第2話 はじめての怪獣



 背後には万里の長城みたいな巨大な壁。

 これって城壁ってやつじゃない? ゲームとかに出てくる、都市をぐるっと囲んでるやつだ。

 それから前方を見るとちょっと遠くに大きな影が迫っていて、周囲の兵隊たちが弓矢や槍でそれを攻撃している。


「なななななにあれ、怪獣?」


 袖を引っ張ると、小鳥遊くんは準備されていた防具をつけながら頷いた。


「そんな感じ」


 そんな感じってどんな感じ!?

 突っ込みを入れたかったけど、怪獣から目がそらせない。一言でいえばバカでっかい亀……、いや、どっちかっていうとすっぽんか?


「あの、タイガ様、こちらの方は?」


 エリシャと呼ばれていた美少女が、はじめて私に気が付いた、みたいな顔で首を傾げた。


「クラスメイトだよ。お前の召喚に巻き込まれたんだ、困ったことに」

「くらすめいと……ご学友という意味でしょうか」

「うんまあ、ちょいおかしなやつだけど、ギリ」


 ギリって何!?

 ていうか、違うちがう、それどころじゃない。私より小鳥遊くんのほうが絶対おかしいでしょ。どうして平然としているのか、どうして金髪美少女に様付けで呼ばれているのか、それに、どうしてそんなにでっかい剣を受け取ったわけ!?


「じゃ、行ってくる。兵は下がらせていいぞ」

「はい」

「エリシャもそいつ連れて引っ込んでろよ」

「かしこまりました」


 なに、どういうこと?


「ちょっと待って、まさか小鳥遊くん、もしかしてあの怪獣と戦うの?」

「おう。すぐ済ませるから心配するな」

「無理だよ、だってあれ」


 とにかく大きい。

 私の家の倍くらいある、気がする。


「ま、大人しくしてろ」


 面倒そうにそう言い置くと、小鳥遊くんは怪獣に向かって走り出した。

 ええ、走っていくの?


「ちょっとお!」


 思わず追いかけようと一歩踏み出すと、後ろからぐいと腕を引っ張られた。

 がくんと止まって振り返ると、エリシャと呼ばれた美少女が少し困ったように首を傾げている。


「ご心配には及びません……、ええと」

「あ、佐藤です。佐藤ハルカ」

「サトーハルカ、様?」

「佐藤でいいですよ」


 ハルカよりは言い易そうだし。

 友好的と捉えられたのか、エリシャの表情が少し柔らかくなった。


「ではサトー様。わたくしは巫女のエリシャと申します。このたびはわたくしの召喚に巻き込んでしまい、大変申し訳ありません」

「いえ、あの、お気になさらず」


 なにがなにやらわからないけど、とりあえず美少女過ぎて責める気にもなれない。

 わー、お肌めっちゃ綺麗だし、髪はさらっさらだし、緑色の瞳は宝石みたいだ。ずっと見ているとこっちが恥ずかしくて顔が熱くなってくる。

 ってそんな場合じゃない!


「あのっ、それより小鳥遊くんを援護とか、したほうが」


 見ると、小鳥遊くんが走っている間に、怪獣の周りにいた兵士たちが一斉に後退をはじめていた。

 なんで? みんなで戦ったほうが良くない?


「いえ、ここにいる兵ではかえって足手まといになりますので」


 エリシャの視線を追って小鳥遊くんを見ると、すでに怪獣のすぐ近くまで到達している。亀の怪獣はぐいんと顔を伸ばして大きく口を開けた。


 食べられちゃう!

 と思った瞬間小鳥遊くんは立ち止まり、剣を構えてぶんと横薙ぎに払う。

 私の目には、空振りに見えた。

 それなのに、怪獣の動きが一瞬止まり、頭部からびゅーっと体液が噴き出す。


「うっそ」

「タイガ様は神剣使いですもの」


 ほう、とため息をついてエリシャがつぶやいた。


「あいかわらずお見事ですわ」


 いや、お見事っていうか、めっちゃ体液出てるけど! 赤じゃなくてかなりオレンジがかっているの、怪獣ぽくて妙にリアルなんだけど!


