第21話 はじめての詮索



「小鳥遊くん、たこ焼きも食べる?」

「ポテトもまだありますよ、よかったらこちらもどうぞ」

「ん、サンキュ」


 昼時はとっくに過ぎているので、フードコートは混んではいない。

 勧められるままパクパク食べる小鳥遊くんとは対照的に、有村は机に突っ伏していた。


「元気だねー。それに引き換えこいつ、弱すぎない?」

「確かサッカー部でしたよね」


 咲良はまあともかくとして、文佳はしれっと傷に塩を塗り込むようなことを言うのだ。無自覚煽り怖い。さすがに有村が気の毒で、ちょっとだけ擁護にまわることにした。


「まあまあ、ずっと小鳥遊くんに付き合って走り回ってたし仕方ないよ」

「でもさ、小鳥遊くんは元気じゃん?」


 うん、咲良の言うとおりなんだけどね。

 だけど小鳥遊くんはほら、勇者だから。普通じゃないから。

 ……とは言えないし。


「おまえらな~好き勝手いいやがってぇ」


 ごごご、という擬音が聞こえそうなテンションで有村がゆっくり身体を起こした。


「俺が弱いんじゃねーよ、こいつが異常」

「うわ、自分がついてけなかったからって、友達を異常呼ばわりする?」

「じゃあ咲良も一緒にまわってみろよ、ウォータースライダー10連続だぞ!」

「やだ、かよわい女の子にそういうこと言う?」

「は? かよわい女の子? どこに居るんだよ!」


 咲良と有村は家も近所、小学校どころか幼稚園から同じという幼馴染み、お互いの性格もあってまったく遠慮が無い。二人の言い合いを眺めてひとつ瞬きをした小鳥遊くんが、小さく首を傾げる。


「止めた方がいいか?」

「あ、ほっとけば大丈夫」

「レクリエーションみたいなものですから」

「レクリエーション?」

「仲良しってことだよ」

「なるほど」


 小鳥遊くんが頷いた瞬間、有村と咲良が同時にこっちを向いた。


「誰と誰が」

「仲良しだって?」


 ほらね、息ぴったりじゃん。


「それはそうとして、お昼を食べたらどうしますか?」


 しかし、何事もなかったように文佳が言った。空気を読まない話題転換は彼女の必殺技なのだ。


「文佳は時間平気なの?」

「友達と夕飯を食べて帰ると言ってきましたから門限までは大丈夫です」

「7時だっけ?」

「一応、最大8時までです」


 おー、ちょっと延長した!


「じゃあさ、ちょっとだけ泳いだら遊園地で遊ばない?」

「お前、元気だなー」

「嫌なの?」

「嫌とは言ってないだろ。せっかく来たんだし遊び倒さねーと」

「でしょでしょ? ハルカたちも、それでいい?」


 もちろん異存があるわけもない。文佳も頷いたし、小鳥遊くんはよくわかっていないっぽく黙っているが、反対はしない。おそらく体力的にはまったく問題無いだろう。

 そういえば、異世界では一騎当千、人外の身体能力を見せる小鳥遊くんだけど、こっちではどのくらい反映されるのかなあ。体育の授業でアレやコレやを披露したらひと騒ぎ起きそう。


「それにしてもさ」


 と、ポテトをひとつつまんで咲良が私を見た。


「ハルカと小鳥遊くんて、マジでいつの間に仲良くなったの?」


 おっと。

 そこに戻っちゃう? まあ、有村も咲良もそういう話に食いつくタイプだから、このままうやむやで済むとは思ってなかったけどね。でも、正直に言っても全然信じて貰えないだろうし、適当に誤魔化すのも難しい。どうしよう?


「それそれ! 『俺の母親に会って欲しい』とか言ってただろ、なんだよあれ」

「え、マジ? お母さん?」

「まあ、そこまで話が進んでいるのですか?」


 文佳まで目を丸くしてのっかってきたので、私は困惑して小鳥遊くんを見上げた。だけど小鳥遊くんは無表情のままで口を開く。


「佐藤には母の仕事に協力してもらっている」

「は?」

「仕事ですか?」

「どういうこと?」

「詳しいことは言えない、企業秘密だ」


 あまりにもきっぱりと言い切ったので、3人の視線が同時に私に移動してきた。よくわかんないけど、ここは話を合わせておくしかないと思う。


「あはは、そういうことなんだよね」

「手伝いってどんな? ていうか、どうしてハルカに?」

「そこはまあ、体質というか特技というか……」


 うう、これ以上詮索されたら困っちゃうな。

 まさか一緒に異世界に召喚されちゃうなんて言うわけにもいかないもんね。言葉を濁したのをどう受け取ったのか、咲良がきっと小鳥遊くんを睨んだ。


「まさか、ハルカに危ないことさせてないよね? もちろん、小鳥遊くんも危なくないよね?」

「危ない?」

「あやしい薬を試してるとか、あるでしょ、そーいうの」


 ああ、治験とか?

