第3話 事件改変Ⅰ

 2718年9月20日午前5時


 紗奈はハッと飛び起きた。怖い夢から逃げ出すように目覚めたのは分かる。しかし、起きた瞬間、その夢の内容は彼方に消えていた。


「……何だったんだろう」


 何も覚えていないのに、大切な物を失くしてしまった時のような、激しい焦燥感だけが残っている。寒くはないのに身体が震えていた。

 思い出さない方が、きっといいのだろう。でも、この感情の片付く先がない方が不安だ。


 時計を見ればまだ五時で、職場から帰って眠りについてから、四時間も経っていない。修正明けはいつも遅くまで寝ているのに、と紗奈は溜息をついた。

 しかし、この気分ではとても、二度寝は出来そうにない。

 ひとまず落ち着こうと、紗奈はリビングに向かう。


 すると、テーブルの上で、携帯が鳴っていた。


「この音で起きたのかな……」


 手に取ると、和弥からの電話だった。悪い夢に早朝の電話。紗奈の心は不吉な予感にざわついた。


「……はい、川野です」


 両手で携帯を耳に当てる。すると、食い気味に和弥の声が聞こえた。


「紗奈ちゃん? あのさ、今すぐ会社に来て」


「えっ……今すぐ?」


「そう」


「どうしてですか? まだ四時間も経ってないのに……」

 

 紗奈が言うと、電話の向こうで和弥の声が変わった。今にも泣き出してしまいそうな声で和弥は言う。


「分かんないよ……! 俺だって、行きたくなんかないし……。さっき俺には、中山部長から電話がきて、紗奈ちゃんにも伝えておいてって言われたんだ。『今すぐ来て』だけが伝言。それ以外は俺も教えられてない」


「……すみません」


「俺らほぼ三徹じゃん。何があったか知らねーけど、また仕事だっていうんだったら、マジで殺しにかかってきてるよ」


 そこまで言うと、和弥は溜息をついて、


「じゃ、俺家出るから切るわ。紗奈ちゃんも頑張れ」


 と電話を切った。

 紗奈は携帯を下ろして、しばらくそのままにしていた。

 修正完了から、まだ四時間も経たないのに、また歴史の改変があったのだろうか?


(それは、ないと思うけど……)


 紗奈がそう思ったのには、二重改変の法則という時空学の法則が関係している。

 

 歴史が改変されると、時空間中の改変エネルギーが消費される。その為、大きな改変が起こった後しばらくは、改変エネルギーの減少により、少しくらいの干渉では、改変が起きにくくなるのである。

 

 大きな改変の後の、新しい改変が起こりにくくなる時間を「時空間不活性時間」と言う。実装の法則と等しくこれも72時間だ。

 今回和弥が修正した改変も、この法則を適用できる規模の大きい物だった。その為、通常、後72時間は大きな改変は起きないはずなのである。


 それなのに、四時間あまりでまた仕事?


「まさか……」


 頭をよぎった不吉な予想に、紗奈は首を振る。


「とりあえず、行かないと」


 声に出すことで気持ちを高めると、紗奈は手早く支度を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る