第3話 はじめての以心伝心
「ハルカ、おっはよー」
校門を通り過ぎたところで、後ろから聞き慣れた声が私を呼んだ。
「咲良……おはよ」
「あれ、元気ないね?」
市川咲良は中学のころからの友人だ。綺麗に巻いた髪、整えられた爪、校則ギリギリを攻めた制服の着こなし、一言で言ってギャルである。
「うん、あんまり眠れなくて」
「睡眠不足はお肌の大敵だよ。学校なんて休んで寝てればよかったのに」
そういう価値観だし、彼女自身寝不足だったら迷いなく学校を休むだろう。さほど不真面目というわけではなくて、自分のポリシーを貫くタイプなのだ。まあまず、夜はちゃんと寝ろって話だけどさ。
「なんなら保健室行く? 付き添うけど」
「それほどじゃないから平気」
「ていうかさ、ハルカが寝不足なの珍しいよね」
「うん」
「なになに、悩み事あるなら聞くよ?」
「悩みごと……」
いや、別に悩んではいない。それに話したところで到底信じてもらえないだろう。
『昨日の放課後クラスメイトの男子と異世界に行って速攻で帰ってきました』
なーんて、痛いにもほどがある。うん、客観的にみて『クラスメイトの男子と』ってあたりが夢見がち過ぎるし、異世界なんて完全にラノベの読みすぎだし、速攻帰ってきちゃったのもおかしくない?
しかもあの後、小鳥遊くんと一緒に普通に先生の手伝いをして(テスト対策のプリント制作を手伝わされた!)普通に挨拶をして帰宅した。若干仲良くなったかもだけど、その他はなんもなし。
やはり夢か、やっぱ夢だったのか? マジでそうかもしれない。
「なんかさ、おかしな夢見たの」
「え、なに、エッチな夢?」
「ちがーう!」
「じゃあどんな夢よ」
あーもう、ばかばかしい。
やっぱどう考えても現実じゃないよね。
「突然異世界に飛ばされて、怪獣を倒す夢」
めっちゃ要約しつつ正直に伝えると、咲良はちょっと目を見開いてみせてから吹き出した。
「なにそれ、漫画の読みすぎでしょ~ウケる!」
「あ、やっぱり?」
「中二病には遅すぎるって、もう!」
ケラケラ笑う咲良を見ていたら、ますます馬鹿馬鹿しくなってきた。そう、あれは夢だよ、白昼夢。誰に話しても正気を疑われるに決まっているんだから、なかったことにして忘れてしまおう。
「佐藤」
教室に入りカバンから教科書を出していると、上から低い声が降ってきた。
いやーな予感がして顔を上げると、案の定小鳥遊大河である。
もう君と異世界のことは忘れて生きていく決意をしたんだから、私に構わないで欲しい。
「小鳥遊くん、おはよ」
「おう。ちょっと、話があるんだけど」
「なあに?」
知らんぷりして首を傾げる。こうなったらとことんしらばっくれて、絶対になかったことにしてやるもんね。
「あー、お前さ、今日放課後は暇か?」
「なにそれ、デートのお誘い?」
あえて茶化して笑って見せると、小鳥遊くんは私の机に手をついて前かがみになり、ものすごく深刻な顔で言った。
「俺の母親に会ってほしい」
「は?」
意味がわかんないんですけど!
ていうか隣の席の有村がぎょっとした顔でこっち見てるじゃん、母親に会ってほしいなんて意味深なことをでかい声で言うのはやめなさい。
「なにそれ」
「頼む。お前の人生にかかわるかもしれない、大事な話があるんだ」
ひえ、と思った瞬間有村がひゅうと口笛を吹いた。
いや、ないわ。その言いまわしは完全にいろんな誤解を生むわ~バカ!
「ななななんで、小鳥遊くんのお母さんと私が人生の話をするわけ?」
「そりゃあれだ、昨日俺と一緒に――、」
やばーい!
この人、TPOとか考えられない人だ!
まあなんとなくわかってたけどね!!
