第9話 過去3-1
改変発生から22時間。律希、篠木ペアの怒涛のシステム計算で、B52改変の修正が完了した。
「一ノ瀬さんお疲れ様」
パソコンを閉じて篠木が言う。
「……お疲れ様でした」
律希が目を合わせずに答え、篠木が修正部を早足で出て行く。その後ろ姿を見送って、律希は溜息をついた。
余裕が無くなると、相手の事を考えられなくなってしまう律希は、よく場の空気を悪くしてしまう。今回もそうだ。修正は出来ても、篠木に限らず沢山の人に当たってしまった。
修正が終わると毎回、疲労と自己嫌悪で何もしたくなくなる。
家に帰るのすら面倒で、律希は机に伏せる。いつもみたいに、少し寝てから帰ろうか……。
そう思った時、「一ノ瀬さん」と声がした。
「何?」
つい尖った声が出てしまい、律希は言い直す。
「……どうしたの? 川野さん」
少し下を向いていた紗奈が、顔を上げて言った。
「お疲れ様でした。あの、おかしな事言って本当にすみませんでした」
「それは、もういいよ。別に川野さんのせいじゃ無いんだし」
言いながら、律希は机の上の物を片付け始める。
すると紗奈は、何かを律希に差し出した。無意識に受け取ってしまった律希に、紗奈は早口で言う。
「嫌いじゃなかったら飲んで下さい。ココアです」
「えっ、何で?」
「変な事言っちゃったお詫びと、多分……、一ノ瀬さんすごく疲れてそうに見えるから」
律希は戸惑って、言うべき言葉を見つけるのに苦労する。
「別にいつも通りだし、こんなの貰う筋合い無いよ。あっ、いくらだった? 出すから」
「えっ、いや、いいんです。下のコンビニのだし」
「だけど……」
律希が言葉に詰まると、紗奈がにっこり笑って言った。
「ここのココア美味しいんですよ。冷めない内に飲んで下さい。私も自分の買っちゃいました」
「ここのって、コンビニなんでしょう」
「でも美味しいんです。疲れた時とか、本当に美味しくて、いつも助けられてます」
紗奈はそう言って自分の分のココアを両手で持つ。
「温かいのってほっとしますよね」
自分の手とカップを見て、律希はうなずいた。そして一口だけ口をつけた。
「……あっ、美味しい」
「ほら! だから言ったじゃ無いですか」
律希の呟きに、紗奈が得意げに言った。
「甘い物は本当に凄いですよね」
優しい甘さと温かさが、自己嫌悪や暗い気持ちを、緩和させる。
思っていた以上の効果に、律希は少し驚いたくらいだった。
「ありがとう」
律希が言うと、紗奈は嬉しそうに言う。
「甘いもの嫌いだったりしたらどうしようって思ってました。でも、和弥先輩が好きだって教えてくれたので」
「和弥のこと、和弥先輩って呼んでるの?」
「せっかく2年目になったのに今年は後輩が来なかったから、今日だけは先輩気分を味わわせて欲しいって言われたんです」
紗奈が言い、律希が笑う。
「和弥、確かに楽しそうだったな」
「本当に後輩にならない? って言われました。私も……そうしたいくらいです」
「本気で言ってるの?」
紗奈の言葉が、律希には信じられなかった。
「うちは仕事量も多いし、修正の時は大抵みんなイライラしてる。僕なんかいつも……」
律希は自嘲的に言った。
「見たでしょう。篠木さんとも揉めて、和弥に怒鳴って。修正部も僕も、いつもこんな感じなんだよ」
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