 まあ、常識的に考えたら、そのくらいしか想像できないよなあ。はっきり言うタイプだから、ストレートに訊いてくるのが咲良らしいし、心配してくれているのが伝わってきてどう答えればいいのか迷う。


「いや」


 迷っている間に、小鳥遊くんが首を振った。


「薬なんて使ってないし、今のところ佐藤に危険は無い」

「今のところ?」

「万が一不測の事態が起こったとしても」


 咲良の視線をまっすぐに受け止めて、きっぱりと言い放つ。


「俺が命をかけて佐藤を守る」






「マジでさー、二人で何やってんの?」


 ゆっくりと急勾配を上っていくコースターを眺めながら、咲良が呟くように言った。既に3回ほどライド系アトラクションを堪能したので、私と咲良はいったん休憩中である。眺めているコースターには男子二人と文佳が乗っているはずだ。


「企業秘密だから、私からはなんとも」

「ふーん……まあいいけど」


 なんて言いながら、咲良が心配してくれているのは伝わってくる。


「小鳥遊くんも言ってたけど、危なくはないから」

「うん、まあ」


 私のほうを見て、咲良はニッと笑った。


「命をかけて守るなんて言われちゃ、あたしがとやかく言うことないんだけどさ」

「ああ、あれはねー……」


 小鳥遊くん、勇者だから。

 とは言えないけど、言動が浮世離れしているのは彼のせいではない。


「真顔で言うから吹き出すところだったけど、なーんか」


 言葉を探している。


「あんな自信満々で言われたら、信頼しちゃうよね」

「うん、実際危なくはないし」


 いまのところ、囮の見張りくらいはするけど、まあ危なくはない。それに、何かあったらすぐ最強のセコム(もちろん小鳥遊くんのことだ)を呼ぶことができるんだから、私はほぼ無敵だ。


「ま、ハルカが納得してやってるならいいけどさ」


 コースターが目の前で急降下して、ゴーっという音が響く。思った通り、文佳たちの横顔がチラリと見えた気がした。猛スピードで通過していくのを目で追ってから横を見ると、咲良はもう私を見ていなかった。


「心配してくれてありがと」

「別に、心配っていうか興味半分だから」

「咲良ってツンデレだよね」

「は? デレてないし」


 咲良は唇を尖らせてみせてから、すぐにぷっと吹き出した。


「でもやっぱ気になるから、話せるときが来たら話してよ、面白そうだからさ」

「うん、お許しが出たらね」


 あっちの世界の問題が片付いたとして、お許しが出たとして、ありのままを話したとして、それを信じてもらえるかどうかはわからない。だけど笑い飛ばされるのもまた一興かもしれない。あとで笑い話になるなら、きっと小鳥遊くんにとっても一番いい終わり方になる気がする。


「お、帰ってきた」


 話をすっぱり断ち切って、咲良がコースター降り場から歩いてくる3人に手を振った。みるからにげんなりしている有村以外は元気そうだ。


「次は観覧車な!!」


 と、青い顔をした有村が主張した。


「いいんじゃない? ここの観覧車けっこうイケてるよ、海が見えるし」


 今日は天気も良い、ということで話はすんなり決まった。

 ただし観覧車は4人乗りである。


「ここはやっぱ、若い二人は一緒に乗るべきだろ」


 若い二人って私と小鳥遊くんのこと?

 正直どう分かれても気を使わないメンツだし、なんでもいい。面白がられているのはわかっているけど、何も面白いことなどないのだ。ワンチャン何かあるとしたら急な召喚くらいだけど、一周12分だからその可能性は低いだろう。


「全員同じ歳ですよ」


 文佳が真顔でそう言ったので、有村は困ったように笑った。


「わかってるっての」

「そうなるとさ、有村は両手に花じゃん。感謝しなよ」

「お前は花ってガラじゃないだろ……イテ!」


 咲良がものも言わずに有村の背中をどやしつけたとき、順番がまわってきた。






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