「わああああ!」
「な、なんだよ」
「わかった! 話は聞くから、今日の授業終わってから!」
「よし、約束したぞ」
タイミングよく予鈴が鳴って、小鳥遊くんが悠々と自分の席へ戻っていった。周り席の子がそれとなくこちらを伺う気配が痛い。興味津々だけどそこまで踏み込むのはちょっと、というこの雰囲気……どうやら空気読みが始まっている。
「ひえー、もしかしてお前、小鳥遊と付き合ってんの?」
微塵も空気を読まない有村がどストレートに聞いてきたので、私はお調子者の男子を睨みつけた。
「そんなわけないでしょ」
「だって今の話、なあ」
「話せば長い理由があるのよ」
「長くても聞いてやるけど?」
「面倒だからいい」
ひらひらと手を振ってみせると、有村はふうんと言ってひとまず口を閉じる。ちょうど良く金田先生が教室に入ってきたので、会話は打ち切りだ。
うーん、どうにかやり過ごしたけど、今後小鳥遊くんと関わるときは慎重にしにしよう。悪い人じゃないけどどっか浮世離れしてるし、それにまた変な世界に連れていかれたら困る……、っていやいやあれは夢だから、夢であれ、夢だといいな……。
“夢じゃないっての”
不意にどこかからそう聞こえた。いや、聞こえたっていうか、なにこれ?
びっくりして顔を上げると、ひとつ飛ばして斜め前の小鳥遊くんがちらりとこちらを見て、すぐに前を向いた。
え、なに、どういうこと?
今、私の心の声に応えて声が聞こえた気がするんだけど、なんで?
なんか面倒くさいことになりそうな気がひしひしとするぞ。なんとかしてごまかして逃げ切らなきゃ。
“逃げても解決しない”
「ひえっ」
また頭の中の声がそう応えた。
なにこれ、なにこれなにこれ!
“俺の言うことを聞いておけ。後悔するぞ”
こっわ。
後悔するってどういう意味?
“それも説明する。放課後、逃げるなよ”
ひえー、『あなたの心に直接話しかけています』ってやつじゃん。
ていうことは、あの異世界とか、亀の怪獣とか、超絶美少女エリシャちゃんとかはやっぱり夢じゃなかったってこと? 嬉しくなーい! あ、エリシャちゃんだけはちょっと嬉しいかもね、めっちゃ可愛かったもんなあ……。
だけどあの亀の怪獣はちょっとトラウマだあ。真っ二つに裂けたところからオレンジ色の体液がどばっと出てきたの、マジで気持ち悪かったもん。
それにしても、なんで“母親”なんだろ。
話っていうのがあの世界の説明とかだったら、小鳥遊くんが話してくれればいいんじゃない? そう考えたけれど、もうさっきの声は応えてくれなかった。
「へー、徒歩通学なんだ」
「まあな」
「どのくらい?」
「10分ってとこ」
「近いね!?」
「近いところを選んだからな」
そんなわけで、放課後である。
好奇心半分義理半分で、私は小鳥遊くんと並んで歩いている。
正直、話題はそんなに無い。
「私、考えてたんだけど」
「うん」
「あれって、やっぱり夢じゃなかったんだよね?」
「残念ながら。諦めろ」
「諦める?」
小鳥遊くんはちらりと私を見て、それから前に向き直って、ひとつため息をついた。
「いや、うちの母の話を聞いてからだ。俺じゃ説明が下手だし、納得させる自信がない」
「どうしてお母さんなの?」
「だから、説明は難しいんだよ。たぶん会えば納得する」
「へえ」
なるほどわからん。
確かに小鳥遊くんは口数が多いほうじゃないけど、お母さんってのがなあ。
ていうか、教室であんな話をしたからクラスメイトに妙な誤解をされてる気がするぞ。いきなり、“俺の母親に会ってほしい”は無いわ~。
「あれは、俺の言い方が悪かった」
「そうだよ。有村なんて完全に面白がってたもん――って、え?」
横を見ると、小鳥遊くんは前を向いている。
「ねえ、いま私、声出してた?」
「いや?」
「じゃあなんで私の考えてることがわかるの?」
「聞こえるから」
「えっ」
教室でも聞こえてたし、やっぱ心の声だ。
……って、考えていることが全部バレちゃってるってこと?
「心配しなくても、全部じゃない。俺に向かって強く思ってることがなんとなくわかるって感じだ……今のところ」
「今のところ!?」
てことは、この先もっと筒抜けになる可能性があるってこと? それはやばい、やばくない? と、とりあえず今は心の中で歌でも歌っておく? 空気を読んでアン●ンマンのマーチでいい?
「やめろそれ」
「えっ」
ひえ、やっぱ聞こえるんだ。
仕方ない、こうなったら覚悟を決めてお母様の話とやらを聞くしかないじゃん!
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