第23話 はじめての負傷



 小鳥遊くんの背中はぐんぐん遠くなっていく。

 同時に、兵士たちは潮が退くように火トカゲの怪獣から遠ざかる。小鳥遊くんが最前線の兵士たちが張り付いていた土の山に到達する前に、私は指輪を外した。息を吸って、吐く。余計な心の声が届いてしまわないよう、その背中に意識を集中した。


“佐藤、聞こえるか?”

“うん”

“じゃ、行くから”

“うん、気をつけて”

“りょーかい”


 珍しく、少し軽めのトーンだ。たぶん私が不安になってるの、バレてるんだろうなあ。指輪を外しても、私に向けての呼びかけ以外はっきりとは認識できない。だけどなんとなくこんな気持ちかなっていうくらいは感じ取ることができる。きっと小鳥遊くんも同じだよね。


“マジで熱いな”


 掠めるようにそれだけ残すと、小鳥遊くんは怪獣の前に躍り出た。巨大な火トカゲが頭をもたげると、首の付け根あたりがぽうっと白く光る。怪獣映画で見たことあるぞ、あれはきっと火を吐く前兆だ。


“させるかよ”


 そう聞こえた瞬間、小鳥遊くんが手にした剣を横薙ぎに払う。残像で、刃が何倍にも伸びたように見えた。ううん、たぶん実際に伸びてるのかもしれない。だっていつも届いてないみたいに見えて切れてるもん。火トカゲは頭を伸ばした格好のまま動きを止める。


“佐藤!”


 頭の中いっぱいに小鳥遊くんの声が響いた。


「小鳥遊くん、ここに戻って!」


 念じると同時に叫んだ。瞬きするよりもはやく、目の前に小鳥遊くんが現れる。むっと焦げた匂いが強くなった。遠くでずしんと音がする。火トカゲの頭が切り落とされて地面に落ちたのだ。兵士たちはあらかじめ後方まで待避しているけれど、切断されたところから溢れ、飛び散った体液で地面から熱気が立ち上っている。


 だけど、今はそれどころではなかった。


「小鳥遊くん……」

「佐藤、サンキュ」

「腕、……腕、大丈夫!?」


 左腕の防具が、どろっと溶けかかっているのが一目でわかる。革が溶けてるってことは相当な温度だったわけで、小鳥遊くんの腕が無事なわけがない。


「ちょっと飛沫がかかっただけ。手甲のおかげでギリセーフ」

「セーフじゃないじゃん!」

「サトー様、大丈夫ですわ」


 すいと前に出てきたエリシャがすぐに小鳥遊くんの腕に手をかざす。そっか、治癒魔法があるんだっけ。


「悪いな、避けたつもりだったんだけど」

「いえ、一振りで仕留めるなんて、流石勇者様ですわ」


 火トカゲは頭を落とされて、完全に静止している。兵士たちが様子を見に行っているみたいだけど、まだ熱が冷めないみたいで、体液が流れたあたりからカゲロウのように熱気があがって消えない。


「あいつ、一体だけか?」

「今のところは。巨大化した仲間がいるのかどうかはわかりません」

「そっか」


 しばらく手をかざしてから、エリシャがひとつ息をついた。かざしていた手を一度下ろして、真剣な顔で小鳥遊くんを見上げる。その表情は少し疲れているように見えた。


「申し訳ありません、防具をお取りしても?」

「やっぱ上からじゃ無理か」


 言葉には出さないけど、やっぱり痛そう。腕にあてた防具の下の皮膚がどうなっているか、想像するとちょっと怖い。


「ああ、そういうのは僕がやるよ」


 横からシュカさんが口を出した。


「やだよ、お前雑にやるだろ」

「おそるおそる取っても結果は同じだろ。こういうのは思い切りが大事だ」


 言うがはやいか、留め具をはずして躊躇無く防具を剥ぎ取る。その瞬間、ビリッと感電したみたいに左腕が痛んだ。


「いっ、」

「いったあい!」


 小鳥遊くんより先に、私が叫んじゃった。

 だって痛いんだもん! エリシャとシュカさんが怪訝そうに私を見たけれど、取り繕っている余裕がない。

 なにこれ、なにこれ、腕がめちゃくちゃヒリヒリするんだけど!