 とはいえ、敵は亀である。

 よほど小鳥遊くんの一撃が痛かったのか(そりゃ切れてるもん痛いわ)巨体にしては小さめな甲羅の中に頭と手足をひっこめた。


「あ、ひっこんじゃった」

「ええ、勝ちですわ」


 エリシャが満足げに頷いた瞬間、小鳥遊くんがぴょーんと飛び上がった。

 ちょっとちょっと、人間がやっちゃいけない跳躍じゃん。自分の身長を軽々超えつつ剣をまっすぐに構えるなんて、漫画かアニメか特撮しか許されないぞ!


 100メートルくらい離れているせいか、動きはスローモーションに感じた。

 ひゅっと剣を上げ、振り下ろす。

 怪獣の甲羅のはしっこに剣が当たったかな、というくらいのイメージで、小鳥遊くんは綺麗に着地した。


 ほんの2秒ほどの沈黙のあと、亀の甲羅が端からずずずっと割れていく。え、真っ二つなんだけど。断面から体液がどばっとあふれ出してくる。あれをまともに浴びて、小鳥遊くんは大丈夫なわけ!?

 はやく逃げて、こっちに戻ってきてよ、焦るじゃん!


「小鳥遊くん、こっち、はやく戻って!」


 思わずそう叫ぶと、豆粒大くらいに見える小鳥遊くんがこちらを振り返ったような気がした。

その瞬間。


「お」

「えっ」


 一瞬で、目の前に小鳥遊くんがいた。

 猛烈な勢いで走ってきたとか、空を飛んできたとかではなくて、本当に突然。

 瞬間移動したとしか思えない。

 なんで?


「まあ、サトー様は移動魔法が使えるのですね!」


 何故かエリシャがキラキラした顔で声を弾ませる。

 私は慌ててぶるぶる首を振った。


「違うよ、何もしてない。小鳥遊くんが自分で瞬間移動したんでしょ?」

「俺は魔法なんて使えないぞ。物理特化だからな」


 魔物の体液を滴らせつつ、小鳥遊くんが剣を納める。

 ごめん、ちょっと生臭いけどそれどころではない。


「じゃあえっと、エリシャちゃん?」

「わたくしは巫女ですから、召喚と浄化くらいしかできません」


 なんで二人ともできないことに自信満々なわけ?

 でもまあ、確かに私が名前を呼んだら小鳥遊くんが一瞬で移動してきたような気がしないでもない。


「一緒に召喚されたから、そのせいかもしれないな……おっと、」


 話している最中に、小鳥遊くんがまた光りはじめた。これはあれだ、ここにきてしまった時の光と同じだ。


「エリシャ、今回の帰還条件は?」

「さっきの魔物を倒したら、です。お疲れさまでした」

「なるほどな。じゃ、浄化だけしてくれ、臭い」


あ、やっぱり臭いんだ。


「はい、かしこまりました」


 エリシャが軽くお祈りのポーズをすると、怪獣の体液にまみれていた小鳥遊くんが即座に綺麗になった。ぽいぽいっと防具をはずせば、ここに来てしまった時と同じブレザー姿だ。うーん、ちょう便利じゃない?


「おい佐藤」

「はい?」

「戻るぞ、捕まってろ」


 なんて言いながら、ごく当たり前みたいに手を差し出される。

 えー、これって捕まれってことかな。でもさあ、そこまで親しくはない男子の手を握るのはちょっと恥ずかしいじゃん、照れる。


「じゃあ失礼して」

「きちんと捕まってないと移動途中にどっかに落ちるぞ」

「えっ、それってどういう」

「簡単に言うと、迷子になる。どんな世界に流れつくかわからん」


 マジで?


「申し訳ありません、わたくしが不用意に召喚してしまったばかりに……」


 申し訳なさそうなエリシャの声がだんだん遠くなる。そして、まぶしい光に私はまたぎゅっと目を閉じた。謎の浮遊感。


 気が付くと私たちは元通り、放課後の教室にいた。


「おー……」


 びっくりしたあ。

 いや、びっくりしたとかそういうレベルではない気もするけど、とにかくびっくりした。


「お疲れさん」

「いやー……小鳥遊くん、なにあれ、あの世界」


 率直に訊くと、小鳥遊くんは奇妙な顔をして私の顔をじっと見る。


「お前、割と肝が据わってんな」

「実感が沸かないだけ、たぶん」

「それもそうか。まー、とりあえず日誌片付けて、金田のとこ行こう」

「あ、そっか!」


 そうそう、そうだった。

 金田先生に呼び出されているんだった。


 わけのわからない世界の話より、まずは日直の仕事が優先だよね。







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