第15話 はじめてのお泊まり



「……エリシャ、今回の帰還条件は?」

「鳥の魔物を退治するまで、ですわ」


 自然と視線が鳥の魔物の亡骸に集中する。


「あれ、退治したよな」

「そうですわね」


 どこからどうみても生きているようには見えない。これまでの経験からすると、目的を達成したらすぐキラキラが来るのに、まったく気配が無い。

 なんで!?


「何か他に条件は?」

「いいえ。以前お約束したとおり、召喚期間は短くなるよう考えておりますから」


 短くなるように、か。

 そのあたりの事情は知らないけれど、確かにこっちにあまり長く居るのはやばい気がする。これまではほぼ召喚された時点に戻れているけど、それは滞在時間がせいぜい数時間と短かったおかげかもしれないじゃん? 今回は既に半日以上は経ってるし、まだ帰れないとか大丈夫?


「まずいな」

「まずいって?」

「あんまり長居すると、いろいろズレるかもしれない」

「ずれるって?」

「場所とか時間が」


 あ、察しました、やっぱ元いた場所、時間に帰れるとは限らないんだ。

 聞きたくないけど、確認はしたい裏腹な乙女心である。


「現実のほうでも時間が経っちゃうってこと?」

「可能性はある。ここのところ結構安定してたんだが」


 てことは、安定していない時もあったってことだよね。

 でもさ、現実世界で突然私がいなくなったら、絶対家族に心配かけちゃうし、それに。


「どうしよう、門限までに帰らないと捜索願い出されちゃうかも」

「お前の家、門限とかあるのか?」

「ううん、特に無いけど。常識の範囲ってこと」

「そりゃそうだ」


 小鳥遊くんはうーんと腕を組んだ。


「まあ、まだ焦る時間じゃ無い。夏休みだし、召喚されたのは夜中だし」

「うん……」

「お前、朝飯とか、必ず家族と食べるタイプか?」


 まさか。

 私はふるふると首を振った。


「休みの日は昼まで寝てることも多いよ。あと、平日は親もお兄ちゃんも仕事」


 家族の誰かが気まぐれを起こして朝っぱらから私の部屋を覗かない限り、たぶん誰も私の不在に気付かない。想像したらちょっと寂しいような怖いような気もするけれど、もう高校生だしどこの家だってそんなもんだと思う。


「あのう、本当に申し訳ございません」


 困り切ったという声で、エリシャちゃんが小さく呟いたので、私ははっと我に返った。こんな話をしていたら、エリシャちゃんが責任を感じちゃう。


「あっ、大丈夫。まだまだ余裕あるから平気だよ」

「そうだな……色々想像するより、原因を考えるほうが先だ」


 さすがの小鳥遊くんも少し疲れているみたいだ。たぶん夜中に召喚されてからずっと動きっぱなしだろうし、私を迎えに来たり魔物を倒したり、大変だったもんね。


「でしたら、一旦城へお戻り下さい。部屋と食事を用意させますわ」


 思わず顔を見合わせた。

 確かにここで突っ立っていても何も解決しないし、疲れていたら良い考えも浮かばない。捜索願は困るけど、急がば回れということわざもあることだし、いったん落ち着いたほうがいいのかな?


「どうする?」

「え、私?」

「そりゃ、決定権はお前だろ」


 えーなんで?

 いまいち小鳥遊くんの理屈はわからない、けど。


「じゃ、お言葉に甘えようかな。エリシャちゃん、お願いしてもいい?」

「もちろんですわ!」


 エリシャちゃんの表情がぱっと明るくなったので、なんだか私の気も軽くなった。やっぱ美少女の笑顔は世界を救うかもしれん。





「ごちそうさまでした! 美味しかったぁ」


 異世界のご飯ってどんなもんかなと思っていたけれど、普通に美味しかった。

 ていうか、もともと好き嫌いは無いんだよね、偉いぞ私。

 ちょっと硬めのパンと、何のかわからないけどお肉の焼いたのと、あっさりで出汁とスパイスの効いたスープ、それから果物。残さず頂きましたとも。


「お口に合ったのなら嬉しいですわ」


 案内されたのはお城の敷地にあるエリシャちゃんの私邸だった。なるべく王様に知られたくないという小鳥遊くんの意思が尊重された形だ。確かにあの王様、『小鳥遊くんが帰れなくなった』って聞いたらめちゃくちゃ喜びそうだもんね、癪に障るかも。


