第20話 はじめてのレジャーパーク
ガラテア王国の魔法障壁は、その昔お父様が倒した魔王の魔力で維持されている。
魔王の魔力が封じられた超強力な魔法道具がガラテア女王の手に渡ることを、勇者だったお父様は許していた――というか、当然だと思っていた。
結果、現在あの世界ではガラテア王国が10年間も引きこもっている、というわけで。
「本当に空気を読まないんだ」
お父様が先に帰ったあと、小鳥遊くんがため息交じりに言った。
レイナさんに勘ぐられるといけないから、時間差で帰ろうと提案したのはお父様だ。察するに、魔法道具の件とガラテアの女王の件を知られたら相当話がこじれるだろう、ということだけは解っているらしい。
「基本自由だし、勝手だし、自分の判断は正しいと思い込んでる」
「でも、レイナさんにはすっごく気を使ってたじゃん」
「そりゃ、母さんは怒ると怖いから」
そうなの?
まあ、そのくらいでなきゃ、あの元勇者様の手綱を取るのは無理かもしれない。ていうかレイナさんもお姫様で巫女様だしな~。
「で、でもさ、魔法障壁を作っている魔力が魔王のものだって解ったのはよかったよね」
「良かったか?」
「だってもし、ガラテアの王族にすっごい魔法使いがいたら、勝てなくない?」
何の気なしにそう言ったら、小鳥遊くんはわずかに唇を尖らせた。おっと、意外と負けず嫌い?
「俺は勝つけど」
「物理攻撃なら、でしょ?」
「魔法が発動する前に斬れば勝てる」
なにそれ、剣豪か?
お父様に比べたら、いや比べるのよくないけど、だけど小鳥遊くんはずいぶんストイックだよね。でもまあ、自信家なところはどっこいどっこいだ。
「そういえばさ、あっちの世界だと魔法使いっていっぱいいるの?」
「こっちの世界よりは多い」
「こっちには魔法使いなんていないじゃん!」
「多少はいるだろ、隠れてるだけだ」
「えっ」
「母さんだってそうだろ」
「ああ、なるほど」
異世界から来た人がいるんだもん、もしかしたら魔法使いも思っているよりいるのかもしれない。やばい、だんだん非常識が馴染んでいくなあ。
「とはいえ、向こうでも魔法使いは珍しいし、王族に多いな」
「レイナさんやエリシャみたいに?」
「そういう一族だから王になった、とも言える」
なるほどね。力のあるものが王になるのは世の常ってことか。
「ガラテアの王家も代々続く魔法使いの家らしい。だからこそミステアと分裂した、という話もある」
「あー、なんかわかる」
「そのガラテアに物騒なモンを渡してるの、なんなんだよあいつ……」
スタートに戻ったぞ。まあ、そのぼやきもわかる。
いくらガラテアの女王様が信頼できる人だったとしても、敵国だもんね。しかも魔王の魔力を封じ込めた魔法道具って、魔、魔、魔って字面だけでもまじやばそう。ミステアの王様が知ったら倒れちゃいそう。
だけど逆に言えば、お父様がそれだけ当時のガラテアの女王様を信頼していたということだ。だからこそどうして今になって魔法障壁に使ってしまったのか、それがわからない。
「魔法障壁ができたのが10年前でしょ? どうして急に魔王の電池を使おうと思ったのかな」
「代替わりしたんだろ」
「え、あ、そっか」
そうそう、時間の流れが違うんだった。
お父様が活躍していたのは、エリシャちゃんやカシュー王よりもずっと前のミステア王国だ。つまり、件のガラテア女王も亡くなっている可能性のほうが高い。
「エリシャの話では、強烈な魔物が出てきたのがそのころだから、自衛のつもりだったんだろうな」
確かにね。ミステアは勇者を召喚できるけど、ガラテアには勇者はいない。あんなでっかい魔物たちが暴れたら、そりゃなんとか国を守らなくちゃって考えるのも無理はないかも。
「でも、鳥の魔物はガラテアから来たんだよね?」
「ああ、そこだ」
小鳥遊くんはどこかが痛むように顔をしかめた。
「今現在、魔法障壁の中で何が起こってるのか、誰も知らない――、それが気になる」
異世界の情勢について気になることはいろいろあるけど、召喚されなければ何もできない。
ま、召喚されても私にできることは限られてるんだけどさ。とにかく向こうに行かなければ情報も何も無いので、今は現実世界の問題を片付けたいと思います。
とりあえず夏休みの宿題とプールだ!
