第15話 川野さんの家 Ⅷ

「えっ、川野さんの家ここなの⁉︎」


 目の前に立つ壮麗な建物を見て、さやかと優斗が、声を揃えた。


「めっちゃおしゃれ! ホテルみたい!」


「てか、高っ! えっ、ちなみに川野さん何階?」


 最城市内、時間警察から電車と徒歩で10分にあるそのマンションは、SIX STORYの持ち物だ。


「私は33階。真ん中くらいだね」


「33階で真ん中って……60階以上か」


 見上げて階数を数えようとする優斗を、紗奈は急き立てる。


「いーから早く入って。山田さん、もう大丈夫だから、ありがとう」


 基礎時代から来た兄妹を、現代の電車に乗せるのはさすがに厳しい。よって紗奈は仕方なく、SIX STORYの社員である山田直幸やまだなおゆきを車で迎えに来させたのだ。


 「紗奈ちゃんって本当にSIX STORYのお嬢様なんだね」と感嘆する和弥が少し鬱陶しかったが、山田は快く来てくれた。


「いえいえ紗奈お嬢様のお望みとあらば、私はいつでも駆け付けますよ」


 山田の返しに、事情を知らない優斗たちが「お嬢様?」と首を傾げる。


「山田さん、その呼び方止めてって何年も言ってるよね?」


 しかし、紗奈が小さい頃は、学校への送り迎えを担っていた山田だ。


「中学生くらいから、言われ始めましたかねぇ、それ。でも、今更変えろと言うのは無理がありますよ」


 と、懐かしそうに言って、変えるつもりは全く示さない。紗奈は、呼び名の話はまた今度だ、と諦めた。

 マンションに入り、自分の部屋へのエレベーターを呼ぶ。すっかり内装に気を取られている2人をまた急き立て、部屋に辿り着いた紗奈は、ほっとして溜息をついた。


「お邪魔しまーす!」


 紗奈が鍵を開けると、優斗がたったと駆けて行く。


「うわっ、中も広っ! 川野さんって一人暮らしだよね?」


「うん。……だけど、そんなに広いかな?」


 この部屋で広いと言うのなら、実家に連れて行ったらどんな反応をするだろう。

 この認識の差が、時代間ギャップなのか、自分の常識がズレているせいなのか、紗奈お嬢様には判断がつかない。


「私、将来こんな部屋に住みたいなぁ」


 さやかが部屋を見渡しながら言った。紗奈は曖昧に笑って、寝室に行く。

 優斗とさやかなら、普段自分が使っているベッドに、2人で寝られそうだ。


「優斗君たち、この部屋使ってもらってもいい?」


 紗奈が彼らに呼びかけると、2人は直ぐにうなずいた。


「でも、川野さんは? これ、川野さんのベッドじゃ無いの?」


「私はソファーで寝るからいいよ」


 疲れていれば、どこでも眠れる。修正部に入ってから身につけたその性質が、どうやら役に立ちそうだ。


「ほら、2人とも疲れてるんじゃ無いの? ここ使っていいから寝なさい」


 少し母の口調を真似てみる紗奈だったが、


「疲れてない」


 と言われてしまう。


「本当に? それでもいいから、じゃあひとまずベッドに入って」


 紗奈がそう言うと、さやかがベッドに飛び込む。優斗も隣に寝転び、ぼんやりと言った。


「……やっぱ今日って夢みたいだな。ここで寝たら覚めちゃうんじゃ?」


 その言葉に、紗奈も同感だった。

 

 ──本当に、夢だったらいいのに。

 

 前例の無い巨大改変などと、関わらないでいられたら、どんなにいいだろうか。

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