「それにしても、困りましたわ。帰還条件を満たしているのに帰れないなんて」

「あの、そもそも“帰還条件”って誰がどんなふうに、どうして決めるの?」


 このさいだからわからないことは聞いておきたい。結局小鳥遊くんが召喚されている限り、私も一緒に来ちゃうんだから人ごとではないのだ。


「それは、召喚者であるわたくしの裁量です」


 と、エリシャちゃんが応えてくれた。


「召喚も魔法なので、誰を、どこから、何のために、どこに呼びたいかを呪文に編み込むのですわ。具体性が高いほど召喚は成功率が上がりますし、精度も上がります」

「なるほど?」


 なんとなく、神主さんの祝詞を思い出す。


「ですから、召喚しはじめたころは条件がかなり曖昧で、タイガ様をずいぶんとこちらに引き留めてしまいました」

「そうなの?」

「まあな。俺はいいんだよ、別に」


 お母様がこの世界の人で、お父さんが勇者だったから?

 確かに捜索願は出されないかもしれないけど、現実世界で空白期間ができるのは学生の身では大変だと思う。テストもあるし、受験もあるしさ。


「召喚ごとに条件を明確にしてくれたおかげで、最近はすぐ帰れるようになったしな。エリシャには感謝してる」

「まあ、わたくしには身に余るお言葉ですわ」

「いや、お前がカシューのいいなりだったらあっちに帰れたかも怪しいぞ」


 確かにあの王様ならやりかねない。


「でもわたくし、カシューの気持ちも少しわかるのです。あの子は両親と兄を次々と亡くし、若くして王座につきましたから」

「えっ、そうなの?」

「はい。もともと賢くて勉強熱心でしたから、王としての資質はあるのです。ですがなにぶん若すぎて周囲に利用されることも多く、近くの大人を信じられなくなってしまって」


 そっか、知らなかった。

 ちょっと偉そうだし勇者ガチ勢こっわと思ってたけど、そんな事情があったんだ。


「異世界から来た圧倒的な勇者に傾倒してしまう気持ち、わたくしも少し理解できてしまいます」

「……」

「エリシャちゃん……」


 ここで優しい言葉をかけないのが小鳥遊くんの優しさなのかもしれない。でも、やっぱり心が痛んだ。小鳥遊くんは異世界ではなく、私たちの世界で生きたい。でも、この世界は、王様やエリシャちゃんは今、勇者に頼りきっている。


 難しいね、小鳥遊くんが二人になればどっちの望みも叶うのに……いや、どっちの小鳥遊くんも現実へ戻りたがる可能性も高いな。うまくバラけてくれればいいんだけど。同じ人が二人居ても、同じ行動をとるって決まったわけじゃないよね。


 ん?


「そっか」


 なんかひらめいたかもしれない!


「わかった、一匹じゃなかったんだよ、きっと」

「え?」

「何の話だよ」

「あ、ごめん、魔物の話!」

「魔物? 鳥の魔物か?」

「そうそう。このところ毎晩のように領地に現れてたんだよね? でもそれ、一匹じゃないのかも!」


 小鳥遊くんは私をじっと見詰めたままひとつ瞬きをした。


「なるほど」


 それから頷いて、エリシャを見る。


「エリシャ、今回の帰還条件、もう一度詳しく」

「え?」

「できるだけ詳細に」

「は、はい。ええと……、『夜になるとミステア領に現れ、家畜を襲う鳥の魔物を退治するまで』ですわ」


 つまり、まだ倒していない敵がいる。

 きっと倒したのと同じ魔物が、他に何匹かいるのだ。





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