第14話 はじめての待ち伏せ
“小鳥遊くん、聞こえてる?”
“聞こえる聞こえる。心配するな”
と、いうわけで。
只今、例の指輪は外して、藁山の中に潜り込んでいる私です。
ちなみに兵士や小鳥遊くん、エリシャはずっと距離を空けた風下に陣を敷いている。そして私の藁山の傍には、まるまる太った牛が3頭ほどすやすやと眠っていた。幸いなことに月が明るいので、藁の隙間から覗くとなかなか可愛らしい牛の寝顔も見える。彼らが寝返りでも打って私の藁山に乗ってきたらどうしよう、というのが目下のところ一番の恐怖だ。
なにせ本日の討伐対象は鳥の魔物である。
これまでは魔物が出てから呼ばれていたけど、今回は魔物が現れるのを待つ立場というのが新しい。しかも現れるのはいつも夜、獲物を捕らえたら飛び去ってしまう。
情報を精査した結果、待ち伏せしかないという結論に至った。
白羽の矢が立ったのは川沿いの村で、カヤンくんの村よりは王都に近い。
昨晩とその前に襲撃を受けて家畜小屋が半壊しているし、ろくな抵抗もしなかったから襲いやすいだろうというのが選択理由だけど、きっと魔物だってある程度の知能があるなら成功体験を活かしてくるよね。同じような獲物を獲るなら、楽な方がいいに決まってるもん。
それにしてもさあ。
“藁がめっちゃチクチクするんだけど”
“もうちょい我慢しろ。お前にしかできない役目だぞ”
くそう、調子のいいこと言ってるな?
何故私が囮の近くで見張りをしているかって?
第一に、小鳥遊くんや兵士がいたら、警戒して鳥の魔物が降りてこないかもしれないこと。第二に、鳥が近くに来たとき、最速で小鳥遊くんを近くに呼べること。
不本意だけどものすごい適役なんだよね。今私は役に立っている! 役に立ってるぞ! そう思わなきゃ、うら若い乙女が藁の中で牛と添い寝なんてやってられるかー!
“……っ”
“あっ、小鳥遊くん今の聞いてたでしょ!?”
“いや?”
“嘘ばっかり! 笑ったよね!?”
心の声で糾弾してやろうと思った時、バサッと遠くで物音が聞こえた。
バサッと。
羽音?
藁の中だから空は見えない。集中して、耳を澄ます。
“佐藤?”
“しっ、黙ってて”
そっと藁をかき分けてうすくなった部分に頭を近づける。音を立てないように静止していると、確かに上のほうから微かな羽音が近づいて来た。
“来てる、かも”
“姿は見えるか?”
“まだだいぶ上だと思う”
できれば囮の牛も死なせたくはない。けど、最大限近づいていないと小鳥遊くんとはいえ逃げられる可能性がある。なにせ、敵には羽根があるんだもん。飛んで逃げられたら終わりだ。
“いいから、近くなったと思ったらすぐ呼べ”
うわ、また聞かれてた。けど、すぐに意思疎通できるのは、こういう時すごく便利なんだよね。
“でも、逃がしたら困るじゃん”
“心配しなくても逃がさねーから、とにかく危なくなる前に呼べよ”
“……うん、わかった”
小鳥遊くんの自信と心配が伝わってきたので素直に頷いておく。
そうこうしている間にばっさばっさという羽根の音が近づいて、眠っていた牛たちもピクリと身体を動かした。危険を察知したのか顔を上げ、身体を起こしかけている。同時に、何かの気配が急激に近くなるのを感じて、思わず叫んでいた。
「小鳥遊くん、来て!」
「上出来!」
瞬時に、小鳥遊くんの背中が現れる。
ほぼ同時に、キイィ、という鳴き声が響いた。藁から顔を出して上を見ると、何かがまっすぐに降下してくる。
大きい。
どうして魔物ってなんでもかんでも大きいのか。赤色に光る目だけが火の玉のようにはっきり見える。対峙した小鳥遊くんの構えた剣が青白く光り、警戒したのか魔物は旋回しようとした。
「遅ぇよ!」
ひゅっと青白い光が弧を描く。届いていない、と咄嗟に思った。切っ先が魔物の脚にギリギリ触れるか触れないか、そのくらいの距離だと思った一瞬、青白い光が倍ほどの長さに伸び、パシュ、と軽い音が微かに聞こえた。
「ギィィ!」
軋むような鳴き声とともに、鳥の魔物がバランスを崩す。
「ひえ」
同時に、ドバッと何かが降ってきたので、私は慌てて藁の中に首を引っ込めた。牛たちも危険を察知したのか、どうにか立ち上がって逃げていく。
「よっ」
短いかけ声とともに小鳥遊くんがもう一度剣を振ると、魔物はぐらりと傾いてそのまま落下した。ずううん、と低い音が響く。うん、大きいもんね。
小鳥遊くんはしばらくそれを眺めた後、くるりとこちらを振り向いた。
「おい、終わったぞ」
「うん」
藁から顔を出す。
明るい月を背負って青白い大剣を背負った小鳥遊くんは、本当に勇者様みたいだ。あまりにかっこよくないか? そんなふうに思ったのははじめてだったかもしれない。
「お前なあ」
「え?」
「恥ずかしいこと考えるな」
「……ああ!」
ひゃー、また心の中を読まれてる、恥ずかしい!