 腕を押さえると、小鳥遊くんが呼吸を整えつつ押さえた声を出す。


「っテ、……そうか佐藤お前、まだ指輪外してるな?」

「えっ、あ、そういえば、」


 ポケットに突っ込んだままなのを忘れてた。


「それ、はやく嵌めろ」

「え、うん」


 痛い、いたい、でも、言われるままに手探りで小指に指輪を嵌める。


「……あれ?」

「治った、だろ」

「うん、あれ、ごめん」

「ならよかった。エリシャ、はやいとこ治療頼む」

「あ、はい。申し訳ありません」


 エリシャが小鳥遊くんの腕に手をかざした。もしかして指輪を外していたから小鳥遊くんの痛みが伝わってきた、とか? だけど痛いっていう言葉じゃなくて、私も本当に痛かった……、ような気がしたんだけど、今はまったく平気だ。


「さ、騒いじゃってごめん。大丈夫?」

「平気」


 と、小鳥遊くんは平気には見えない顔で笑った。


「びっくりして気が逸れた。逸れるくらいの痛みだし、心配すんな」


 そう言ったけれど、額には汗が浮かんで流れている。傷を覗き込もうとすると、シュカさんが私を制した。制したっていうか言葉通り、壁みたいに目の前に立ちはだかったのだ。


「はいはい、子供が見るものじゃないから、良い子で待っててね」


 む。

 まるで子供扱いなのはどうしてだ?

 小鳥遊くんとは同じ歳なんですけど?

 それに、エリシャちゃんは治療してるじゃん。

 だけどシュカさんは、少し面白そうに私を見下ろした。改めて近くに立つとものすごく背が高い。二メートル近くあるんじゃないだろうか、ずっと目を合わせていたら首が痛くなりそう。


「自己紹介が遅れたね、僕はシュカだ。君の話もエリシャと王からちゃんと聞いているよ」


 ニコニコと明るい調子で自己紹介。

 今すること? もしかして空気が読めない人?

 とは思うけど、ここは異世界だもん、こういうものなのかもしれない。


「佐藤といいます。その、」


 いや、自己紹介難しいな?

 この世界で私は一体何者なのか、自分でも全然わかんないもん。

 なにせオマケみたいに召喚されている身なのだ。


「ごめんなさい、今は小鳥遊くんが心配なのでそこをどいて下さい!」


 いや、頭の中ではちゃんとしなきゃって思っていたんだけどさ。

 一応この国の偉い人っぽいし、エリシャや小鳥遊くんともまあまあの関係らしいし、穏便に仲良くしたほうがいいよねなーんて頭では考えてたんだけど、やっぱこの状況で自己紹介は頭おかしいでしょ。おかしいよね? ね?


 一瞬ぽかんとしたように見えたシュカさんの横をすり抜けて小鳥遊くんの傍らに近づくと、何故か笑いを堪えた顔をされた。エリシャちゃんの邪魔をしてはいけないから、反対側からそおっと声をかえる。


「だ、大丈夫、騒いじゃってごめんね?」


 もちろん小声です。


「ああ、もう痛くない。こっちこそ心配かけて悪いな」

「小鳥遊くんは何も悪くないでしょ」

「つーか、これから、ちょい迷惑かけるかも」

「え?」

「ごめん、クッソ眠い」


 え、え?

 言うがはやいか、小鳥遊くんの頭が近づいて来た。

 いやっ、予告なくアップになるのはやめてください、っていうか機能停止していたらスルーして肩に頭が乗っかって、それから全体重がのしかかってきたんだけど?


「たっ、小鳥遊くん!?」


 おっも!

 必死で抱きかかえるようにして支えたけどムリ無理、転ぶ、転んじゃう。


「……」


 潰れる寸前、横からシュカさんが小鳥遊くんを支えてくれた。

 同時にエリシャちゃんが顔をあげてこちらを見る。


「大丈夫ですわ」


 と、にっこり笑う。

 え、大丈夫ってなにが?


「腕は綺麗に治りました。少し眠れば回復いたします」

「え、小鳥遊くん、寝ちゃったの?」

「治癒魔法は治癒されている本人の生命力を消費するのです。タイガ様は生命力もお強いですからご心配には及びません。すぐに回復しますわ」


 すぐにってどのくらいだろう。

 観覧車が一周回るよりもはやく帰れるかなあと、頭の隅でちらりと考えた。








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わたしはオマケの佐藤です タイラ @murora

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