第14話 前例無しの改変 Ⅴ

「基礎課の様子をですか?」


「坂井が暴走してないかを」


 紗奈は、律希と中山の様子を不思議に思いつつも、了承する。


 修正フロアを出て、長い廊下をエレベーターまで行く。もう始業時間はとっくに過ぎ、廊下には人も多い。

 事件改変の規模は、まだ限られた人にしか伝えられていないらしく、廊下で話す社員の多くはいつもの変わらない様子だ。


「基礎課……」


 紗奈は階数案内を見る。

 基礎時代担当課は40階。紗奈はエレベーターのボタンを押した。


 基礎課の部屋に着き、紗奈は慎重にドアを開いた。


「……こんにちは」


 中は修正部の4分の1ほどの広さしか無い。その空間は、紙やファイル、その他何に使うかも分からない雑多な物で散らかっていた。


「川野さん!」


「あっ、さやかちゃん?」


 紗奈の名前を呼んで、さやかが駆けて来た。状況を把握する前に、さやかはぎゅっと紗奈の手を掴んだ。


「どこに行っちゃってたんですか?」


「どこって……?」


 紗奈がさやかの顔を覗き込むと、彼女は不機嫌そうに部屋の奥を指した。


「おっ、修正部?」


 声がして、部屋の奥に置いてある、大きな冷蔵庫らしき物の陰から、優斗と坂井拓人が現れる。


「何だっけ、えーっと……川野か。何の用だ? 中山からの伝言か?」


 辛うじて紗奈の名前は知っていたらしい。しかし紗奈が、冷蔵庫に気を取られているのに気づいた坂井は、得意げに笑って言った。


「これか? 何と……基礎時代の最新式冷蔵庫だ!」


「き、基礎時代?」


「最近知り合いから手に入れたんだよ。何かこう、ロマン的なの感じるだろ?」


 畳み掛けるような口調に、紗奈は呆気に取られて言葉を失くす。すると優斗が、


「川野さんはどう思う? この時代の人って、俺らの時代にそんな感激するもんなの?」


 と、興味津々で聞いて来た。


「えーっと……」


 紗奈は戸惑った。

 基礎時代とは、名前の通り、現在の生活の基礎が出来た時代である。だから、基礎時代と現代の文明レベルはほとんど変わらず、生活スタイルも同じだ。

 戦国が好きだ、とか、大正浪漫と言うなら分かる。

 だが坂井はどうやら、基礎時代が熱狂的に好きらしかった。


「ほとんど、同じですよね」


 紗奈は正直な所を言う事にした。すると坂井は「は?」と声を上げる。


「だから駄目なんだよなぁ。基礎時代は目新しくないから面白くない、勉強する意味が無い、とかそう言う事言う奴が多過ぎんだよ!」


「いえ、あの……! そこまでは言ってません」


 紗奈は慌てて叫んだが、坂井は、はぁー、と溜息をついて、優斗に言った。


「優斗はな、自分の時代を誇りに思っとけよ? 基礎時代の良さを忘れちまったら、この時代はまた悪くなる。そんぐらい基礎は大事なんだよ」


「はい!」


 優斗が元気良く答えた。どうやら彼は、坂井に懐いたらしい。しかし、さやかはそんな兄を冷めた目で見ていた。


「お兄ちゃん、純粋過ぎ。みんな意味分かんないよ」


「……さやかちゃんは、現実主義なんだね」


 紗奈は曖昧に笑った。優斗もどうかと思うが、さやかもさやかで正反対過ぎる。

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