第4話 TSⅡ

 紗奈が躊躇っていたその時、ドアが向こうから勢いよく開いた。とっさに飛び退いたが、急なことに、紗奈は体勢を崩してよろけてしまう。


「川野?」


 ドアを開いた律希がパッと紗奈の手を掴む。その手に強く引かれて紗奈は体勢を立て直した。


「ごめん、今探しに行こうと思ってて……」


 律希は、慌ててそう弁解すると、紗奈の手を離した。


「探しにって、私をですか?」


 紗奈が聞くと、律希は、


「それ以外に誰を? 来てって言ったのに来なかったのは川野じゃん」


 と言う。そして、なぜか暗い紗奈の表情に気づいて聞いた。


「……何かあった?」


 この先輩はいつも聡い。紗奈は、さすがだな、と思いつつも首を振る。


「別に何もありません」


 紗奈には、律希が自分を探そうとしてくれたということが嬉しかった。単純だが、必要とされているように思えて、少しだけ気が晴れたようだった。

 律希がドアを開け、紗奈も会議室に入る。その瞬間、対策部のTSチーム、吉崎香織よしざき かおりの悲鳴めいた声がした。


「私分かった! 2018年の8月!」


 香織がTSで、問題の時間旅行の目的地を割り出したらしい。

 部屋が一気に活気づく。


「香織ちゃん凄いです! その部分転送してくれますか?」


 篠木が聞くと、香織は「今送ります」と答える。香織は、特定できたことに勢い付いて、ついハイテンションになっていた。


「よし、絶対見つけて止めてやるから! 覚悟しておきなさいよ!」


「……吉崎、落ち着け」


 香織とTSに当たっている対策部長の片岡涼誠かたおかりょうせいが言ったが、香織の耳には入らない。


「一ノ瀬も、紗奈ちゃんが来たなら早く手伝ってよ。場所と時刻も特定しなきゃいけないんだから」


「言われなくてもやってるよ。吉崎こそ集中しな」


「何? 時代は私が特定したんだからね。ちゃんと集中してるよ」


 香織は律希と同期なので、すぐに突っかかってくる。しかし律希はもう何も言い返さなかった。

 無言でTSソフトを立ち上げ、時空間をグラフ上に表した波線はせんをチェックする。


「……ここら辺、計算かければいいか」


 律希が呟いて手早くパソコンのキーを叩く。その複雑な作業は紗奈には分からないが、見ているのは好きだった。律希の手は、いつも一切迷い無く動く。


「あっ、一ノ瀬さん、これ……」


 不意に紗奈が口を開く。


「何かおかしくないですか?」


「何が?」


 訳を聞かれても、紗奈は答えられなかった。何となく、数式の形に違和感は覚えたが、それがどうしてなのかは分からないのだ。

 しかし、律希は紗奈が指さす数式を見て、何かに気づいたようだった。


「あっ、ミスった。ここ違うな」


 紗奈は違和感が当たっていたことにほっとする。律希が不思議そうに、


「何で分かったの?」


 と聞く。時空学は一切分かりません、と公言している紗奈が、どうやって自分のミスに気づけたのかが不思議だった。しかし紗奈は首を傾げて言う。


「……分かりません。何かいつもと違うような気がしたんですよね」


 後輩の曖昧な言葉を、律希は、そっか、と流す。紗奈と仕事をしていると、こう言うことはよくあった。的中率はそこまで高くないが、天性の才能なのかもしれない。律希はそんな紗奈を結構気に入っていた。

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