『小鳥遊くんも来るの? 行く行く!』
『面白そうですね、もちろん参加します』
これはSNSで誘いをかけたら異口同音に速攻で参加表明した友人二人の返事(文面そのまま)である。咲良はともかく文佳までめっちゃ前のめりなのにびっくりしたよ。まあ逆の立場だったら私だって張り切って参加すると思うから、深くは追求しないでおこう。
そんなわけで。
「うわーやっぱ広いね!!」
「咲良、走ると危ないですよ」
親子みたいな会話だけど、二人の声はウッキウキに弾んでいる。
本当はいつもの市民プールのつもりだったのだ。しかし有村が割引券を取れるからという話で、電車で一時間ほどの総合レジャーパークに繰り出すことになった。遊園地も併設されているし、プールの数も広さももちろん段違いで、テンションが上がるのも無理は無い。
「広いな……」
波のプールの前に立って、小鳥遊くんが呟いた。男子は二人なので、傍らには有村が添えられている。平日とはいえ夏休みの昼近く、プールはなかなか賑わっていた。でも、芋洗いというほどではない。
「だろ、いいだろ? ちょっと金はかかるけど、ここなら一日遊べる」
「遊ぶ? 泳ぐんじゃなくてか?」
「泳いでもいいけど、ウォータースライダーとかもあるし、一応遊園地もあるしさ」
「ウォータースライダー……?」
小鳥遊くんが、不思議そうに首を傾げる。
応じて、有村も小さく首を捻った。
「なんだよ、滑ったことないの?」
そう訊かれて、小鳥遊君は何故か自信満々に頷く。なんで小鳥遊くんって、できないとかやったことないとか言う時に自信満々なんだろうね、さっぱりわからん。
「ああ、こういう場所に来るのははじめてだ」
「は?」
「というか、学校以外のプールに来るのも、生まれてはじめてだな」
「えっ」
「マジで?」
傍らで聞いていた咲良までもが真顔で小鳥遊くんに振り向いた。比較的陽キャな二人の容赦のないリアクションだ。
まあ、小鳥遊くんは家庭の事情が事情でアレだから、全然不思議な話ではない。
「小さいときに、親と一緒にとか、あるだろ」
「中学の時に友達と、とかも無いの? つーか、遠足とかは?」
「どっちも無い」
小鳥遊くんがごくごく当たり前みたいに首を振ると、有村と咲良は顔を見合わせた。そして何を勘違いしたのか、有村はがしっと小鳥遊くんと肩を組んだ。
「そっか。どんな事情か知らないが、今日は遊び倒そうな」
「う、うんうん、思いっきり遊ぼ!!」
いや、小鳥遊くんは勇者だからね。
お父さんも勇者だし、お母さんはお姫様だぞ。べつに親に放置されていたとかぼっちだったとか、そういうことじゃないぞ……とは流石に言えないけどさ。
「どこの家庭にもそれぞれ事情があるでしょうから」
と、少し遅れて文佳がとりなすように言った。
「あー、文佳んちもけっこう厳しいもんね。市営プールは許されてたけど」
「俺の家は別に厳しくはない」
「そうなの? じゃあ、放任?」
「放任というか、小学校まではばあちゃんの家で育った。親と一緒に住むようになったのは中学にあがる直前だ」
え、それは初耳です。
だけどおばあちゃんの話はちらっと聞いたぞ。多少不本意ではあるけど、私に似てるとか言ってた人かな?
「まあ、それでは寂しい思いもしたでしょう」
文佳が頬に手をあてておっとりとそう気遣うけれど、小鳥遊くんはいっそ清々しく首を振った。
「いや、親ともしょっちゅう会ってたし別に……」
「あーわかったわかった、皆まで言うな! ちょっと水に慣らして、それからスライダー行こうぜ!」
「うんうん、めっちゃ楽しいよ~」
有村が小鳥遊くんと肩を組んだまま歩き出し、咲良がぐいぐいと腕を引っ張る。私は文佳と顔を見合わせて、3人の後を追った。
ざぶん、と最初の波がやってきてふくらはぎを撫でていく。
「ほら、波が来たぞー、小鳥遊」
「なにそれ、有村ってば小鳥遊くんを馬鹿にしてんの?」
「ちげーよ。来たことないなら波のプールも初めてだろ」
「波は海に行けば普通にあるでしょ」
「馬鹿、海だって行ったことないに決まってるだろ! な、小鳥遊、楽しいか?」
二人して妙な気の使い方をするから、やっぱりちょっとバカにしてるみたいになってるじゃん、やめてあげてよぉ!
だけど小鳥遊くんはまったく気にする様子もなく左右の二人を交互に眺めてから、可笑しそうに口元を緩めた。
「ああ、既に面白いぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます