第22話 はじめての胸騒ぎ



「じゃ、お先! ほら行くよ」

「では、またのちほど」


 ひらひらっと手を振って、咲良と文佳が先に乗り込む。やれやれと肩を竦めてから、有村が二人のあとに続いた。乗り込む直前に小鳥遊くんに「頑張れよ!」と言い残していく。


「何を頑張るんだ?」

「面白がってるだけだよ。ていうか、小鳥遊くんは良かったの?」

「密室だからな。お前と二人なら都合が良い」

「え?」

「こんな狭い密室で召喚された経験は無いんだ。もしかしたら気付かれるかもしれない」

「あー、それはそうだね」


 教室から召喚された時は誰にも気付かれなかったし、あのキラキラのおかげで多少の目くらましは働いてるのかもしれないけれど、さすがに観覧車のゴンドラは狭い。元の時間に戻れたとして、“一瞬消えた”くらいのことは認識されるかもしれない。そうなったら説明がまた面倒なことになりそう。


 ていうかこんなこと考えていること自体、フラグじゃないよね!?


「はい、次の方どうぞー」


 係員の誘導に従って、私たちは赤いゴンドラに乗り込んだ。ドアがパタンと閉まって、前のゴンドラを見ると、咲良と文佳が手を振っている。


「ほら、小鳥遊くんも手を振ってあげて」

「ん、ああ」


 わざとらしく二人揃って手を振り返すと、咲良が手を叩いて喜んでいるのが見えた。


「楽しそうだな」

「小鳥遊くんは?」

「楽しい。こんなふうに同級生と出かけるのははじめてだ」

「同級生……、そういうときは友達とって言うもんだよ」

「友達か」


 小鳥遊くんが小さく呟いた。


「そういえば、小さい頃おばあちゃんと暮らしてたってホント?」


 ふと思い出して疑問を口にしてみる。そしてそのおばあちゃんというのは私に似ているというその人なのだろうか。気になるんだけど?


「ああ、両親が忙しかったし、色々警戒してたって話」

「警戒?」

「一応、王女と勇者の子だからな」

「あー、異世界からお迎えが来るかもってこと?」


 かぐや姫みたいだなとちょっと考えて、それから慌てて打ち消した。あれのラストみたいになったら洒落にならないもんね。


「結局無駄だったわけだが」

「あはは、そうだね。でも小さい頃召喚されたらもっと困ってたんじゃない?」

「そうだな。けど、ばあちゃんちはものすごい田舎で、村には子供は俺しかいなかった」

「ええ?」


 どんな田舎?

 逆に興味が湧いてきたぞ。


「中学にあがるとき、もう大丈夫だろうって親のとこに戻ったらすぐに向こうに召喚されるし」

「た、大変だったね?」

「大変だった。あのころに比べたら今は全然楽だ」

「うん、それはよかった」


 それでその、私に似ているというおばあちゃんというのはどんな人だったの?、と訊こうとしたときだ。


 突然いつものキラキラが現れた。


「お」

「ああっ、小鳥遊くんがフラグたてるから」

「フラグ?」


 しかし今のところ抗う術はない。


「やっぱ佐藤と二人で乗っておいて正解だったな」

「だからそれがフラグなんだって、もう」


 わかっていないところが小鳥遊くんらしいなあ。目だけで隣のゴンドラを伺ったけれど、高低差ができていて人の影しか判別できなかった。今召喚されて、一周まわるまでに帰ってこられるのか、それはわからない。

もしも駄目だったら、ちょっとしたミステリーだよね。


「掴まってろよ」

「はぐれても小鳥遊くん、呼べばすぐ来てくれるじゃん」

「けど、はぐれたら心配だろ」


 なんでもないことのように手を差し出されたので、ぎゅっと手を繋いだ。光がどんどん強くなって、目を開けていられなくなる。


「このふわっとする感覚、苦手だった」

「うん」

「だけど、今は割と楽しいかもな」


 どういう意味か判断できなくて、すぐに答えられなかった。

 その沈黙の間にふわふわとした頼りなさを抜けて、重力を感じる。


「タイガ様! サトー様!」


 瞬間、聞き慣れた声がして目を開くと、エリシャが小走りで駆け寄って来た。むっとした熱い空気に加え、辺りにはなにかが焦げたような匂いが漂っている。この感じはあれだ、亀の怪獣以来の戦場だ。と、いうことは敵は?


 振り向いてみると、すぐにそれを見つけた。


「なに、あれ」


 すぐ隣で小鳥遊くんも呟く。

 まあ、こっちに来てからいろんな大きい怪獣というか、魔物を見てきたのでだいぶ驚かなくなっているけれど、今日のアレこそ一番“怪獣”っぽいかもしれない。見た目は大きなトカゲ――というか、恐竜というか、ここの世界観だったら『竜』というのがしっくりくる。

 対する兵士たちは、かなりの距離をとって怪獣の進行方向に陣取っていた。攻撃をする、というよりは監視をしているという感じだ。


「俺も見たことがない――、しかし、でかいな」


 小鳥遊くんの声は微妙に弾んでいる。

 男の子が好きそうなあれではあるけどさ、もしかしたらけっこうシャレにならないんじゃない?


「残念ながら、あいつはでかいだけじゃない」


 と、知らない声が答えた。

 びっくりしてエリシャに視線を戻すと、その後ろに背の高い鎧姿の男の人が立っている。


「シュカ!」

「勇者タイガ、久しぶりだ」


 どうやら知り合いらしい。

 国境沿いに配備されているという軍隊の偉い人かな、と私は勝手に想像した。王様の取り巻きの偉い人よりずっと若くて、物腰が柔らかい……柔らかいっていうか、軽い?


「でかいだけじゃないって、他に何があるんだ?」

「あれは火トカゲだよ」

「名前は知ってる。この辺りじゃよくいる魔物なのか?」

「普通は洞窟にいて滅多に外へは出てこない。もちろん大きさもせいぜいこれくらいて、なかなか可愛いヤツなんだが」


 と、両手で何かを持ち上げるような形を作る。察するに、ネコくらいの大きさなのかなー、って感じだ。


「けど、火トカゲは名前の通り火を吐く」


 火を吐く?

 うん、火トカゲだもんね。


 ……てことは。


「来ますわ!」


 ごおおおお、と地響きのような音がして、ぶわっと熱風が来た。確認するまでもなく、火トカゲが口から炎を吐いている。一瞬マジでガチの怪獣映画を思い出して、私は身震いした。炎の色は黄色というか、白に近い。てことは、温度が高いということだ。


「後退、後退! 距離を十分に保てよ!!」


 シュカさんが前方にいる兵士に指示を飛ばす。指示を飛ばされなくても、あれに近づいたら消し炭だと思うんだ、もっと遠くに逃げたほうが良いよ!


「あー、この暑さはあれのせいかのか」

「はい」


 と、頷くエリシャの額にも汗が浮かんでいる。


「まるで動く火山ですわ。近づけば熱にやられてしまいます」

「そうそう、誰も近づけないから動きを止めておくのが精一杯なんだ」


 兵を退かせたシュカさんがこちらに向き直って補足する。


「足止め……、できてるのか?」

「今のところは。尻尾に何本か銛を打ち込んで、鎖とロープで固定してる」

「本気で暴れ出したら終わりだな」


 小鳥遊くんはにべもない。だけどシュカさんは気にしたふうもなく頷いた。


「しかもヤツの体液はマグマ並の高熱だ。不用意に攻撃もできない」

「どっちにしろ、普通の兵士にアレの相手は無理なんだろ」

「その通り。だからエリシャにお前を呼んでもらった」


 シュカさんの声に、はじめてほんの少しだけ悔しさが滲んだ――ような気がした。

 ミステアの兵力ではまったく歯が立たない怪獣でも、小鳥遊くんなら倒してしまうかもしれない。否、たぶん倒しちゃうんだろう。


『勇者ってね、過ぎた力なの』


 お母様の言っていた言葉の意味を、やっと正しく理解できた気がした。

 争いのあるときには頼られ敬われるけれど、平和な時には火種になりかねない。そりゃそうだよね、強すぎるもん。


「シュカ、俺は人相手の戦いはしない。覚えているか?」

「ああ、そっちは我々が請け負う約束だ」

「覚えててくれるならいい」


 簡単に防具をつけるタイガくんに、怪獣のほうを見たままシュカさんが続ける。


「アレに近づくと、まともに息はできない。喉どころか肺が焼けるぞ」

「なるほど、やばいなそれ」


 そんなヤバい状況だというのに、明日は雨だよと言われたくらいのテンションだ。小鳥遊くんは剣を受け取ると口元を隠すように布で覆い、頭の後ろで縛った。


 え、いいの?

 そんな装備で大丈夫なのか?

 相手は近づくだけで肺が焼けちゃうような怪獣だよ?

 なんだか、ざわざわと嫌な胸騒ぎがするのはどうしてだろう。


「佐藤、合図したら呼び戻してくれ」

「う、うん……、でもさ、危なくない?」

「このくらい平気だっての。それに、観覧車が一周するまでに帰りたいだろ」

「まあ、そうだけど……」


 でも、もう少しくらい対策したほうがいいんじゃないかな。

 言いかけて、やっぱり飲み込む。エリシャもシュカさんもいるのに、私が口を出すことではないかも。まわりにはたくさんの兵士がいて、少し離れたところにあからさまに危ない怪獣がいる。小鳥遊くんは、この危険な状況を覆すだけの力があるんだもん。


 私の迷いが伝わったのか、小鳥遊くんは唇を斜めにして笑った。


「ちっとの火傷や怪我ならすぐエリシャが治してくれる」

「でも、火傷したら熱いじゃん」


 怪我だって痛いよ?


「慣れてるから平気だって」

「……」

「シュカ、俺が走ったら兵士たちを後方へ退かせてくれ」

「はいはい、承知」

「エリシャと佐藤を頼む。怪我させるなよ」

「任された」


 シュカが頷くと、小鳥遊くんが私を見た。


「佐藤、頼んだぞ」


 私が答えるよりも前に、勇者様は走り出した。






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