慌ててレイナさんの指輪を嵌めたけど、いっつも遅いんだよなあ。ついつい忘れちゃう。
「だって強いのは事実でしょ。その剣もかっこいいし」
ようやく藁の山から抜け出して、照れ隠しにぱっぱと服を払った。戻ったらお風呂に入らなきゃ。っていうか今すぐ入りたい。
「ま、異世界補正込み、神剣補正込みだけどな」
「そうなの?」
「あとは持って生まれた運動神経でなんとか」
「やっぱ運動神経も必要じゃん」
暢気な話をしながら、落下した魔物のほうを見る。羽根と胸のあたりを斬られて、もう動いてはいない。この前のスライムよりは全然小さいけど、鳥としては見たことの無い大きさだ。クマよりは絶対大きい。
「タイガ様、サトー様!」
「エリシャちゃん、こっちー」
いつものようにエリシャちゃんの声が近づいて来る。やれやれ、今日のノルマも無事終了かな?
「お二人とも、ありがとうございました」
微かに息を弾ませて急いで来てくれるエリシャちゃん、マジ天使。いや巫女様だけど。倒すべき敵も片付いたし、そろそろキラキラが来て帰れるだろう。
「タイガ様、今日もお見事でしたわ。それにサトー様、危ない囮役を引き受けていただいて本当にありがとうございました」
「いえいえ、正確には囮の見張りだしね」
牛たちも無事でホントによかった。
兵士たちも集まってきて、牛の保護と鳥の魔物の片付けをはじめている。
「とんでもありませんわ。恐ろしい魔物を恐れないサトー様の勇気、感服いたしました。わたくしにはとても同じ事はできませんもの」
そもそも小鳥遊くんを呼び出している巫女という立場もあるんだろけど、王様の従姉なんて身分の高い人が魔物退治に出向いているというだけで充分すごい。それ以前にエリシャちゃんを藁まみれにするのは忍びない。
「少しでも役にたったならよかったよ。王様にもよろしく言っておいて」
「ええ、もちろん。カシュー……、いえ、陛下にはサトー様のご活躍をきっちり伝えて思い知らせておきますわ」
少し気が緩んでいるのか、慣れてきてくれたのか、エリシャちゃんの好感度と親愛度が上がっている気がする、やったね!
「あっ、では浄化をしますね」
いつものお祈りポーズで、小鳥遊くんが綺麗になった。ついでに私にまとわりついていた藁の切れっ端も取り除かれ、お風呂に入りたて、みたいな気持ちになる。
「おお……、すごいね、魔法」
「だろ。風呂みたいに面倒がなくていいよな」
「えっ、お風呂はお風呂で気持ちいいじゃん。あったかい湯船最高じゃん」
「まあ……寒いときは、確かに?」
「……」
「……」
おかしいな。
ちっともキラキラが来ない。
「あのさ」
「おう」
「いつもならそろそろキラキラしてるよね」
「そうだな……、エリシャ?」
私と小鳥遊くん、二人分の視線を受け止めて、エリシャちゃんは困ったように首を傾げた。
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