう。八郎は出し惜しみはしないとばかりに、指示を下した。


「鉄心、まや」


 翁の言葉にふたりは頷く。まやが、口を開いた。


「晴天なれど浪高し……」


 松実寺の祝詞だ。松実寺が祝詞を上げれば、平八郎が場を支配するほどの感覚共有を得ることができる。

 雄大の攻撃力は凄まじい上に、未知。しかし場を支配さえしてしまえば、戦闘の流れをこちら側に持ってくることができる。若田が倒れたとはいえ、こちらには宗がいるのだ。相手は強いが、数ではこちらが勝っている。八郎の指揮に宗の攻撃力が合わされば、戦いようはいくらでもある。しかし。


「おっと、させねえよ」


 祝詞の全てを唱えきる前に、雄大が動いた。体格の良い割には軽いフットワークで、まやに迫る。彼女はすぐに反応して間合いを取ろうとするが、長刀で受けた雄大の力を消化しきれずに、振り回される形で後方へよろけた。まやが体勢を立て直すのも待たずに次は、と今度は鉄心へ体当たりをかまそうとする。

 雄大が、松実寺の祝詞を邪魔しているのは明らかだった。これでは、松実寺は祝詞をあげきることができない。


「ここは、俺が引き受ける!」


 見かねた宗が雄大に向かって駆けた。まだ宗は、祝詞の効果を得たままだ。力を増した宗であれば、少しの間彼を一人で押さえられると思ったのだ。

 宗が横合いから雄大へと刀を突き出す。鉄心に向かっていた雄大は、器用に身体の位置をずらして避けた。


「オマエ、少しはやるな」


 雄大はにやりと口角を上げた。彼に余裕があるのは明らかだ。だが多勢に無勢。なおかつ今の宗は、少しの間彼を松実寺に近づけさえしなければいい。


(それくらい、俺ならできる!)


 間髪いれずに、追撃をかける。そのときだった。


「いいねえ!その殺気!よし流星、やんぞ!」


 雄大が大声を上げた。突然の雄叫びに、一瞬宗の足がたたらを踏む。刹那。


「我らは一つ」

「『無』の一文字」


 わずかな応答。一回きりの応酬。気合いを入れるにしては短すぎる文言が、不穏なものとして一帯に響き渡った。


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